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一時間で2000字を目途に書く  作者: うっかりメイ
8/10

2025/01/13~16_過去の質量、秤の意匠。

うっかりメイは「晴れ」「絨毯」「無敵の才能」を使って創作するんだ!ジャンルは「サイコミステリー」だよ!頑張ってね!


[あらすじ]

自己中心的な犯人が自分の才能を認めようとしない社会に対して怒りを覚え、通り魔事件を起こす。日中堂々とアーケード街で数人を殺傷したが、途中で何かに気付いた様子で近くの店から絨毯やラグを取り出してきて刺した人の下に引き始めた。

 白い壁、コンクリートの床、何も置かれていない机と向かい合わさるように置かれたパイプ椅子。両者の間にはスチールの窓枠にはめられた分厚い特殊樹脂の板。それが彼と初めて会った拘置所の接見室だった。目の前の若者は物静かで私の存在を認めるとお辞儀をした。

「君が清水君、だね」

 彼は頷く。私は仕事を進めることにした。

「私は今回、君の弁護を担当することになった佐内隆一といいます。いくつか質問をするので答えていってほしい」

 彼は小さな声で「よろしくお願いします」と言い、再びお辞儀をした。

「よし、じゃあまず初めに。君は五月十七日、〇〇商店街で歩行者を背中から所持していた大型のサバイバルナイフで突き刺した。これは間違いない?」

「……はい」

 彼は私の眼を見ながらゆっくりと頷いた。自分が加害したことを否定する気はないようだった。

「実際に何人刺したかは覚えている?」

「すみません、そこまでは」

「なるほど。事件当時のことは詳しくは思い出せないかな」

「そうですね。辺りが真っ赤だったことしか」

「誰かを狙ってたのかな?」

「商店街の入り口のコロッケ屋のおじさんを探していました。ですが、訪ねた時は不在でした。それで……」

 彼はそこで言葉を切り、私の方を伺う。片手を差し出し、先を促す。

「ありがとうございます。後姿が似ている人を見かけたのでおじさんだと思い、刺しました。ですが、同じような人がすぐ先を歩いていたのでその人だと思い、刺しました。それを何回か繰り返して全員違うことに気が付いたんです」

「他に似た人がいたから刺した。2人目を刺したときになぜかは考えなかった?」

「はい」

「ふむ、とにかく途中で気付いて止めた訳だ。それにしてもどうして近くの店からタオルや絨毯を持ってきて周辺の掃除をしたの?」

「そうしないと母に怒られるので」

「……君の母親が、なんだって?」

「いや、床を汚したらちゃんと拭きなさい、って母がいつも言ってるので」

 彼の顔を覗き込むように観察するが、冗談を言っているようには思えない。そんなことより優先するべき行動はたくさんあるようだろうに。私はため息をつき、パイプ椅子の背もたれに身体を預ける。煙草を胸ポケットから出すが、ここが禁煙だったことを思い出し、戻す。

「そうか。ならいいことを教えてあげよう。君のしたことは普通に窃盗だし、なにより証拠隠滅とも取られる行動だ。今更だけど人を刺しただけでも立派な犯罪行為なのに罪を重ねるべきではないよね。その時の君は人を刺したことは悪いことだと思っていたのかな?」

「はい、それは当然」

「じゃあ衣料品を店から持ち出してきたことは?」

「悪いことだとは思ってます」

「じゃあそれを使って路面を掃除したことは?」

「それは……悪いことだとは思いませんでした」

「君の母親が汚したら掃除するべきだと言っていたことだから?」

 彼は黙ってうなずいた。先ほどまでと同様にこちらを真っ直ぐ見ているが、居心地悪そうに上体を僅かに動かしている。

「君の母親は誰かを殺すように言ったの?」

「いいえ。そんなことはありません」

「そうか。なら今回のことは自身で考えて、実行したことなんだね。でもコロッケ屋の主人を殺そうとしたのは何がきっかけ?」

「彼が客に小さいコロッケを優先的に売っていたからです」

「小さいコロッケを」

「はい。中高のころよく買い食いをしていたのですが、お金を渡してから提供するまでいつも長かったんです。よく見るとカウンターの中のコロッケを掴んで見ては戻してを繰り返して袋に入れていました。他のお客さんの時にはいつも手前側のものをサッと取り出していたのに」

「なるほど、だからコロッケの大きさを比べていた、と思ったのか」

「そうなんです。その相手を選んでる態度が許せなかったんです」

「それはひどい話だね、わかった。今日はここまでにしよう裁判まで時間がないからまた明日の同じくらいの時間に来るよ」

 彼は深々と頭を下げる。私は部屋を出ると喫煙場所を探した。


 次の日、私は再び無味乾燥な一室に青年と二人、額をつきあわせていた。彼は昨日と同じように丁寧に挨拶をする。

「佐内……さん、今日もよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしく」

 私は引き続き彼の事件当時の話を聞く。

「君はサバイバルナイフで被害者を刺した、そうだったね。それは君自身の持ち物だったのかな?」

「はい。父からもらいました」

「ほう、お父様から。彼はその、アウトドアが趣味だったり?」

「はい。偶に山にキャンプに連れて行ってもらったりしました。ナイフは川で釣った魚をさばくのに使ったりしました」

「偶に、か。一年に一回とか?」

「……最後に行ったのは僕が小4の頃です」

「ちょうど十年前。失礼な質問かもしれないけど、お父様はご存命で?」

「はい。生きてます。といっても帰ってくるのが深夜で休日も部屋に引きこもっているので、しばらく口をきいてさえいませんが」

「ちょっと寂しい気がするけどまあ、残業とかで忙しいのかな。でも中高のころは進路の相談とかしなかったのかな?」

「進路、ですか。僕の母が決めていたのでしなかったですね」

 私は質問を止めた。無意識に顎に手をやる。朝剃ったはずのひげはもううっすらと自身の存在を主張し始めている。

「ふむ、わかった。君にはお兄さんがいるみたいだけど、彼と中高は同じ学校?」

「いいえ。僕は彼より偏差値の高い中高一貫校に通っていました」

「偏差値……ね」

「部活も彼は映画研究会に所属し、成績もそんなに良くありませんでした。だけど僕は野球部に所属し、中学の頃はレギュラーだった。テストの成績も一桁を取ったこともあったし、平均以上は常にキープしてました」

 私は音を立てないよう注意深くパイプ椅子の背もたれにもたれかかる。僅かに音を立てて軋んだが、幸いにも目の前の青年が気付いた様子はなかった。

「小さいころから僕は兄より頭がよかったし、スポーツもできた。母にもよく褒められました。でもおかしくなったのは高校からです。いままでできていたことができなくなった。成績はどんなに頑張っても真ん中。一桁はおろか、上位10パーセントにすら入れない。部活はずっとベンチを温めてました。僕は彼らの倍努力しました。でも彼らに手をかけることさえできませんでした」

 彼はそこで言葉を区切ったが、言葉は堰を切ったように流れをとめない。

「僕はずっと母の言うとおりに選択してきました。偏差値の高い学校に入り、野球部に入ったのも将来いい大学に入っていい会社に入るために必要だから、という理由でした。だけど僕はどんなに頑張っても母の勧めた大学に入ることはできなかった。そんな僕を置いて兄は有名な商社に入って来年には海外勤務です。僕はどこで間違えたのか……。商店街で人を刺したのだって本当は同窓会で同級生を殺す予定だったんです。教室でいつも騒いでいた奴、同じゲーム仲間だと思ったらしく話しかけてきたキモいオタク、僕を振ったクソビッチ。ああ、あと大学受験の相談の時には応援してるとかほざいて裏では志望校のレベルに足りてないから受かるわけがないとか笑ってたカス教師。あいつらを成敗するつもりでした。でも同窓会には野球部の先輩が来るとかで怖くなり、結局行きませんでした。僕は間違っていたのでしょうか。それとも母が間違っていたのでしょうか」

 彼はようやく口を閉じた。私はいつのまにか目をとじてしまっていたらしい。蛍光灯が少し眩しく感じた。

「なるほど、話は分かった。ちょっと整理するね。まず私がここにいる理由だが、君が殺人罪で起訴される予定だからその罪をできるだけ軽く、ないしは無罪だと主張することにある。だが、今の君の話を聞く限り、無責任さが際立って情状酌量の余地なし、初犯であることを鑑みても死刑かな」

 彼は肩を震わせる。少し脅してしまったらしい。

「死にたくないです」

「そうだね。じゃあそうならないためにも打ち合わせしていこう。まず検察……相手から質問を受ける段階があるんだけど、まず母親の名前は出さないこと。今回のことが君自身が起こしたことであることをはっきりと言ってほしい。そして、それに対して償う気持ちがあることを伝えるんだ。君ができることは……あとはないかな。私の弁護次第だ。さっきの今で無責任に聞こえるかもしれないが、最悪な結果にならないように祈っておいてくれ。申し訳ないけど私は神じゃないからね」

 私はさっそく準備をしに事務所へ戻るべく立つ。しかし、まだ答えていなかったことがあることに気付く。

「個人的な感想なんだけど、私は君の起こした行動は間違っていると思う。君は自分の追い込まれた現状を自分の力で打破するべきだった。しかし、現実に選んだのは他者に危害を加えるという最悪な逃避だ。これは君が犯した罪。だけど幸か不幸か……いや、ほぼ不幸だけど、君は自分で行動を選択した。それはこれから生きてきた年数の倍以上長い期間繰り返さなきゃならない。今回がその一歩目になることは後々悪影響を与えるだろうが、いつかいい方向になることを私は信じてます。だから真剣に取り組んでください」

「僕が選んだ……肝に銘じます」

 私はようやく接見室を後にした。向かう先は昨日見つけた喫煙所だ。胸ポケットから煙草の箱を取り出し、いつものように叩く。妙に手ごたえがなく軽いことに気が付き、覗き込むと一本も入っていないではないか。ため息をつき、しばらく空を見上げる。オレンジ色から紺色に変わる世界に漂う小さな雲は煙草の煙で簡単に掻き消えるだろうな、そうぼんやりと考えてみる。

 久々に肺をいたわることをした私はまだ山積している仕事を片付けるべく駐車場へと向かった。

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