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一時間で2000字を目途に書く  作者: うっかりメイ
7/10

2025/01/04_新緑の余韻

うっかりメイは「夜空」「テント」「先例のない廃人」を使って創作するんだ!ジャンルは「偏愛モノ」だよ!頑張ってね!


【あらすじ】

主人公は山で野営し、フクロウを観察することをライフワークとしている。繁殖期に合わせて夕方は狩りの様子を観察し、写真を撮る。夜は鳴き声を聴きながら眠る。

場面は一転して人の夢を飲む魔物、廃人の夢を好む。その年に手に入った廃人からは例年よりも味わい深い夢が手に入った。彼曰く仄かに薫る土の匂いが夜空を思わせるらしい。

 地面はできるだけ平たいほうがいい。だが、土が硬いと翌日に響く。いくらマットを敷いていてもベッドとは訳が違う。俺は『いつもの場所』がそのまま『最高の場所』であることを確認すると、グラウンドシートを広げる。輪にポールを交差するよう通し、起こす。近くの沢水で淹れたハーブティーが俺を山に迎え入れてくれる。

 ひと心地ついた後は双眼鏡とカメラを確認してテントを出る。夕方の山は意外と明るいが、目を離すとすぐに日が落ちる。俺は鈴を鳴らしながら周囲に目を配り配り歩いていく。

 目当てのものは疲労のピークが訪れ、そろそろ帰ることを検討していた頃にやってきた。木の枝に違和感かあり、双眼鏡をのぞく。そこには物静かな丸い巨体があった。緑の葉に紛れながらもその白っぽいふわふわした羽を纏う姿は探していたフクロウの雛だった。大人のフクロウの滑らかな羽もいいが、まだ風を切るのに適していなさそうな羽毛も可愛らしい。日が落ちかけていることもあってか動きが多い。外の世界が珍しいのか頻りに首を動かして周囲を見渡している。ふと、こちらに気づいたのかジッと見つめてきた。丸い目にはこちらの姿がどう映っているのだろうか。

 テントに帰る頃にはすっかり暗くなってしまっていた。方々を歩いた割には収穫は少なかった。狩りをする親鳥も、地面に落ちて木登りをする雛鳥も全く見かけず、フィルムを送った覚えもほとんどない。さっき見かけた雛鳥も枝の重なり具合が良くないので現像しても顔が隠れてしまっているかもしれない。

 暗闇の中で一眼レフを撫でる。今のレンズはこのカメラと同じくらいの年齢だ。

 一瞬止めた身体を再度動かす。重たい機具類をリュックにしまい込み、代わりに鍋とインスタントラーメンの袋を取り出す。出かける前に汲んでおいた水を沸かしながら森の声に耳を傾ける。夜の空には街の光に邪魔されない細かい光点が散りばめられている。草木が風に揺れる音や沢の流れる音に混じって、時折フクロウたちの鳴き声も聞こえる。昼と違い静寂そのものの夜を支配するその音は子守唄にも聞こえる。食べ終わった鍋を手早く濯ぎ、寝袋にくるまる。最近忙しかったせいか、瞼は素直に落ちた。


「ふむ、すばらしい」

 ところどころ錆びたトタンの上に彼は歪な形のグラスを置いた。カウンターの向こう側では痩せた背の高い男が形も種類も不揃いのコップを四本の腕を操り、布切れで拭いている。ただひとりの客も、マスターも拭いている布も例外なくボロボロだ。服や布巾と呼ぶのもおこがましい。

「なあヒゲ男爵さんよお。こう言ってはなんだがこんな場末の寂しい潰れかけのバーで飲む夢酒が本当に美味いのかね? しかも安酒売りのしょっぱい呑み屋にも見向きもされない古びた脳死状態のヤツだぜ?」

 ヒゲ男爵と呼ばれた人影はピンと伸びたヒゲをつまんでいたが、正三角形に並んだ瞳をすべてマスターに向けた後、ため息をついた。

「おいおいマスター、冗談はよしてくれ。夢酒ってのは真っすぐな芯がなきゃダメなんだ。近頃の呑兵衛はそれが分かってない。そのためには無闇矢鱈と濃い人生を送ってちゃだめだ。年を食えば食うほど余計な味が多くなる。そいつが自分の人生に自信持ってた日にはもう目も当てられん。こっちが好きな味を探るよりも先に自慢の味とやらを押しつけてきやがる。そんなものこっちから願い下げだね。そうだというのに近頃の奴は昔のことを思い出すとか、コスパとか、いろんな味がするからと言ってそういうケバいやつとか若いやつの夢ばかり飲み散らかす。果てには世間の『せ』の字も知らない子供のものを飲んでフルーティで美味いとかほざいてやがる。そんな輩には酒なんて勿体ない。子供騙しの安いジュースでも飲ませてやるがお互いのためにいいのさ」

 静寂なバーに似つかわしくない管の巻き具合を披露した後、ひと息つくべく彼はグラスを傾ける。戻した容器の底にはまだ一口分残っている。マスターは少々うんざりしながら彼の言葉に耳を傾けるふりをした。

「それにしても今日のは格別だな。先週飲んだものより更に澄み切った香りが鼻に抜ける。あとに残る仄かな土の余韻も気品を感じるアクセントだ。眼前に広がる星空を思わせるよ」

「しかし一年前はあんた別のものを複雑で豊かな味だとか称賛してたじゃないかね」

「マスター。一年前は一年前だ。今の吾輩にとってはこの味が最高なのだ。個人の嗜好とは変化するものだよ。覚えておきたまえ。それにしても君の減らず口は変わらんな。だからこのバーは年中閑古鳥が鳴いてるんじゃないかね」

「へえへえ、そりゃ悪ぅござんしたね。ここに客が入らんのは街の端っこにあるからだと思ってたんだけど見当違いでしたね」

「そりゃ言い訳に過ぎんよ。十中八九、君の接客態度が悪い」

 マスターは彼に気付かれないようにため息をついた。

「じゃ、吾輩はこの辺で失礼するよ。次までに更にいいのを頼むマスター」

 そう言って彼はグラスを空にすると代金を払って出ていった。

「さっきの夢酒、先週のと変わらないんですけどね……」

 独りごちる店主の他に店内には小さな蜘蛛一匹のみ。

楽しんでいただければ幸いです。

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