2024/12/16_不変の幻覚と現実逃避の下降線
うっかりメイは「過去」「冷蔵庫」「憂鬱な恩返し」を使って創作するんだ!ジャンルは「指定なし」だよ!頑張ってね!
[あらすじ]
僕はある日、冷蔵庫の中から見覚えのある風景が広がっているのを見た。学生の頃、住んでいた町にある公園。木々が紅葉していることから寒い時期なのだろう。僕は懐かしさからか、足を踏み入れた。そこには古びたベンチ、水底の見えない池、そしてレンガ張りの道があり、茂みの向こうに数人の学生が見えた。彼ら数人の男女はひとりの少女を囲んでおり、携帯電話で動画を撮りながら無理やり服を脱がそうとしている。僕は彼らを止めに入り、追い払うと同時にその少女のことを思い出す。僕がその頃いじめられていた時に仲介に入ってくれた少女。結局いじめっ子たちは退学したが、少女と会うこともできなくなってしまった。彼女からお礼を言われるが、そんな資格は僕にはない。
突然目の前に信じられない光景が広がっていた時、あなたはどのような行動をとるだろうか。今の僕がまさにその状況に置かれているわけだが、しばらくの間固まる、というごく普通の反応しかできなかった。さて、そんな僕の行動を引き起こしている原因だが、さかのぼること数分前。僕は仕事から家に帰り、いつものようにスーツの上着をソファに投げ捨てると、これまたいつものようにその日の疲労を溶かすべく冷蔵庫を開けた。そこには人生の辛いことをおおよそ忘れてくれるビール缶が僕を出迎えてくれるはずだった。だが、見えてきたのは寒空とどこかの公園らしき外の景色だ。真っ青な青銅の枠が時間の流れを感じさせるベンチ。落ち葉と滞留し濁りきった水に満たされ、生態系が破壊されきったであろう池。そして雨風によってすっかり色あせたレンガが敷かれた広めの散歩道。そこであることに気が付く。僕はこの目の前の風景に見覚えがあることに。10年ほど前暮らしていた故郷の公園だ。しかしなぜそんな場所が目の前に、それも冷蔵庫の中に? ためらいがちに手を伸ばしてみる。どうせ幻覚だろう。ここ最近は残業続きで疲れがたまっている。触れてみれば砂漠の蜃気楼のように跡形もなく消えてしまうはずだ。
「……はッ!」
その期待は裏切られた。確かに目の前の景色は変化した。しかし、現実世界ではなく、幻覚だと思った世界に引きずり込まれてしまったらしい。先ほどまで覗き込んでいた公園に迷い込んだ。秋口の涼しい風が吹き抜け、少し寒い。時間は分からないが、陽が落ちかけていることから夕方の遅い時間帯だろう。僕は観念して付近を歩くことにした。住んでいた町が寂れた田舎だったため、公園に人影はない。久々に感じた静けさと寂しさに僕はしばらくこの地に帰っていないことを思い出した。懐かしさを覚え、立ち眩みのような衝撃にしばらく立ち止まる。
しかし、ふと誰かの笑い声が聞こえた気がした。それは風が運んできたのか、それとも僕をここに連れてきた存在の導きによるものなのか。それは散策路の脇にある街路樹や茂みの向こう側から流れてきているようだった。僕は何か予感めいたものに従ってそちらへ歩みを進める。草木をかき分け、スラックスやワイシャツに木の葉が付着するのも構わずその声の正体を突き止めに行く。だが、やがて見えた光景は信じられないものだった。数人の男女が歓声を上げている。服装から僕が通っていた高校の生徒だ。彼らはひとりの少女を取り囲んでいる。彼女はふたりの男子生徒に身体を掴まれ、明らかに嫌がっているにも関わらず強引に足を開かされている。男女のうち、女子生徒が彼女にケータイを向け、動画を撮っている。彼らは下卑た笑いを浮かべ、恐ろしいことを口にする。
「本番のために練習させてやってるんだぞ。先輩キレたら何するかわかんねえからよ、今のうちに慣れておけって」
明らかに楽しんでいる彼らに僕は吐き気がした。しかも彼女は無理やりやらされている。彼らの行動は止まらず、ついに彼女の服に手が伸び始めた。僕は近くの太めの枝を掴み、できる限り大きな声を上げながら飛び出す。
「お前ら何してる!!」
「うわ、ヤバ!」
「逃げろ!」
彼らは口々に焦りを漏らしながらその場から逃走する。彼女を掴んでいる男子生徒のひとり、体格の大きい方がこちらに向かってくる。その顔を見て思わず身体が硬直する。高校の頃、僕はこの男にいじめられていた。身体が弱く、友達もいない僕は彼らにとって格好の標的だった。放課後の誰にも見つからない場所で腹や背中を殴り、蹴られることは日常茶飯事だった。体操服や靴を泥や犬の糞、虫の死体で汚されたり、教科書を燃やされたりもした。勇気を出して担任に相談したこともあったが、中途半端な対応に終わり、却って彼らの報復を招いた。だが、ある日ひとりの女子生徒が彼らの行動を諫めた。彼女はクラスで中心的な存在であり、既に僕だけでなく他の生徒にも迷惑をかけていたため、そのような行動に出たのだった。僕をいじめていた集団は教室内で一気に孤立した。担任もその子に説得され、ようやく重い腰を上げる。彼らのこれまでの行動が調べられ、結果的に退学へ追い込まれていった。
なら今はその直後、もしくは直前というわけだろうか。僕を助けてくれた女子生徒が彼らから何らかの報復を受けたことは風の噂で聞いたことがある。目の前で起こったことは丁度その時のことだったらしい。
「危ない!」
僕は我に返った。いつの間にか目の前に来た男が拳を振りかぶっていた。僕は反射的に持っていた枝を横に振るい、彼の顔を叩く。その一撃が余程効いたのか、それとも自分より身長が低い相手に先制されることなど考えていなかったのか。彼は腫れ始めた頬を抑えて逃げてしまった。
その場には僕とその子が残された。彼女は少しの間、恐怖を抑えるべくそのままでいたが、やがて危機が去ったことを理解したのか立ち上がった。
「あの、どなたかは存じ上げませんが、助かりました」
見た目に反して礼儀正しい彼女はおずおずと頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
わかっている。これが全て幻覚なんだということくらい。僕は彼女と話したことなど数回ほどだ。だから彼女が本当はどんな人だったのかよくわからない。僕はというと、多人数相手に立ち向かっていく勇気など到底持ち合わせていないし、あの男子生徒を撃退することなど想像もできない。感謝をしている目の前の彼女は僕の中で勝手に作り出された虚像でしかない。実際はもう出会うことすら叶わないのだから。
「お元気で……」
僕は極力彼女を見ないように、そして声が震えていることを悟られないように一言だけ返す。その言葉もよく考えてみたら皮肉でしかない。すぐに背中を向け、足早にその場を去る。
過去は帰ってこない。干渉などできないし、例えできたとしても彼女を巻き込んだ僕の過ちが消えることなどない。すっかりぬるくなってしまったビールのプルタブを引き上げる。間抜けな音とともに泡が吹き出てきた。
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