亡国の都市
「やあああだあああ」「んー」
「ええい泣くなソラ!タウも離せって!」
「あーぞーぶー!」「うん」
「父ちゃんこれから仕事なの!帰ってきたらな?」
「ぎゃあー!!」「かぷかぷ」
埒が明かない…。
俺は今日から村の近辺の調査へ旅立つ事にした。
ニンジャー見せたら喜ぶかなって、海岸にソラとタウを連れて来てみたんだが。
あんま興味ないらしく、むしろ俺と海で遊びたいらしい。
おかげで出発の時間になってもメチャクチャぐずられている。
「ほれほれ…お主ら良い加減離れんか。父上様が困っておるぞ?」
「いーやぁーーー!!」「んぅー」
「…はぁー、大人しく保育園行けってお前ら。出発遅れたら帰って来るのも遅くなるだろうが」
「艦長~、マルチルさん呼んできました!」
ミユシスの説得すら聞かないので、ライムに頼んで村まで応援を呼びに行ってもらった。
連れてきたのはマルチル。双子の扱いに関しては現状一番のスペシャリストだ。
「あ~、ケンとお別れ寂しいんだね?お姉ちゃんと一緒に遊ぼ?」
「とーちゃも!」「まるー」
ソラはまだ諦めない。タウは一瞬でマルチルにしがみついた。
…ふっ、その歳ですでにおっぱいの良さに気づいているとは…さすが俺の息子。
「これ、ソラいい加減にせぬか」
「や!」
「あまり聞き分けのない子はキキルパに嫌われるぞ?」
「うっ…やーもん」
ソラは何故かキキルパが好きらしい。
キキルパも面倒見が良いと言うか、子供たちと遊ぶの好きなんだよな。
最近は枝をぶん投げて拾いに行くシャトルランが流行ってるらしいんだが。
俺が参加するとすぐバテるもんで、体力遊びはキキルパに任せた。
ちなみにシャトルランは全力疾走で最低1時間は続く。皆もやってみろ、意識飛ぶぞ。
「キキルパも今日は昼頃には戻って来る。それまでは保育園でわしも一緒におってやるから」
「ははうえも?ほんと?」
「特別じゃぞ?じゃからほれ、父上様にいってらっしゃいじゃ」
「とーちゃ、ばいばい!」「いてらー」
「あぁ、二人共良い子で待ってるんだぞ。行くか、ライム」
「はい。スタートアップ、エンジン点火…」
ガオッ!ガオンガオンッ!!
ニンジャーのエンジンがかかったので俺はあえて少しだけ空ぶかす。
リフトファンが回転し、風圧で海岸の砂がざーっと流れていく。
はい、お見送りの方はお下がりくださーい。
「ぎゃー!うるちゃい!」「おー」
「なんじゃー!それほんとにうるさいのぉ!ライムよ、ケンを頼むぞ!」
「はい!行ってきます!」
「マルチル!ミユシスと二人の事頼んだぜ!」
「うんー!いってらっしゃーい!」
俺は手を振って別れの挨拶をし。メットのバイザーを降ろしてしっかりニーグリップする。
「よし、行け!!」
「ニンジャー、発進!」
ガロロロッ!!
ニンジャーがブワッと浮き上がって、スルスルと海岸から離れる。
打ち寄せる海水を吹き飛ばしながら、俺達を乗せたニンジャーは一気に加速し。
あっという間にリアカメラに映るミユシス達は見えなくなった。
「……最後までぐずったなぁ」
「ふふっ、早く帰らないと怒られちゃいますね?」
「まったくだ。ウェイポイントワンまでちょっと操縦していいか?」
「ええ、勿論。ユーハブコントロール」
「アイ・アム。たまには…はっちゃけないとなぁ!」
ガオッ!ギュイーンッ
ニンジャーは俺達を乗せて海岸線をぶっ飛ばす。
その咆哮は、久々に開放された俺の鬱憤を代弁するようだった。
・・・
「まもなく、目的地周辺です」
「このへんか?どれどれ……お、あのあたりだな」
俺達は村から山一つ超えた先。小さめの盆地にたどり着いた。
ここには何か目ぼしい物があるわけではない。ただ、村周辺の森と植生が違うのだ。
低木が多く、若干地面は泥濘んでいる。湿地帯という地形らしい。
「こういう地形ではイネという植物がよく生えてるんだそうです」
「あぁ、ライス採れるやつだろ?前に寄港地でビーフボウル食ったけど美味かったな」
「そうそう、それです。でも米は育てるのが難しいそうなので…村ではどうでしょう」
「そんなに大変なのか?麦の方が育てやすいの?」
「はい、なんでも水を大量に使うそうです。雨が多い地域のほうが向いてるとか」
「じゃあ食えないか…む、これ以上進んでニンジャー停めると沈みそ」
「ではここに駐機していきましょう。さっそく調査です!」
「了解だ!」
俺達はニンジャーから降りて、周囲を観察する。
一部は地面が完全に水の中だ。今まで見たことのない変わった草花が沢山生えている。
「あ、艦長!エビがいます!」
「何!?食えるやつか!?」
エビ!エビも最近ご無沙汰だなぁ!
あーエビフライ食いてぇ。エビチリでもいいぞ。エビピラフ…は、米がないんだよなぁ。
「…どうでしょう?食べれなくはなさそうですが」
「…微妙か?うーん、たしかに小さいな…」
俺達が小さなハサミを持ったエビを観察していると。
ちょっと通りますよ…といった感じで、見たことのない足とクチバシが長ーい鳥が眼の前を横切った。
「あっ」
そしてパクっとエビをくわえて、丸呑みに。
「…どうやらこの鳥さんのご飯だったようですね」
「俺達には微妙そうでも、鳥にはごちそうだったか…」
・・・
その後も俺達は雑談を交えながら観察を続け。
日も傾いて来たので少し移動して、しっかりした木の下で俺達は野営の準備をする。
テントを設営し、キャンプファイアーを作って。しばらく休憩することにした。
「どうだ?かなりデータが集まったと思うが」
「地球の植物データとマッチングは終わりましたよ。多少違いはありますが概ね種類分け出来ました」
「それで?」
「ちょっと皆が食べれそうって思う物は無かったですね…強いていうとさっきの鳥さんくらいですか」
またしても肉か…それは森で困ってないしなぁ。
綺麗な花とかもあってガーデニングは捗るかもしれんが、飯の種にならんのはちょっと。
「あとはこの変な顔のお魚さんですかね…」
ライムが水汲みのついでに、あっさり捕まえた魚。
楕円形のフォルムに、背びれや胸びれも無く。ただ尾びれだけしかついてない、謎の魚。
やたら目がつぶらで、口が常に三角の形で開いている……まぬけな顔だ。
「……食うのか?それ」
「一応調理してみます。でも泥臭いかもです…」
ライムが華麗なナイフ裁きでスパッと解体し。
試しにフライパンでじっくり火を通したものを味見する。
ライムはかなり度胸がある。例え初めての食い物でも躊躇なく口にいれるのだ。
「う"っ」
そんな今まで不味いという言葉を一度も発したことがない彼女の口から、乙女が発しては行けない音が溢れ出す。
「…大丈夫?」
「これは……やめておいたほうが、いいですぅ」
そんなに。
でもそういう反応されると何故だろう。ここで試さないと男としてダメな気がしてくる。
俺の部下が体を張ったのだ、俺だって…!
ぱくっ。
それは劇物であった。泥臭いとかいう次元ではない。
ねっとりとした食感が歯と舌へ強固に絡みついてくる。そしてすぐに襲ってくる強烈な生臭い味。
脳が拒絶する。これはいけない。飲み込んではいけない。
「う"ぉぇ……!」
「…どうですか?」
「これはダメだ。危険物として登録しろ。見かけても二度と触れるな」
「艦長、一応解毒を」
「うん、むしろ先に水…!おえーっ!」
俺達は全力で口を注いで、解毒代わりのナノマシン錠剤を飲んだ。
クリティカルな症状は出なかったものの…
その気持ち悪さは、口をゆすいで泡の実を噛んでも尚、次の日まで残った。
ちなみに残った魚は地面に放置していたら朝には消えていた…。
・ ・ ・
後味の悪い湿地帯を後にしてもう少し俺達は先に進む、
背丈の高い山を迂回しつつ、以前キャンプした湖より西。そこが目的地。
ミャーオ族からの聞き取りでは此処こそが。カルカーン王国の遺跡だ。
何かが燃えて、焼け落ちたであろう家の跡。基礎以外は跡形もない。
街の中心であったのだろうか、広場のような場所。所々、石で円形の段差がある。
大きな岩を等間隔に設置した神殿か、議事堂か。人々が集まれそうな窪地。
そして明らかに立派であったろう、大きな屋敷。いや城かもしれない。崩れ落ちた、大型建造物の跡だ。
「……これは、コンクリート?」
「なんだそれ?石の一種か?」
「いえ、建造物に使う資材なんです。砂や砂利を混ぜてつくるんですけど」
「へぇ、村では見たこと無いな。ミャーオ族はそんな技術も持っていたのか…」
「材料まではわからないんですが、このあたりで採れるんでしょうね」
正直、俺は遺跡に来て感心していた。
話には聞いていたがこれほど立派な建物を複数つくる技術力。荒れ果てているとはいえ、整備しなおせばすぐにでも都市機能が復活しそうだ。
この光景を見れば農耕をしていたというのも納得がいく。そんな国があっさり滅亡してしまうなんて…
「…素人判断だとよくわからんが。いったい何人くらいここに住んでたんだろう」
「あの辺りが住宅区だったと仮定すると…1000人じゃ済まないでしょう。3000、いやもっとかも知れません」
「それが村に残ったのは12人……なんてこった」
キナコの話によれば、シマナガスは人を襲わなかったという。
だが、住んでいた街を追われ。散り散りに逃げていった人々は一体何処へ。
村に戻ってもう少し詳しく聞きたいが…カルカーン王国が滅びたのは1000年以上前だ。さすがにわからないか…。
「何処かに俺達の村みたいな集落が存在していればいいんだが」
「そうですね…でもドローンだと見つかりませんでした」
ドローンは夜間でも飛行する。
たとえ小さな篝火のようなものでも、上空を通過していれば見つかるはずなのだが。
もしかしなくても近くの洞窟とかに避難していないだろうか?それなら空からは見えない。
「仮にサバイバルするなら、せめて雨風をしのげる場所へ行くもんだ。このあたりにそういう場所はないもんかなぁ」
「うーん、そういう事でしたら明日周辺を見て回りましょう。農地のほうも探して見たいですし」
「そうだな……よし、今日はここで野営しよう」
「はい。水場を探しますね」
「あぁ、頼む」
カルカーン王国。亡国の都市。
開けた土地に瓦礫だけが残る、人が居ない街。
まるで俺達は世界中で二人きりになってしまったようで。少し肌寒さがキツく、身を寄り添って眠った。
◯チャバンバスピス
湿地帯に生息している小型の魚。甲冑魚の一種。
硬そうで全然固くない骨板に覆われている。
目と口が正面にあり、大きめの尾ひれを左右に動かして溺れるように泳ぐ。
詳細な生態は謎だが、周囲の鳥などの獲物になっている。
身はゼリー状のコラーゲンが多く含まれ、焼いて食べると恐ろしく不味い。食用には全く適さない。