さようなら、お父様
墜落船の中でとんでもない事実を突きつけられ、さらにはライムがケモミミな見た目のキャワイイ魔王になっちまった後。
俺はシイタケの力を借りて今後の方針を煮詰めていった。
まず、村の皆…彼女達が不便なく生活出来るように。銀河連盟に加入出来る程度には文明を発展させたい。
そのためには労働力…人口を増やす為にも俺がハッスルせにゃならんようだが、それはまぁ一旦置いといてだなぁ。
まず彼女らには文明とはなんぞや?を覚えて貰わないと話にならん。
あの村の人口が増えるという事は、将来確実に現状の狩猟採取生活では破綻する。食う量ハンパねーし。
だからまずは農耕を覚えてもらわないといけない。ゆくゆくは家畜とかの酪農なんかもかな?
そうなると道具も要る。金属精錬加工も覚えてもらわないと。
人口が増えた時の統治方法やらもか。それを継承して共有するための文字やら。数字やら。
もー、1から10まで全部教えないといけない。
そんなもん、悠長にやってると俺が生きてる間に終わるわけがないんだわ。
だからすぐにでも動かないと。出来る事からやりましょう、ってね。
「……よーし、良いぞライム。そのままゆっくりだ」
「はい艦長」
メキッパキポキ
「痛っっったぁい!俺の右手がぁあああ!?」
「あっ……失礼しました…」
俺は今、ライムと握手をしている。していた。
何でそんな事をって?ライムに力加減を覚えてもらう為だ。
まだ生まれたてのライムは細かい力加減が理解っていない。
渡したコップは指先ひとつで粉砕するわ、俺謹製携帯食料を砕いてふやかした流動食は鉄のスプーンごと噛み砕くわ。
そんで今は俺の手を握りつぶそうとするわ。
わざとじゃないんだろうけど、さっさと慣れてもらわないと俺の命がいくらあっても足りん。
だって村に戻る時に、ニンジャーの後部シートにライムを乗せて俺の体に"このまま"しがみつかれてみろ。
1mも移動しないうちに死ぬわ。死因が少女からのサバ折りとか冗談ではない。
「……大丈夫ですか?」
「お、折れ……折れてはないっ…が!」
ムキュルルモキュ
『折れてても僕がすぐ直せるよ へーきへーき』
「そこのキノコ星人…お、お前にも一方的に握りつぶされる痛さと怖さを教えてやろうか……?」
ミッキュ
『やーだよそんなの。僕は今服作るので忙しいんだい』
シイタケは複数の触手を器用に使って服をシュバババと作っていく。
彼が作る服の素材は特殊らしく、何年立っても形を保って自動修復する機能まであるらしい。
ミユシスの祖先から伝わる巫女服はシイタケのお手製だったというわけだ。
そんな世間では売られてないオーバーテクノロジーな生地で作られた、時と場所によっては国宝級、オーパーツとも言えるメイド服を
バリッ…
「あぁ…!また!?」
「……今度は何をしようと?」
「リボンがズレている気がして引っ張ったんですが……すいません」
ライムは簡単に破り捨ててしまう。ティッシュ感覚で。
なんでこの子ったらホントにこう…
ムキュゥゥ…
『いやぁ…ちょっと強化しすぎたかなぁ』
「ちょっとじゃねーんだわ。元AIのライムが神経すり減らして制御してんのにこれだぞ…」
モッキュルー
『まぁ……しょうがないよね?服なんて何着でも作れるから!僕も頑張るからライムもね!』
「はい、頑張ります……!」
ベリッ
「…………」
『…………』
もうライムが破損させた服はこれで6着目だ。先が思いやられるな…
・・・
ライムの訓練の合間に、俺はサンパチに報告するためのレポート作りに勤しんでいる。
といってもあんまり真面目にデスクワークしてると肩も凝る…。
なので休憩がてら雑談を交えながらも、シイタケから色々な情報を収集する。
「てことは、この星の植生は地球ベースなのか?」
ムッキュ
『そうだよ。地球人に合わせて因子改良した植物種子を多めに蒔いてあるんだ。だから馴染みがある作物とか探せばあるんじゃないかな』
「ふーむ…ライム理解るか?俺は見ただけじゃ細かい種類はわからんのだが…」
「…ミキュッ。シイタケさんから一覧をイメージ受信出来たので覚えておきました。3810にあるデータと照合すれば大丈夫です」
ライムはテレパスを送受信する際、何故かキノコ星人みたいな音を口ずさむ。
……そういうもんか?ただの人間な俺には原理とかは判らん。
「おぉ、助かるぜ。あとは…ミユシス達がはやく農業覚えれるようにしないとなぁ」
モキュルル、ミキュムキュ
『だったら絵が多めの指南書とかを先に作ったら?文字覚えるより楽でしょ?』
「なるほど、さすがキノコ星人は賢い」
「その本、私が作ってもいいですか?」
「ライムが?どうやってさ」
「船の積荷に自動作業机がありましたから。まず製紙用の機械から作ろうかと」
「なるほどなー?ライムも賢い」
「ありがとうございます。……えへへ、なんか褒められるってくすぐったいですね」
ライムが嬉しそうに、表情を緩める。大きく垂れたままの耳が、ぴこぴこ揺れる。
正直、ズキュンと来た。恋を知らないミドルスクールのガキじゃあるまいし、こんなので…!
いやでもぉ!俺の部下のライムさん、めっちゃかっわいいいぃ
「……ぐっ!!今の笑顔は俺に効く…!!」
「…効く?効くとはどういう意味でしょうか艦長。詳細を教えてほしいのですが」
「いや、だから……な、なんでもない!」
「いえ今の反応はライブラリにありません。後学の為にも是非お聞きしたいです」
「んなっ……だからそのぉ!男は女子のふとした一面に心動くものであってだなぁ!」
モキュルム
『つまり繁殖する気分になるってこと?』
「言い方ぁっ!!!」
「艦長と繁殖、ですか…?ええと…」
「おい!?そうじゃないぞ!違うからな!?」
「うーん、青少年保護モードが邪魔して……ミキュッ…あ、こんななんですね…ムキュゥ!?」
「おいどんな情報送ってんだぁ!?すたぁーっぷ!めっ、まだ早いの!それR18なの!!君まだ0歳!!!」
クキュゥモキュ
『いやぁ娘を嫁に出す気分ってこういう感じなんだね』
「絶対違う!?あとお前も娘とやらにスケベなデータ送信してんじゃねぇー!!」
* * *
10日ほど滞在の後。俺達は村に帰る目処が付いた。
今後の事について十分に話し合えたし、受けれる支援は十分に受けた。
あとは俺の仕事だ。
「本当に一緒に来ないのか?」
ムキュルー クキャァ
『うん、僕はこの船に居たいんだ。君達がくれた情報でも見ながらゆっくり過ごすとするよ』
シイタケは村には一緒に行かないらしい。このキノコ星人とは色々あったが、世話にもなった。
せめてものお礼…になるかはわからんが、村に戻ったらサンパチからシイタケが引き籠もってた間のステラノーム史、2250年分のデータを転送する事を約束した。
そのための…アンテナ?よくわからんが通信に使えそうな部品も譲ってもらった。あとは村の土産になりそうなもんをいくつか。
モキュキュクキュルル
『ここは僕とクルー達の思い出の星だからね。将来あの子達が宇宙に出れるようになっても…この船から眺めたい』
この船はある意味、墓標なのだろう。シイタケはそっとしておいて欲しいと言う。
そんな故人と寄り添って暮らしたいというシイタケの願いを、俺が邪魔するわけにもいかない。
俺にもシイタケと同じように、思い出がある。
いや、これからも仲間たちと思い出を増やしていかなきゃならない。
だからここでお別れだ。
「まぁまた暇になったらメッセージでも送るよ」
ミキャァモキュルー
『うん。何か面白い事あったら教えてね』
「シイタケさん、お世話になりました」
モキュゥ
『ライムも元気で。君の仲間達と仲良くなれると良いね』
「…はい、あなたもお元気で」
……キノコ星人が親のケモミミ少女かぁ。ミユシスから見れば、シイタケは神なんだろうな。
神様がキノコだって知ったら、彼女はなんて言うだろう。帰るのが少し楽しみになってきた。
「そろそろ帰投するぞ、ライム」
「はい。…スタートアップ。エンジン点火。燃料供給安定、バッテリー正常」
ニンジャ―はライムが目を閉じて念じるだけで、ガオッ!と吼えて目覚める。
ライムはテレパスでデータ通信制御すら出来るらしい。
見た目は少女になっても、今までやれた事は全部出来てしまう。本当にとんでもない娘だよ。
俺とライムはニンジャーに跨り、出発の準備を整える。
シイタケが触手を振って、別れのモーションを送ってきた。
俺はそれに手を降って答えてからニンジャ―のハンドルを握った。
「よし、行くぞ!操縦は任せる、ユーアー!」
「アイ・アム。オートパイロットセット。ニンジャ―、発進!」
ガルルッ!とニンジャ―が勢い良く浮いて飛び出す。
リアカメラ越しにどんどん遠くなる地球人の戦艦をライムはじっと見つめていた。
「………さようなら、お父様」
ギュッと。
後ろに座って俺にしがみつくライムの腕が不意に締まる。
「……ライム」
ギュゥゥ!!
締まる。締めすぎぃ!
「ぐぇえっ!?」
「あっ、ごめんなさい!」
「…ま、いつでも会えるさ」
「…はい、またいつか」
俺達は雪原の上に積もった雪を巻き上げながらひたすらに飛ぶ。
また暇になったら二人で遊びに来よう。ニンジャーに乗って。