踊るキノコ
シイタケは俺に色々と話してくれた。
この船は第二次木星大戦…キノコ星人側からはソル星系観察事故と言うらしいが。
その時に漂流した船を偶然見つけて、シイタケが引き取ったのだという。
ただあの頃は安全なロングスリープ装置や、地球人に適した延命手段が無く。
太陽系への直接ワープ航行も、戦闘直後の混乱でまだ銀河連盟の許可が降りていなかった。なのですぐ帰らせる手段がなかったらしい。
その為、シイタケはほとぼりが覚める間…乗組員の地球人が住みやすいと感じそうな、近所の地球によく似た無人惑星を探して見つけ出し。
船の乗員を一時的に保護する場所として、此処を選んで買い取ったそうだ。
つまりこの星はシイタケの個人資産だったというわけ。金持ちだなぁ…。
モキュルル クキューキュ
『彼らは最初喜んでいたよ。人類で初めて太陽系外に入植したって。すぐ近所なのにね』
「ここってそんな太陽系から近いのか?ステラゲート近くにあんの?」
ムキュキュ モキュー
『何言ってるんだいケン。2000年以上前なんてゲートなんか無かったよ。あの頃はワープ航法だけだね』
「え、そうなの…?すげー不便じゃん」
この戦艦…地球統合軍所属、SBB-861 ジェネラル・サカイ…という名称らしいが。シールドすら未装備の船がワープなんて出来るはずもない。
地球人の乗った軍艦はシイタケの個人所有船に曳航され。道中で亜空間対策の量子保護ケミカルコーティングを施し、牽引状態でワープ航行を実施。
キノコ星人達から見れば "近所" の、地球から数千光年以上離れたこの星に発見から数ヶ月で辿り着き。
食料や水が乏しくなってきていた為、地表に軟着陸させた後。クルー達はこの星で新たな生活を始めた。
しばらくこの星に住む事になる…と言っても、そんなに長く待たせる事はない。
地球圏が落ち着いて銀河連盟に加盟さえすれば、すぐにでもキノコ星人の協力で船を改良して。
最終的に、彼らは生まれた母星。地球に帰れるはずだった。
ミキュ…モキュキュア ミミキュ
『だがこの星はどうも、地球人の生存に適していなかったみたいでね。彼らはどんどん死んでいった…』
「未知のウィルスとかか?俺は問題無いように感じるが」
モッキューキュ キュモモー
『あの時は理解らなかったんだ。僕は地球人の生体について余りにも無知だった。何が原因か調べる時間は殆ど残されていなかったよ』
後で解った原因は、水に誰も気づかないくらい極微量に含まれた鉱物類の毒だったらしい。キノコ星人には無害でも、地球人には致命的な。
すぐに水質浄化プログラムを施行したものの、彼らは全員がすでに汚染された水を飲んでしまった後で。
体外に排出させようにも、その毒は完全に体内に吸収されて手遅れの状態だった。
「…おい、俺も現地の水飲んだぞ!?ヤバいって事か?」
<<艦長のバイタルは正常です。当時の地球人達は医療ナノマシン錠剤を服用していなかったのでは?>>
「あー…すげぇ昔の話だもんな。そういやこないだも胃薬代わりに飲んだわ」
ムキュキュー ミキュ…
『そうだね、あの頃にそんな薬があればどれだけ良かったか…。僕はこの船のクルー全員を看取ったよ。その最後の一人が言うんだ。死にたくないと』
「……だろうな。ゆっくり死を待つなんて、俺だって嫌だぜ」
キュムー
『僕をこの星にひとりぼっちにしてしまうって泣くんだよ。せめて子孫を残せていればって』
「そうか……子孫…」
ミユシス達の顔が脳裏に浮かぶ。
過去の戦争で地球人は滅ばなかった。だから今ここに俺がいる。
でも彼女達は、緩やかだけど確実に。滅びつつある。
…いやおかしい。ここがキノコ星人の言う、地球人が来るまで無人の惑星だったのなら。
じゃあ、彼女達の祖先は。いつから此処に?
ムキュゥキュ モキャァ
『…だから彼らの願い。僕が叶えてあげる事にしたんだ』
「…何?」
ムキュキュア ミキュ
『地球人の死体から遺伝子構造をラーニングして、既存のDNAに手を加えて寿命を伸ばす研究を始めたよ』
キュキューア ムキュ
『彼らの体は余りにも脆弱だったからね。星々の生物から、取得済みの遺伝子と結合して…』
モキュキュームキュ キュゥキュ
『まったく新しい地球人として、最新のボディを作ったのさ!お望み通り長生き出来る、強い子孫をね…』
遺伝子操作で生まれた最新のボディ…?いや、子孫だと?
何の事を言ってるのか俺には理解ってる。
でも認めたくない。
「…お前は、何を作ったんだ?」
ムキュゥゥ モキューキュ
『おやまだ出会ってなかったのかい?居ただろうこの星に。彼らがそうだよ』
「彼女達、を…?」
つまりシイタケ、このキノコ星人はこう言ってるのだ。
この船の地球人をベースにしたのだから、遺伝子は繋がってる。
君たちの子孫。新しい家族が増えたよ、やったね!と。
…巫山戯るんじゃねぇ!
そんなもんはただのエゴだ!!
こいつ、俺達人間を下等生物扱いして実験の材料にしやがった…!!
キュアー ムキュル
『不満そうな顔だね?子孫が繁栄するなら良いことだろう?』
「良い訳があるかぁ!!そもそも度を超えた種族遺伝子変更や許可のないクローン作成はステラノーム法で禁じられてる!重罪だぞ!!」
ミュキュ キュアァ
『知ってるよ?だから隠してるのさ、この星に』
シイタケの話す口調からは悪びれた様子はない。
翻訳機越しだから?それとも本当に些事だと思っているのか。
「…命は玩具じゃない!!そんな風に作られて生まれて…滅びに怯える彼女達の気持ちはどうなるか考えなかったのか!?」
ムキュゥゥ モキュル
『滅び?滅ぶのは全ての生命の必然さ。君たち人類が逆立ちしても手に入れられない寿命を与えたというのに。何が不満なんだか』
「そうじゃねぇ…!クソッ、何で伝わらないんだ…それでこの船の亡くなった船員達が喜ぶとでも!?違う、彼らはそんな事を望んだんじゃないはずだ!!」
キノコ星人がやれやれ、と溜息を付くような動作をする。
その動きは人間の模倣。キノコ星人の習慣じゃない。
つまり、呆れてると表現したいのだ。言葉が通じないなら、と。
コイツ本当に何処まで侮辱を…!言葉が通じないのはどっちだよ!!
ムキュア キュキューキュ モキュ
『人間は我儘だなぁ。……そうだ、なら一度リセットするかい?』
「何、だと…?」
モキュゥ モキュ
『僕は良かれと思って、地球人の末裔を増やしたんだ。君が要らないと言うなら…すぐ消してあげるよ?』
「消す…!?やめろ、そんな事俺は望んじゃ…!」
キュルルル…モキュキュ
『ふふふ…遠慮しなくてもいいよ!この船の兵装システムはまだ生きてるからね…』
コイツ…!命をなんだと思ってやがる…!!
そりゃこいつらキノコ星人の死生観と人類の物はイコールじゃ無いさ。他の種族だってそういう連中もいるだろ。
けど、だからって。それを許せるほど俺はドライじゃない。
ムキュゥ キュルル
『もう知ってるみたいだけど、初回生産した彼らはちょっと繁殖周りが失敗だったしね。だからバージョンアップもしてたんだよ?勿体ないねぇ』
「おい、まさか…!?」
俺は最初にこの部屋に入った時、ライムが探知した生体反応の数を思い出す。
2体だ。つまり、もう一体。この部屋にいる。
シイタケが触手を器用に使って、布で覆っていた医療カプセルを見せつけてきた。
そのカプセルには、液体の中で浮かびながら眠る。人間の子供。
ウサギのような大きく長い耳が生えている。今まで出会ったことのないタイプだ。
つまりこれが。Ver.2かよ…!
キュムル モキュ
『今度の体は完璧さ。諸問題も解決したし、あっという間に増える』
「この野郎…ッ!!」
俺はキノコ星人を壁に押し付け、吠えた。
「何がバージョンアップだ!!そんなもん誰が作ってくれなんて頼んだ!!俺達人類をバカにするな!!」
キュウゥ ムキュー
『…君たちはいつもそうだね、理解しあう前にすぐ他者を力で抑圧したがる。何千年も進化しない』
「それが俺達の生き様だ!!ふっざけるな…あろうことかミユシス達を滅ぼすだと!?その前に俺がテメェを焼いて食ってやる!!」
キュルルル…
『おっと、それは嫌だね。地球人風に言えば、こんがり焼かれてショウユをひとさし…なんて御免だよ』
<<艦長!!退避してください!>>
ライムが叫んで気がつく。俺の胸元にはいつの間にかショックガンの銃口が突きつけられていた。
コイツ、俺の銃を……!
バシュンッ!!
「ぐあっ!?」
<<艦長!>>
モキュッキュキュゥ
『安心しなよ、パラライザー(麻痺弾)で撃った。君たちがどんなに脆くても死にはしない』
視界が霞む。体が痺れる。
クソッ、早くこいつを止めないと……ミユシス達が!
俺は体から力が抜けて床に膝を付く。
その勢いでウェストポーチからライムが転がり落ちた。
ムキュ ミキャァモキュ
『…おや?これはクアンタムデータサーキットじゃないか!良いねぇちょうど最新のが欲しかったんだ~』
シイタケは器用に触手を使って、今度は俺からライムを奪う。
<<警告、あなたは正規ユーザーではありません。窃盗は罪に問われます>>
ライムが警告をしてもお構いなし。
まるで新しい玩具を手に入れて喜ぶ子供のように、触手でくるくると回す。
キュルルル…
『あー、AI入りかぁ…。まぁ良いや、これを使って新しいボディにインストールすれば教育も省けるし』
「やめ、ろ……」
ムキュゥゥ キュキュミキュ
『その後は君のお望み通り古いモデルを廃棄かなぁ?あとで生き残りがいた辺り教えてね?船の主砲なら苦しむ暇も無いよ…ふふ、ふふふふ!』
「こ、の……!」
体は全く動かない。意識が消えていきそうになる。
すぐ死にはしない。でもそれだと間に合わない…!
キュゥゥー ムキュルルルッ
『さぁて、早速作ろう!新しいものを作るって、いつでもワクワクするよね!ふふふ…』
「ぐっ…」
<<艦長!しっかりしてください、艦長!!>>
視界が暗転していく。
触手が蠢き、キノコが踊る部屋。
はやく、どうにかしてアイツを止めないと。
ミユシス…キキルパ……皆……
・ ・ ・ ・ ・
◯キノコ星人
見た目がどう見てもキノコの宇宙人。
実際は菌類ではなく恒温動物の特性を持った宇宙生物の一種であり、生物分類学では独立した知的生命体である。
体表は細かい毛で覆われていて、マシュマロのように柔らかい。傘の内部に口があり、そこから水分や栄養を吸い取る。
人類における手足の代わりに触手が無数に発達しており、器用に使って歩いたり物を掴んだりする。
発声器官が存在しないため、一切発言しない。代わりにテレパスで情報をやり取りするサイキック器官が備わっている。
脅威的な再生能力を有しており、体内のコア部分にダメージが無ければ基本的に不死。水だけでも数十年生き続け、少量のミネラルも摂取すれば数百年持つ。
死の概念に疎いせいか繁殖にはあまり積極的ではなく、数百年に一度程度の気まぐれで子孫を産み育てる。
彼らはあまり世間には顔を出したがらず、己の欲望を糧に生きている。
長い場合だとそれこそ研究で数千年間も引きこもっている者も居れば、旅好きで宇宙を彷徨っている場合も。
1つの星系で1人のキノコ星人に出会えればそれはかなりラッキーな事であり、仲間は銀河中に散らばっている。
知識に貪欲であり、興味深いと感じた物事には自ら接触してくる。その手法や結果については問題を指摘する人間も多い。
一個体には過剰な程蓄えられたその知識は、時折ステラノーム全体に還元されその度にブレイクスルーを巻き起こす。ステラゲートやワープ装置等がそれである。
キノコ星人は会話出来ない為、人類とは長らく意思疎通が困難な謎の種族であった。
体を擦り合わせキュゥキュゥミキャモキャと発音する事から、長い間それが言語だと誤解もされていた。
知能は人間よりもずっと高く、その愛くるしい見た目となんでも相談に乗ってくれる気さくな性格から人類には人気がある。
本年度も友達になりたい異星人No1の座に輝いている。