北へ
船に戻り、駐機しておいたニンジャーに跨る。
村の中から出発すると騒音とかでまた大騒ぎになっちまうからな…。
「よし、行くかサンパチ…いや、それだと船のサンパチと被るか?」
<<私はPSG-3810のAIと概ね同一個体です>>
元の調理ロボの発音プログラムを再利用しているのか、普段のサンパチとは声色が違うAI。
手のひらサイズの機械とは言え、積荷が満載で置き場が無くなった。
仕方がないので今はウェストポーチに収まっている。
「同一って言っても判別に困るし…そうだなぁ…」
俺は跨ったニンジャーに目を落とす。
視界に入るのは伝統のライムグリーンなボディカラー。
「よし、今日からお前はライムちゃんだ。サンパチの妹として生きろ」
<<ライムちゃん>>
「そうだ!伝統を受け継いでるんだぞ?誇れ」
<<…AIにはネーミングの良し悪しは理解りませんが、安直ではないでしょうか>>
む。サンパチと違って妙な所で突っ込んでくるなコイツ。
アイツならいつも"了解"と短く済ませるというのに。
「…気に入らないか?」
<<いいえ。少なくとも船名よりは気分が高揚しますね>>
…気分?AIなのに?
もしかしてベースになったコックの怨霊が取り憑いたりしてる?成仏してくれ頼むから。
「そ、そうなのか…ほら行くぞ。発進準備してくれ」
<<スタートアップ。エンジン点火。燃料供給安定。バッテリー正常>>
キィィインと甲高いエンジン音を立て、ガルルルとニンジャーのリフトファンが唸る。
ヘルメットのバイザーには同期した速度計や軸情報などが表示された。
準備は完了だ。
「よし…出発!」
<<離床します、しっかりとニーグリップしてください>>
ニンジャーがブワッ!と砂を巻き上げて宙に浮く。と、同時に左にガクッ!と傾いた。
「うおわあぁ!?バランスが!」
<<トリム修正>>
すぐに水平に戻る。うーん、積載ミスったか…
まぁ補正出来るならもうコレで良いや。
「…よし!今度こそ行くぞライム!」
<<ドローンとナビゲーションをリンク。発進します>>
ガオッ!と俺達を乗せたニンジャ―は勢いよく咆哮して、砂浜を飛び出した。
海岸線を縫うように、低空をひたすら飛ぶ。
時には岩場を。時には草原を。
ドローンが事前偵察して、サンパチがルート策定した平坦に近いコース。
その地図上にペンで引いたような滑らかな線の上を、ライムはニンジャ―を器用に操ってぶっ飛ばす。速度計は60m/sを表示していた。
* * *
途中何度も休憩を挟み。
ルート上の湖畔で燃料補給も兼ねて一泊。
野を越え、山を越え。視界がどんどん白くなっていき、一面の銀世界になってもまだしばらく。
俺達は二日目のビバークポイントである、岩場の隙間に到達した。
ここなら吹き付ける雪でテントが埋まるなんて事はないだろう。
「…もうここから見えるな、あの墜落船」
<<船体の後部が無くなっています。メインノズル部分が見当たりません>>
「実に見事な壊れっぷりだ」
<<美しいということでしょうか。滅びの美学は難しいですね>>
「そこまで高尚な事いったつもりじゃないんだけどなぁ」
艦首側から大きくえぐるように地面に突き刺さり。艦尾側は推進機の類が吹っ飛んでいる用に見える。何の因果か、うちの船とおんなじだ。
まるで確実に平行に着地出来るように重いケツを自爆させて、緩やかな傾斜で無理やり不時着したように横たわる船は、目測で全長300mを越えていた。
<<上部に砲塔らしき物が見えます。どうやら軍艦のようですが>>
「そう…みたいだな。持ってきたデータに該当する船はありそうか?」
<<………検索完了。ソル星系旧文明時代の戦艦に酷似>>
「旧文明って…地球のか」
<<はい。第二次木星戦争で使用された地球統合軍艦艇にシルエットが一致します。艦種名は不明>>
「だいにじ…え、いつの事?それ」
<<現在から2250年前になります>>
「にせんにひゃくごじゅう~~~!?」
いやいやいや。俺は確かにハイスクールで歴史の授業はB-で苦手だったよ。だって覚える事多すぎるんだもーん。
でもそんな22世紀前て。古代じゃん。というか化石じゃん。
「…そんなに古いのがあんな綺麗に…残るもんなの?」
<<近寄らないと詳細分析出来ません。まもなく日没です、明日にしませんか?>>
「そうだな…落雪に埋もれて死なないようにしっかり見張っといてくれよ。俺は明日に備えて寝る」
<<はい艦長。お休みなさい>>
・ ・ ・
次の日の明朝。
俺は慎重に墜落船の様子を伺いながら、雪を踏みしめてゆっくり距離を詰める。
なにせ相手は超が付くほど古くても軍艦だ。ノーアラートでいきなり発砲でもされたら堪らない。
2000年以上前の軍艦にそんな真似が出来るかどうかはともかく…俺は近づけば近づくほどに、疑問が強まった。
「…妙だな?新しすぎる」
<<確かに。装甲板の劣化がほぼ見られませんし、地球軍当時の技術では不可能に思えます>>
さすがに塗装は剥げているが、それでも殆ど劣化を感じない。
沈黙してるタレットなんかは今にも動き出しそうに見える。余計に不気味だ。
俺達はどうにか墜落船の艦首付近に辿り着いた。
ニンジャ―はここまでだ、入り口を探そう。
<<開口している魚雷発射管のような場所がありました。ここから入れませんか?>>
ヘルメットに搭載されているカメラがジーッと拡大して俺に入れそうな場所を拡大画像で促す。
魚雷が装填されて無ければ入れそうだが…
「よし、まずはあそこからだ」
・・・
近づいて中をライトで照らして確認する。
魚雷発射管の中身は空洞。だがそこまで広くもない。
さすがに荷物を背負ってこんな狭い場所に体をねじ込むのはちょっと…なんか逆に発射されそう。
「うーん、奥が良く見えないな……閉鎖されてないか?あれ」
<<この奥が魚雷発射室なのは間違いありません。ここから穴を開けて侵入しますか?>>
「…いや。ドリルで穴開けた先に弾頭なんてあったら…この一帯がデカい墓穴になっちまう。やめとこう」
<<なるほど?それは笑えないジョークですね>>
「う、うん…なんかお前本当にサンパチと性格違うな」
<<彼女は真面目すぎるんですよ>>
「えっ」
<<冗談です。次のポイントを探しましょう>>
俺達は諦めて別ルートを探す。
100m程舷側沿いに歩くと、今度はデカい砲塔の側に来た。
<<地球統合軍が使っていた主砲、リニアモーターカノンの一種のようです>>
「ここにも巨大質量兵器かよ…野蛮だなぁご先祖様」
砲塔の周りを歩いてぐるりと見渡すと、裏にドアのような物が見える。
ちょうど人が通れるサイズだし、メンテ用ハッチだろうか。
「よし、ここから侵入しよう。ライム、ニンジャ―寄せてくれ」
<<了解>>
ライムの遠隔操縦でニンジャ―がすぐに俺達の側までやってくる。
これだけ接近させても迎撃は無くて安心した。
念の為に砲塔裏で伏せていた俺は立ち上がってドリルの準備をする。
俺一人が通れればいいのだから、1mも穴をあければ十分だろう。
俺は予め改造して両手で辛うじて保持出来るようになったアルマゲドリルを構え、砲塔のドアを一気に焼き切る。
装甲の厚みは然程でもなく。まるで紙にペンを刺すようにあっという間に大穴が空いた。
「も、脆すぎる…本当にこれ軍艦なのか?よくこんなので戦争してたな地球人」
<<データによると、この艦種にはシールドが装備されていないようです>>
「はぁ?シールド無いの?じゃあデブリなんぞに当たったら」
<<文字通りボコボコになりますね?>>
ボコボコで済めば良いが…でも船体にはデブリがぶつかって空いたような目立つ破孔はない。
多少はへこんでいるにしても、やっぱり謎だ。
「……さらに警戒しつつ探索するぞ、周辺監視を強化してくれ」
<<了解>>
今まさに穴を空けた俺達はそのデブリみたいなもん。つまり船にとってはお呼びでない存在だ。
俺はますます警戒しながら、慎重に船内へと入っていった…。
◯アルマゲドリル
全高2m アウトリガー展開時全幅3m レーザー発振器本体0.8m
小惑星などに設置して穴を掘るための工事用レーザードリル。
基本的に縦穴しか掘れないが、設定深度は最大800mまで調節可能。
ケンが墜落船で使ったのは本体部分。両手でしっかり保持すればごく短時間なら照射出来るね的な。180mmカノン構えた陸ガンの輝き撃ちみたいになる。
軽いものじゃないし、長い間使い続けると熱くて落としちゃうかも。