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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神を呪う

作者: うらら

1DKの隅で、私は静かに目を開けた。頭痛が酷く、そして重く伸し掛る。低気圧のせいだろうか。外を見ると雨が降っていた。

なにか哀しい夢でも見ていた気がした。ぼんやりと思い返すと、自分自身がシュレディンガーの猫になっている夢だった気がした。怖い顔のおじさんに箱を閉められて、電流が走……その先は思い出せなかった。自分の身になってみるとわかるが、あの猫はなかなか不憫な思いをしている。

ふと隣をむくと、恋人……蒼が隣で眠っていた。短く刈り上げた髪が目の前にある。私はそれを不意に、撫でた。

今日はクリスマスイヴだった。


蒼が起き出したのはそれから二時間後の事だった。というか私が強引に叩き起したというべきか。

「いい加減起きなさい! 限定パフェ食べに行くから!」

「えぇ〜 もう少し寝かせ……」

「そう言ったらあと一時間は起きないでしょー! わかったから早く」

「冬の布団って魔力を感じるよね」

「あぁもうそんな事ばっかり……」

 おこして、と蒼が言って、引っ張りあげてやろうとすると、体重を掛けられて逆に布団に引っ張り込まれてしまった。びっくりしている私をみて蒼は笑った。私も釣られて笑って、そのまま二人でしばらく爆笑していた。こう改めて書くと、私たちはかなり馬鹿みたいだった。


 そう、馬鹿みたいに幸せを感じていた。


 二人で寒い町を出た。手を不意に繋がれてびっくりする。蒼がにっこり笑うのをみて、私も笑った。蒼の手は少し冷たくて、私が温めてあげないといけないな、とか 考えた。外は冷たい雨が降り注いでいた。私は言う。

「ねえ、ホワイトクリスマスになって欲しかったね」

「なんで? 交通とかいろいろめんどくさいだけじゃん」

「ロマンチックさが足りない」

「それは雨のほう?」

「どっちも」

 きっついなぁと苦笑いする蒼を見上げた。長いまつ毛が端正な顔立ちに着いていた。ん? と小首を傾げてこちらを見る。私は少しムッとして返した。

「……あざといぞ!」

「ええっそんなに可愛いってこと?! 照れちゃう〜」

そう言ってテヘペロの仕草までしているので、おかしな人だなぁと思う。ついでに古いな、と。でも、そこは蒼の紛れもなくいい所のように思えた。


予約していたカフェに入って、頼んだ限定のパフェがテーブルに来ると、思いっきり蒼は眉間に皺を寄せた。

「よくそんな甘そうなもん食べれるよね」

「ええそう? このくらい普通でしょ」

 チョコクリーム基調の、ブッシュ・ド・ノエルを参考にして作ったであろう可愛らしいそのケーキは、たしかにカロリーは高そうだけれど、こんな日にはぴったりの美味しそうな見た目をしていた。

「いやぁちょっと胃もたれしちゃうなぁ 若い子には適わないよ」

「おじさんか ひとくち食べる? はいあーん」

「いやいやいや、いいよ」

 と言って蒼は視線をあたりにちらりと向ける。少しばつが悪そうな顔をしていた。どうしたの?となんとなく解りながら私が聞くと、蒼は言った。

「……付き合ってるって思われちゃうじゃん!」

「ひどい! 付き合ってるじゃん!」

「ああごめんごめん冗談だけどさ! 周りの目とか気になるし〜」

「今の時代友達同士でもするでしょ というか」

私はわざと怒ったふりをして蒼を見つめる。少し焦った表情を浮かべる蒼に理不尽に苛立つ。冗談でも、そういうのは……。

「そういうのは、もうなし!」

 蒼は眉毛を下げて、笑った。そうだね、と。

「そうだね。やっぱり敵わないや」

「よしよし、分かればよろしいのだ」

 私が笑ってみせると、うん、ごめんねと蒼が謝って、私に言った。

「好きだよ」

 ……よっぽど恥ずかしいことを言っているのに、この人は気がついていない。


 付き合い初めて三ヶ月。私達は、キスさえもしたことがなかった。


 適当にショッピングで時間を潰して、私たちが向かったのは、ド定番のイルミネーション……ではなく、人気のない神社だった。それは、蒼の強い希望だった。別に神道信者でもなかったはずだけれど。

「イエス・キリストの誕生祭に、神道? なかなかセンスあるね」

「これから牛肉食べちゃダメだね」

「それはヒンドゥー教」

「悟りを開くか」

「それは仏教」

 頭を使わない適当な会話をしながら、拝殿の前に立つ。私は五円を探して、見つけて、投げる。即座に蒼につっこまれた。

「ちょちょちょそんなに乱暴に投げちゃダメでしょ」

「神様はそんなに心狭くないよ、五円だし。神様ともご縁ができるよねってことで」

「五円ごときで……」

 はぁ、とため息をつかれた。失礼な人だ。蒼は百円玉を取りだして入れた。丁重な仕草だった。私は気になって聞く。ご縁と、五円。

「五円じゃなくていいの?」

「別にいいの。百円のほうがご利益ありそうじゃん。金額的に」

「あ、そういう基準……?」

二礼二拍手一礼。

 願い事は、内緒。

 願い終わって蒼の方を向くと、真剣に目を瞑って、長いこと祈っていた。長いまつ毛が、伸びやかで綺麗だなと思った。暗い外に映えている。とっくの昔に日は沈んでいたが、雨は止み、晴れ始めていた。

 何をこんなに真剣に祈っているのだろうか。半径十センチも無い距離にいる蒼が、遠いところにいるような気分になった。


 自販機でコーンポタージュとおしるこを買って、近くのベンチに座る。蒼がぼやく。

「これ全然コーン出てこない。こんなん作った人誰だよ」

「お汁粉におもちが入ってたらいいのに」

「それこそ出てこないでしょ……」

「あと作ったのは谷田利景」

「ねえなんでそんなこと知ってるの?!」

 クリスマスイヴの夜だからか、人気が本当に少なかったから、ちょっと騒いでも誰にも迷惑をかけなかった。人通りは、なんならゼロだった。冷たく静かな空気が私の頬を撫でていった。冷たさがなんとなく心地いい日だった。ふと上を見上げると、そこには雨が嘘のような満天の星空が広がっていた。私は感激して蒼に話しかける。

「ねえみて! 星! すごいよ!」

「え?……わ、ホントだ」

「すっごい! この辺田舎だからかなぁ〜にしても久々に見たかも!」

「そうだね」

「来てよかったかも 来年も来たいなぁ」

優しく微笑んだ蒼は、きゃあきゃあと子供っぽくはしゃぐ私に言う。

「ねえ」

「どうしたの蒼」

「月が綺麗ですね」

「……死んでもいいわ、ってこと?」

 私が返すと、蒼は笑った。ほんの少し寂しそうだった。「うん」と言う。

「やだやだ、死なないでよ」

「この場合死ぬのはそっちじゃない?」

「私死なないからね」

「不死身の方ですか」

 馬鹿らしい会話。ふと蒼が言う。

「ねえ」

「うん?」


「別れよっか?」


なにかが、瓦解する感覚がした。動悸が一気に耳の後ろあたりを強く叩く。涙は、出てこなかったけれど。

その殺人的な衝撃から数秒経ってやっと抜け出せて、口から発した私の声は、掠れていて上ずっていた。

「……っ別れ……? え、……なんで」

私は、こんなに弱弱しい喋り方をしていただろうか。

蒼は苦しそうに顔を歪めて、言った。

「好きなんだよ大好きなんだ……でも、違うんだ」

「なにが? 何が違うっていうの」

喉が渇く。お汁粉のせいだ。

「私ちゃんと蒼のこと好きで」

「……嘘ばっかり」

 蒼はほんの少し、さっきとは違う歪め方で、顔を歪めた。自嘲と自虐と、あるいは。

「……あなたは“私”のこと好きじゃない。ずっとそうなんでしょ わかるよ……」


「ずっと、好きなんだから、それくらいわかるよ」

「蒼、違う私」

「じゃあ」

 蒼は私の頬を掴んで上を向かせた、というより蒼のほうを向かせた。私の身体は硬直する。蒼はあくまで淡々と私に問うた。

「今ここで、キスできる?」

 私は一瞬、戸惑った。それさえ見透かされたように感じた。慌てて言葉を紡ぐ。

「そういうことじゃなくて! それは人とか」

「誰もいないのに?」

 その通りだった。一瞬口ごもって「……できる」と答えた私の顔から、蒼はその瞬間手を離した。

「……嘘が下手だね」

 悲しそうに言った。傷つけた、と分かった。何も言えない私に、蒼は言葉を続けた。

「昔からずっとそういう所が好きだったんだよ。無理させててごめんね。」


 昔。高校時代からの親友だった私たち。

 誰よりもカッコよかった蒼と、そんな蒼とずっといた私。蒼を馬鹿にやつらも居たけれど、全員黙らせる勢いで蹴散らしていた記憶がある。

 その度蒼は言った。

「……私なんかよりそっちの方がずっとカッコイイよ」

……大学一年生になったある日。

告白されて、その時は驚いたけれど、嬉しくもあって。断りたくなかったから、断らなかった。好きだった。ちゃんと好きだったはずだった。


 好き だっただけ。と言われたら、そうかもしれない。とその時、初めて気がつく。

 恋と好きと愛は全部、ちょっとだけ違う。ちょっとは大したことないように思えるけれど、その差はもう何も埋められないほどに、途方もなく、絶望的な距離なんだと分かった。


 暫くすると、蒼は私を見つめていたけれど、苦笑いしだした。

「……参ったなあ。もう涙も拭けないんだよ」

 いつのまにか、私の目からは涙が零れていたようで、それは、別れを受け入れたというしるしだった。蒼はごめんね、と言う。

「こんな日に言うべきじゃなかったね」

「蒼ってほんとロマンチックさが足りない」

「ごめんね」

「好きになるつもりだったんだよ」

「知ってる」

「好きだと思ってたんだよ」

「……嬉しい」

「どうして」

 どうして こんな理不尽が許されるのだ。

 かっこよくて可愛い所もあって、ちょっと変で面白くて強い、蒼が、どうして傷つけられなければならないのだ。蒼を、どうして傷つけなければならないのだ。

 どうして、彼女に恋ができないのだ。

「……さいあく」

「ごめんね、黙っておこうと思ってたんだ。私はこれでも充分幸せだったから。」

「あのままでも良かったんだ」

「でもあのままだとダメだった。これ以上甘えたらだめだった。時間を奪っちゃう訳にはいかなくて」

「……蒼ならいいよ」

「こらこら、今さら優しくすんな、泣けてくるでしょ」

 私と、意地でも目を合わせようとしない蒼はもうとっくに泣いているのかもしれなかった。嗚咽さえ漏らさなかったけれど。

 満天の星空が私たちの絶望を見下ろした。

 全てをぶっ壊したい気持ちに駆られる。イエス・キリストもゴータマ・シッダッタもガネーシャも八百万の神も、今の私を救えないくせに。何がメリークリスマスだ。何が五円だ。神を呪う。性別とかいう概念をぶっ壊してさえくれたら、私たちの今の願いは叶うのに。結ばれたいというのを本能が邪魔するなら、それはどんなに不自由な世の中だろう。

 私が女じゃなきゃ。あの子が女じゃなきゃ。そもそもそんな概念が無ければ。こんな社会が消えてくれたら。それでも足りない。人間が人間として「だけ」生きられれば。

冷たい雨なんかより残酷。パフェなんかより胃もたれして、コーンポタージュ以上にじれったくて。そんな現実でも。

私達は、受け入れて愛する他選択肢がないのだ。

短編です 試しに投稿してみます

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