1章6話 回想と邂逅と
「いや、まじで助かったわ、サンキューな茜」
俺は両手に荷物を持ちつつ、茜にそう言葉をかけた。
言われて生活に必要なものを買わないとな、と思いながら来たまではいい。
だが、俺が思いついたのは食器類に着替えくらいのもので、シャンプーやらボディソープやらに続き、歯磨きや歯磨き粉などは持ってきているか? 最低限の学用品は? と色々と詩音に聞きながら考えてくれたのは茜だった。
「え? いいよいいよ、私も楽しかったし、詩音くん、いい子だしね…………ねぇ、楽」
そんな俺にそう笑って、そしてこっちだったよね、と駐車場に先導する詩音を見ながら、最後に少し声を潜めて名前だけを呼ぶ。
ただ、それだけで何を聞きたいかはわかる。
これは、幼馴染だからではなくて、きっと俺も気になっていることだからだ。
「姉貴のことだろ? まぁ気にはなるけど……連絡先位持たせててくれりゃいいのによ」
「うん、奏音さん。子供いるなんて知らなかった……それに、詩音くんの年齢的にはさ」
茜の言葉に、俺は頷く。
姉が出奔したのは俺と茜が中学に入って最初の夏休みだったはずだ。
随分と空が青くて、やけに暑い日だったのを覚えている。
『ごめんね、楽。私ちょっと出てくから……茜ちゃん、こいつのことよろしくね』
そうだった、最後に見た時は、茜も一緒にいたんだった。
ちょっと出ていくと言って、一度も帰ってくることはなかったその場面を思い出すのに、俺の脳裏に最初に空の青が、そして次に姉貴の台詞が思い浮かんで、隣にいる茜を見る。
俺も茜も、現役で大学に合格して三回生、つまりは、八年たっていないくらいで、詩音が七歳なのだから、そういうことだった。
「あぁ、出てった時には……ってことなんだろうな。ってか、祖父さんと揉めたからってのや、元々奔放でどこかに行きたい人ではあったからと変に納得しちまってたんだが……また、祖父さんとちゃんと話してみるわ」
「うん。手伝えることがあったら……っていうか手伝うから」
茜は頷いて、そして、提案ではなくて、確定事項のようにそう言ってくれる。
これは何か奢らねばなるまい。
俺が様々な意味でありがたすぎる茜の言葉に、茜の好きな食べ物をいくつか頭の中で考えているうちに車のある駐車場に到着した。
そして、車のトランクに購入した買い物袋達を入れたところで、詩音がどこか違う方向を見ているのに気付いて俺は声をかける。
「ん? どうかしたか、詩音?」
「えっと、あれ、どうしたのかな? と思って」
見ると、駐車場の前の道路を挟んだ向かい側で、詩音と同じか少し大きいくらいだろうか。少女二人が何かを探すようにしてうろうろと歩き回っているのが見えた。
時折しゃがみ込んだり、看板の裏を見たりと少し目立っている。
「何だ? 何か落とし物でもしたのかね」
俺が首をかしげてそう言うと、今度は俺と同様にそちらを向いていた茜が「あれ?」と声を上げて、そして、俺に向かって呟いた。
「あれさ、犬村さんのところの絵美ちゃんと絵夢ちゃんじゃない?」
「ん? あぁ、そう言われてみればそんな気も……って、ますますあいつら何やってんだ?」
絵美と絵夢は、俺と茜の家の近くに住む双子の少女で、一卵性ということで非常に似ているため俺は正直見分けが付かない二人だった。確か次で小学二年生になるということだったから、詩音と同じ年ということになるのだろうか。
俺達の住む地域からここまでは自転車などでも来れなくはないが、小学校までの更に倍くらいの距離があるため、こんな場所で、それも子供だけでというのは気になった。
「流石に見かけたからには気になるな、ちょっと声かけてみるか」
「そだね、困ってるみたいだし……詩音くん、ちょっとごめんね。あの子達近所の子でさ」
「ううん、僕も気になったから……何か探しものかな?」
そんな会話を交わしながら、車を置いて近づいていくと、思った以上に焦った表情を二人がしているのがわかる。
「よう、絵美に絵夢、こんなとこでどうしたんだ? 何か探してんのか?」
俺がそう声をかけると、二人がこちらを振り向いた。
「あれ? 楽兄さん、それに茜姉さんも……デート?」
「絵美ちゃんそういう時はからかっちゃいけないんじゃなかったっけ?」
「そうかそうか、茜姉さんがすぐヘタれちゃうか」
「……二人共?」
よく二人に茜がからかわれているのは定番だった。
茜は美人だが、恋人が出来たことは俺の知っている限り無いはずで、高校の時に先輩との噂が流れていた頃も本人は否定している。
ちなみに、実は俺のことが、と思った青春時代もあったが、それも否定されて以降、今のように幼馴染という関係性が続いていた。
「で、どうしたんだ? 今日は茜をからかう言葉にもキレがなさそうだし、子供だけで来るにはちょっと遠出過ぎやしないか? おばさんは?」
「仕事……でもね、仕方ないの!」
「そうそう! トラさんがいなくなっちゃったの!」
「トラさん?」
俺の質問に、絵美と絵夢がそう叫ぶように手をぶんぶんとさせながら訴えるのに、俺と茜の後ろで詩音も首を傾げるようにして呟く。
「あれ?」「だれ?」
そして、そんな詩音に絵美と絵夢が更に首をかしげ、俺と茜はとりあえず整理しようと歩道の脇へ避けて、目線を合わせるようにしてしゃがみ込むのだった。