3章15話 わがまま
再びの無言。それを嫌うように、そして、ともすれば共感してしまいそうな奏音の言葉に、俺は言葉を絞り出す。
この3ヶ月で知った、俺の大事な甥っ子のことを。
「詩音はいい子だ」
「ええ、知ってる」
「頭もいいぜ、俺がガキだった頃に比べたらやばいくらいだ」
「ふふ……それもよく知ってる。あの子は、頭もいいし、そして、持って生まれてしまったもののせいか、とても他人の感情に聡くて、優しいわ」
詩音を褒める時の奏音の顔は、穏やかだった。
それを見て、やはり、奏音の行動は間違っていると思って、俺は続ける。
「寂しいのに、めいいっぱい大丈夫なふりしてよ。強いやつでもある」
「…………そう、でも、ありがとう。楽、あんたになら、そして喧嘩しちゃったけれど私達を探して引き取ってくれたお祖父ちゃんなら、預けられると思った……だから――――」
「でもよ!」
頼む、そう言いたいのだろう。でも俺は、奏音に続きを言わせない。
事情を知った。想いも知った。詩音を知った。
決して、頼まれてなどやるものか。
「詩音は。あいつは、自分で考えて、不安もいっぱい考えて、でも、俺らにもちゃんと頼って、ここに来てる…………子供だけど、もうあいつは、ちゃんと自分で考えられる人間だ」
「…………っ」
「信じてやれよ。姉貴が……姉貴が一人でここまで詩音をあんないい子に育て上げてきたんだろうがよ! なのに、他でもない姉貴が一番、詩音を変なところで子供扱いして、子供扱いしてやらないといけないところで大人扱いしてちゃ駄目だろうが!」
「…………でも、でも、あたしは、さっきもあの子を泣かせた」
俺の言葉に目を見開いて、唇を噛み締めて、奏音はそれでも、まだ、下を向く。
でも、そこに、声がした。
どこか揺れているけれど、はっきりとした声だった。
「……泣いてない!」
◇◆
逃げ出してすぐ。
僕は茜さんに追いつかれて、沢山涙がこぼれるところを、抱きしめてもらっていた。
不思議と、抱きしめられると落ち着く。
僕にはお父さんが居なかった。
でも、僕は、今よりもっと小さい時から、沢山、沢山抱きしめてもらった記憶がある。嬉しい時も、寂しい時も、笑っていた時も、寝る時も。
それを、思い出す。
「……奏音さん。詩音くんのお母さん、凄い辛そうな顔してた」
「え?」
「だからね、きっと、なにか理由があるんだと思うの。そしてね、きっと楽が、奏音さんをちゃんと引き止めて、何でかを聞き出そうと頑張ってる」
「……うん」
「でも、詩音くんがこれ以上聞きたくないなら、このまま帰ってもいいと思う。私はそれでも賛成するし、楽もそう……だからね、安心して、もう一度だけ、考えてみてくれる?」
茜さんは、そう優しく微笑んだ。
僕はそれを聞いて、頷いて。そして、戻ったところで、僕は楽さんの大事に思ってくれる心を知った。
お母さんの気持ちを知った。
いつからか感じていた、お母さんが何かを怖がっていたあの気持ちを。
だから、お母さんが俯いて、泣きそうになっているのを見て、僕は飛び出して、言ったんだ。泣いてないと。
お母さんが悲しむなら、僕は、泣かない。
だから、驚いたようにこちらをみるお母さんに、もう一度告げる。
そしてさっきは、怖くて怖くて聞けなかった事を、聞いた。
「僕が泣いて、お母さんが困るなら、泣かないよ…………ねぇお母さん、僕はお母さんのこと大好きだよ? お母さんは、もう、僕のこと、嫌い?」
それに、お母さんは言葉に詰まって、でも僕の目を真っ直ぐに見て、僕の大好きな声で、叫ぶように言った。
「そんなわけ……! そんなわけないでしょう!??」
そして、恐る恐るやってきて、僕のことを抱きしめてくれる。
温もりが、匂いが、柔らかさが。
抱きしめられた時の顔にかかる髪が。
お母さんだ、と僕にホッとさせてくれる。
「お母さんは、詩音を、愛してる。あなたの笑顔が、あの家を出て、独りにされてからもずっと、ずっとずっと、私を支えてくれていたのよ。嫌いになんてなるわけない…………ごめん、ごめんね」
お母さんがそう言って謝るのを僕はぎゅっと抱きしめ返して告げた。
さっきまで、お母さんが話してて、ずっとずっと伝えたかったこと。
「僕は、いい子でいようって思ってたの。お母さんが喜んでくれるから……でもね、寂しかった。それでも、お母さんがそれでほっと出来るならいいかなって」
「詩音……あなた、そんなことを」
お母さんが、僕の言葉に涙に濡れた顔を歪めてそう言って。それに対して、僕は頑張って伝える。
伝えたかったこと。考えたこと。
楽さんが、茜さんが、お祖父ちゃんが、協力して僕をこうして連れてきてくれた。
「僕は、お母さんといたいよ。そんなに寂しい顔をしてるなら、僕も一緒に居たい。笑って、喧嘩したりもして、楽しいこともして、一緒に寝て」
「……詩音、でも、お母さんはもしかしたらあなたのことを――――」
忘れちゃうかもしれないの。
その声は、声にならなくて、でも僕にはちゃんと届いた。
でも、僕はそれを消すようにして叫んだ。
「嫌だ! 一緒に居てくれないと、嫌だ!」
我儘を、言った。
「……っ」
「それに、もしお母さんが僕を忘れても、僕が覚えてるよ! 全部全部、お母さんの分まで覚えて、知らないこともちゃんと読み取るから! だから、一緒にいたいよ。いてよ!」
「あ……」
「ずっと、ずっとずっと……何でこんな風な能力が僕にあるんだろうって思ってたけどきっと。きっと僕のこの力は、そのためにあるんだ。何回忘れても、僕はお母さんの事を視るから、覚えてるから、教えるから」
沢山の言葉を投げた後は、泣かないと言ったのに、もうわからなくなって。でも、お母さんはそんな僕をずっと抱きしめてくれていて、僕と同じくらいの泣いたような声で。
「うん……一緒に居よう。あたしも、詩音と、一緒にいたい」
そう言った。
それを聞いて、お母さんの胸の中で、僕は思った。
この能力は嫌なものなんかじゃなかった。きっと、お母さんと僕を繋ぐための、大切な贈り物だったんじゃないかって。
そして、僕に足りなかったのは、きっと。
いい子でいようとする心じゃなくて、わがままを言ってでもちゃんと伝える勇気だったのだ。
~ 3章 わがままな勇気が結ぶもの Fin ~




