1章4話 再びの来客
俺は改めて、詩音の言葉と雰囲気から「家で暮らさせてくれ」という言葉が期限などが無いものだと悟った。
色々気になることはあるが、目の前の詩音からは嘘の気配も感じられない。
それに、信じられる俺の事情もあった。
とはいえ、俺がどう感じようとも、そもそもとして俺の一存でどうこうできるレベルを超えているのは確かで、俺は当たり前の行動として、家主であるところの祖父さんに連絡を取る事にした。
「なぁ、詩音が嘘をついているとは思ってねぇんだが、正直、俺だけで決められるわけじゃない。だから祖父さんに連絡するわ……」
詩音にそれだけ言って、俺はスマホを取り出して文面を考え始める。
祖父さんは年代の割にはスマホも使いこなしており、メッセージアプリも、何なら友人のおっさん連中と麻雀アプリで対戦していたりもする人間だから、一本メッセージ入れておけばいいのは助かった。
『楽:姉貴の子供が来た。姉貴はいない。どうも姉貴に事情があって、ここで暮らしたいらしい。詳細は不明だけどとりあえず家には上げてメシは食わせた。小学校とか住民票とか手続きも必要だと思うんだけど、帰ってきたら話したい』
だが、送信しようとして、俺は少しだけ止まる。
(伝わるかな、これ?)
悩みつつ、でも上手い伝え方も思い浮かばずにとりあえずそのまま送信ボタンを押した。
「楽さんのお祖父ちゃんっていうことは、僕のひいお祖父ちゃん?」
「あぁ、詩音にとってはひい祖父さんってことになるのか? そう考えるとすげえな」
(祖父さんは確か、72歳になったところだったはずだから……?)
詩音の言葉に返しながら考えてみると、祖父さんも随分若くしてひ孫が出来たものである。
しかし、そんな事を考え始めた俺を、再びの玄関のチャイムが引き戻した。
「お客さん?」
「そうみたいだな、普段はそんなにチャイムが鳴る家でもねえんだが。話の途中なのにすまんが、ちょっと出てくる」
詩音の疑問にそう答えて、俺は立ち上がって玄関へと赴いた。
◇◆
「わわ、本当に君が奏音さんの子供なの?」
僕は、楽さんと一緒に入ってきた綺麗なお姉さんにそう問いかけられていた。
チャイムが鳴って、楽さんが玄関に行った後でやりとりが聞こえていたのだけれど、どうやら随分と気安い関係の人のようだった。
びっくりしたように見開かれた瞳がとても大きい。まるでテレビで見るような綺麗な人で僕は照れてしまう。
少し困って、僕が楽さんに目を向けると、楽さんは頭に手をやりながら無言の僕の疑問に応えてくれた。
「こいつは茜。俺とは近所兼幼馴染でな。姉貴……つまりはお前の母さんのことも知ってるんだ。もともとは回覧板届けに来ただけなんだが、お前の靴を目ざとく発見して、こうして確認しにきたわけだ……悪いやつじゃあないから怯えんでいいぞ」
「いやだってさ、普段楽と楽のお祖父ちゃんしかいないのに、玄関に子供靴が並べられてたら気になるでしょ。……まぁ誘拐とかするやつじゃないのは知ってるし……その、信じてるからね?」
「……いや、誰にも疑われてねぇわ。変なフォローしてくんじゃねぇよ」
「あはは! 冗談冗談、で、改めまして詩音くん、こんにちは」
そうじゃれ合う様子は、随分と仲が良さげで、そして、茜さんと紹介されたその女の人は、僕に向かって改めて口を開く。
「私は茜、楽とは小中高大と全部一緒の腐れ縁幼馴染なの。さっき楽からは、ここに住むかもしれないって聞いたわ……もしそうなったらちょくちょく会うと思うし、ぜひともよろしくね」
「あ……はい、よろしくお願いします、茜さん」
僕がそう答えつつ、楽さんの方を見ると。
「まぁあれだ。俺個人としては、お前がここで住むことに反対する気はない。祖父さんも駄目とは言わないだろうし……だから姉貴もお前を送ったんだろう、連絡を寄越さないのはどういう了見なのか問い詰めたいところではあるが、な」
楽さんはそう言ってくれた。
なんでだろう、面倒さは隠れていないし愚痴は言ってるし、ぶっきらぼうな口調ではあるのに、当たり前のようにここに居ても良いと認められている気がして。
僕は子供ではあるけれど、流石に、子供が急に家に置いてくれと言ったからといって、いいよとなるわけがないんじゃと思ってた。追い返されたらどうしようとずっと思ってチャイムを押したのだけれど。
(お母さんは大丈夫って言ってたけど……ほんとだった。でも、どうしてそんなに優しいんだろう)
安心と疑問の二つに埋められていく僕の内心とは裏腹に、二人は話を続けていった。
「確かに、事情はあるんだろうけど、心配だよね」
「……まぁ、な」
「でも、いっぱいびっくりだけどさ、ちゃんと生きててくれて、良かったね! ずっと心配してたんだもんね。興信所とかに頼んだりさ」
「あぁ……まさか、子供産んで育ててて、とは思わなかったがなぁ」
「確かに。ところでさ、話は変わるけど、詩音くんは何歳なの? 小学生かな?」
そして、話を黙ってい聞いていた僕に、茜さんが質問をする。
「えっと、七歳、です。次で小学校二年生で」
「そっかそっか。うんうん、ちゃんと受け答えできて偉いねぇ」
答えた僕にそう言って、茜さんが頭を撫でて褒めてくれて、いい匂いにどぎまぎしてしまった。
茜さんはそんな僕の様子ににこにこしながら、楽さんに尋ねる。
「小学校とかどうするの? 戸籍とか、住民票とか、楽、色々準備しなきゃだよね」
「そうだな……正直わからん。祖父さんがなんとかするんじゃねぇかとは思うが。今は小学校も春休みだよな。いつが始業式だっけか?」
「四月八日とかじゃなかった? 手続きは私もわかんないけど、そもそもここで過ごすのに買い物とか大丈夫? 車必要だったら出すけど」
「……確かにそれは、そうだな。茜がいてくれるなら、今日のうちに行っちまえたら助かるか」
そして再び、二人が僕の方を見て、僕は聞かれるだろう内容を先に答えた。
「服とかは、あの大きなカバンに入ってます。えっと、前の小学校で使ってた筆箱とかも、ランドセルに入ってます」
できるだけ、いい子だと思われるように。やっぱり駄目だと言われないように。
さっきから感じていたけれど、この場所は、とても優しい。
だから、居てもいいと思われるように、頑張って、考えないといけないと思った。
顔色を伺うみたいで気持ち悪いと、大人の人に言われた事もあるのけれど、それでも、沢山考えないと、いい子じゃないと僕は駄目なんだから。