2章14話 誰にも迷惑はかけてない?
たどり着いた場所には家が点在していて、その中でも一番奥の家に向かうことにする。
それは、悠太くんと詩音の話と、何より動画からで山に近い方であったためというだけの理由だったのだが、少し広くなった路肩に車を止めると、怒鳴り合う声が聞こえてきて、俺は反射的にそちらに目をやった。
「ったく……なんてことしてんだお前は!!」
「…………ただの実験だったんだよ。ちゃんと気ぃつけてたし、消防が来た頃にはとっくの昔に煙もでてなかったんだ」
煙。消防。
どう考えても無関係とは思えない言葉が出て、俺は健一と茜に目配せをしながらそちらに近づいていく。
「馬鹿野郎! 野焼きにしても可燃物を扱うときはそれなりの手続きと申請ってもんが必要になんだぞ……お前のわけわからん実験とやらだからと言って、無断で良いわけねぇだろうが! 第一、もしそれで本当に火事になってたらどうするつもりだ、ここにゃじいさんばあさんが多いんだぞ!!?」
白髪が混じった壮年の男性が怒鳴り声の主のようだった。
怒られている方は息子だろうか。明らかに不貞腐れたような態度の少年が下を向きながら呟くのが聞こえる。
「……くそ、ちゃんと誤魔化せたはずだってのに、何だってバレたんだか」
「……ばあちゃんがお前が何か燃やして消防が来た気がするけど夢だったかねっていうから。心配になって二軒先の氷上さんに聞いたらお前、本当に朝方に来てたっていうじゃねぇか」
「げげ……ばぁちゃん最近何も覚えてねぇし耳も遠いってのに何でこんなときだけ」
「おら! とっとと謝りに行くぞ!」
「やだよ! だってほんと、誰にも迷惑かけてないし、第一何の法律違反でもねえって。SNSで見たもん!」
そんなやり取りをして、そして二人共が俺達の方を見て驚くようにして、その後怪訝な表情となった。
「あー、お邪魔してしまってすみません。その、ちょっと今朝方の煙の件で伺いたいことがあったんですけれど……そうしたらお二人の話し声が聞こえてしまって――――」
「……特に消防の人ってわけでも警察でもなさそうだが、若え兄ちゃん達が何の用だい? しかも、そんな子供連れで」
俺の言葉に、少し警戒したような表情で質問してくる男性に、俺は少し頭を下げて、ここに訪れた理由を話す。
「いや、実はですね、知り合いが煙が出てたって通報したんですけれど、消防の方に間違いだったと言われたということで、ただ、ほら、こちらにあるみたいに煙自体はあったのかなと思って様子見に来たんですよ」
そう、刺激しすぎないように言葉を選びながら、最後には動画を見せて告げると、その男性は難しい顔で言った。
「なるほど……それは家のバカ息子が申し訳ないことをしたなぁ。ほら、お前も謝らねぇか!」
「…………」
そして、男性が怒鳴り、後ろで同じく聞いていたその少年は不満そうにしている。
「いえいえ、ひとまずは、何があったのか伺ってもいいですかね?」
「それがね……この息子が何か実験とかいうわけわからんことをしてたみたいなんですけど、それで失敗したみたいでね――――」
「……じゃない」
「あぁ!?」
「失敗じゃねぇっての! そりゃ混ぜ合わせた時に思ったより煙は出ちまったけれど、すぐ準備してたもんで消したし、燃え広がらないように安全性にもちゃんと配慮してた!」
少年がそう言って、男性をきっ、と睨んで、口をへの字に結んだ。
それを見て、俺は内心で参ったなぁと思って頭をかく。
正直、親子喧嘩は別として、何があったのかを知りたいだけなんだが。
すると、すっと健一が俺の隣に立って口を開いた。
「……もしかしてだけどさ、そっちでやってた?」
健一の声に俺も目をやると、吹き抜けの建物の更に奥に、どうやら野焼きなどをした後の炭や、使用済の穴の空いた鍋や錆びたフライパンを集めているらしきレンガ作りの作業場のようなものがあった。
農家だからか、染料のようなものだったり、農薬なども置いてあるのが見える。
「そ、そうだけど……?」
「……そっか、SNSとかで、見たのかな?」
その目は真っ直ぐに少年の方を見ていて、端正な顔立ちの健一と向き合った少年は、どこか狼狽するように頷いた。
「硝酸カリウムと砂糖で、煙幕みたいな実験……違う?」
そして、頷いた少年に、健一がそう穏やかに尋ねる。
「……何でわかんの?」
それに、ぽかんとした表情で少年が呟いた。
「俺もやったことあるから。理科とかで色々習ったり本とか読んでるとさ、これ作れるんじゃない?って思うし……後は、音が出なくて、火事にもなりにくくて、今この場所にあるものでできそうで、煙が結構発生するものって言ったら、ね。それに本当は、色がある煙にしたかったのかもって」
「そ……そうなんだって! 父さんとかは全然わかってくんないんだけど、兄ちゃんすげえじゃん! それに比較的安全だって―――――」
「それは違うよ」
そして、健一の言葉にどこか興奮したような顔で少年が告げるのを、健一は今度はピシャリとした言葉で止める。
健一の横顔は、俺がいつも見ているよりも随分と真面目で、起こっているように見えた。
「まず、こういう実験を一人でするのは良くない。農家さんなら特に手に入りやすいしネットでも簡単に買える材料だけれど、れっきとした爆発物だ、ゆっくり加熱しなければ高温になりすぎたら火災にだってなりうるし条件によっては爆発する。君が怪我をしなかったのも、無事だったのも結果論に過ぎない」
「…………え」
「確かに、動画でも何でも気軽そうな実験が上がっているのは確かだ。やってみるという行動力も否定するつもりはない。だけど、知識もないのに適当にやるのはだめだ。君のためにも、周りのためにも」
「……でも、それでも別に迷惑はかけてないし」
「お前、まだそんなことを――――」
健一の言葉に狼狽するようにしながら、それでも言い訳する少年に、父親の男性は手を上げようとするが、その前に詩音の言葉が響いた。
「僕の友達が、嘘つき呼ばわりされました。それは、誰にも迷惑をかけてない、ですか?」
「え?」
それまで黙っていた詩音に、少年が疑問の声を出して固まる。自分より年下の詩音の見上げるような、強い視線に後ずさるようにして。
「僕の友達は、もしかしたら火事かもしれないって、勇気を出して通報しました。でも、それで何もなかったからって目立ちたかったみたいな言い方をされて、凄く傷ついてます……お兄さんは誰にも迷惑かけてないって言うけど、それはただ、見てないだけじゃないですか?」
「…………」
詩音の一生懸命な言葉に、言い訳の言葉も出なくなった少年は俯いた。
◇◆
「健一さん、ありがとうございます。楽さんも、茜さんも」
帰りの車内で、詩音がそう言うのに、俺は首を振った。
「俺はなんもしちゃいねぇけどな。なぁ茜?」
「私は運転してますー! でもそうね、それに詩音くんの言葉にすっきりしちゃったし」
「俺は元々ぜんぜん違う説を述べちまったから、これでチャラってことで……悠太くんだったか? あの子にも安心させてやってくれよ。そのうち学校にも連絡行くかもだけどな」
茜と健一もそう言って、笑う。
あの後、怒りのままに父親に連れて行かれた少年は、きっと消防に行くのだろうが、なにより詩音の言葉に応えているようだった。
「それにしても健一、結構まじで怒ってたな?」
「まぁな…………同族嫌悪ってやつかもしれんからあんまり掘らんでくれ」
「同族?」
「やってみたいって気持ちも、結果的に問題なかったからいいじゃねぇかってのも、通った道だったりはするからな」
ミラー越しに座る健一の顔が少し気恥ずかしそうに見えて、俺はくすりと笑う。
少しわからなくもないかもしれない。
「健一さんもそうだったんですか?」
「あぁ、虫眼鏡で太陽の光を集めたらってのはわかるし、その後にテルミット反応を見たくなるのもよーく分かるし、煙幕とか爆弾を作れるんじゃね?ってなるのもわかる」
頷いた健一に首を傾げた詩音が「わかる? 楽さん」と聞いてくるも。
「まったくわからん」
俺はそう答えて、おい、と突っ込む健一に車内は事実がわかったこともあってホッとした空気からも笑いが響くのだった。




