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1章3話 嫌な予感は当たるもの


「おい、しい!」


 先に食べていていいぞといったのに、律儀に俺が来るのを待っていた詩音(しおん)は、待てが解かれたように一心不乱にスプーンを救っている。

 俺は、そんな夢中で食べてくれている詩音を見ながら、口元を緩めた。

 何にしても、自分が作ったものを喜んで食べてもらえるのは嬉しいものである。

 それが、急にやってきた甥っ子(?)であったとしても、変わらないようだった。


 唐突に、かつて家出して以来音信不通となっていた姉の子供を名乗る少年が現れて家に置いてくれと言ってきた。

 言葉にすれば……いや、言葉にしなくても随分な大事件に思える。普通に戸惑うしかない状態だ。


 俺にとって、奏音(かのん)のいう名前の、姉という関係の人間は確かに存在する。

 あれは俺が中学校に通い始めた後のことだったから、もう八年近く前のことになるか。確か、最後に会ったのが今の俺と同じ位の年齢だったはずだった。

 そしてそこまで考えて、俺はふと気づく。


「そういえば、年齢すらまだ聞いてねぇな……」


 だが今は、何かを問うよりも、堪能してもらおう。

 そう思った俺も、自作のオムライスを口に運ぶのだった。



 ◇◆



「……はぁ、おいしかった。あの、ごちそうさまでした……楽おじさんって料理がとても上手なんですね」


 そして、二人共同時に食べ終わり、詩音が改めて俺を見てそう言った。

 ちゃんと待つこともできて、食べる前にはいただきますも言えば、こうしてごちそうさまも言える。

 本当に姉貴の子供なのだとしたら、姉貴は随分ときちんと子育てというものをしていたらしかった。

 だが、一つだけ、少し俺は訂正をするべく口を開く。


「なぁ、詩音って言ったな。とりあえず俺の矜持として、腹が減っているのを放ってはおけないから、ひとまずこうして家に上げて食べさせている。だが、もう少しちゃんと話を聞きたいんだが、いいか?」


「えっと、はい、楽おじさん」


「……そしてその前にそれだ、おじさんってのやめねぇか、俺はまだ20歳なんだがなぁ」


 大学の三回生になるところで、まだおじさん呼ばわりはされたくない。


「え? でも、お母さんの弟だからおじさんって……」


「気分の問題だ気分の」


 俺は頭をかきながら言った。おそらく情けない表情をしていることだろう。


「じゃあ、楽さんで。その、改めてご飯、美味しかったです」


「あぁ、そりゃあ良かった。それにしてもお前、子供なのに随分と礼儀正しいもんだな、親がちゃんと教えてくれたんだろうな」


 親と口に出して、それが自分の姉のこととは結びつかずに、俺は違和感を覚えながら詩音の顔を見た。

 確かに似ている……ような気はする。

 だが、冷たいと思われるかもしれないが、八年も会っていない姉の顔がそもそもおぼろげにしか思い出せなかった。


「はい……その、僕にはお母さんしかいなかったから。それでもちゃんとできるようにって色々と」


 それを聞いて、俺は内心でため息を漏らす。

 次々と情報が出てくるわけだが、どうにも良い予感はしなかった。

 どうやら俺の姉は、一人で目の前の詩音を育てていたらしい。


「頭ごなしに疑うわけじゃあねぇ。ただ、本当に姉貴の子供なんだとしたら、当の本人はどうした? 生憎だが連絡も受けていなければ、そもそも子持ちになったっていうことすら知らないんだが」


 そこで、ようやく俺は聞きたかったことを聞く。


「お母さんは、いない、です。ここまではタクシーに乗ってきました」


 返ってきた答えは、やはり、というものではあったものの。


「タクシー?」


 最後の言葉に少しの納得から口から言葉が出る。

 なるほど、確かにチャイムの前に車の排気音がしたような記憶はあった。

 ここは少し入り組んでいるから、ほとんどが宅配のトラックだが、あれは詩音を送り届けたタクシーの去る音だったらしい。


「はい、お母さんがお金を渡して、荷物と僕をお願いしますって。そして、チャイムを押したら楽っていうあんたのおじさんに頼りなさいって。お母さんは……どうしても遠いところに行かないとけないから僕は一緒にいれないんだって」


「遠いところって、なんだそりゃ…………ん? ちょっと待て。だとしたらさっきの家に置いてくれってのは」


 嫌な予感が現実へと変わっていく気配を感じた俺に、詩音はこくりと頷いて告げた。


「えっと、久我山詩音、7歳です。この家で暮らさせてもらえませんか? 他に行く宛もないんです」


 そんな、本来子供が告げるような台詞では無い言葉は、確かに静かな部屋の中に響いて、俺に届いて。そして、まるでその後の無言を嫌うかのように、カラン、とコップに入れた麦茶の氷が解ける音だけが、響いた。


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