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1章2話 僕と空腹とオムライス


『詩音、良く聞いて。私の弟は、あんたのおじさんはいい奴だからね……大丈夫きっとちゃんと受け入れてくれるから……本当に、ごめんね』


 お母さんにそう言われていても、子供ながらに自分がしていることが、いわゆる普通ではないことはわかっていた。

 だからこそ、僕、久我山(くがやま)詩音(しおん)は、戸惑っている。


 初めての場所で、初めての人で、きちんといい子にできているかわからないし、ずっと緊張していてお腹が痛かった。そして、だからこそ食べられなかった空腹にお腹の音が鳴った時は恥ずかしくてどうしようかと思っていた。


 だけど、その後すぐに、楽おじさん、僕のお母さんの弟だという人は家に入れてくれて、「すこし待ってろ」という言葉を聞いて、僕はここにいる。

 最初は、お昼なのに少しパジャマっぽい洋服をきて、面倒そうな顔で僕を見ていたから、やっぱりダメそう、と思っていたのだけれど。お腹が空いていることに気づいて家の中に入れてくれた時は困ったような顔になって、そして、ぶっきらぼうな言葉はなぜだかとても優しく聞こえた。


 トントン、というリズム感のいい音と、コンコン、という乾いた音が聞こえてくる。

 バターの匂いが、とても美味しそうな匂いが、楽さんの去っていった台所から漂ってきて、僕はごくりと唾を飲み込んだ。 


 大きな畳の部屋で、扉は閉まっていないから、楽おじさんの背中が見える。

 人の家で、待ってろと言われたのに、立ち上がるのはいい子じゃない気がしたけれど、空腹を刺激しすぎる香りと、何故だか安心してしまうこの家の空気に、僕は立ち上がっていた。


(……楽しそう)


 さっき玄関先で出てきた時からは、別人じゃないかと思うほど、今こうしてご飯を作っている楽おじさんは、とても生き生きとして見えた。

 さっき飲み込んだばかりのはずなのに、よだれが口の中に充満していくのを感じる。

 いい匂いは増してきていて、それだけでずっとペコペコだったお腹が反応しそうだ。


「ん? どうした? ってかそうか、待ちきれなくなっちまったか?」


 楽おじさんは僕に気づいてそう言って。

 でも手は止めずに楽おじさんが卵を溶いて割り入れて、その後フライパンを軽く、コン、コン、と柄を叩くと、あたかも元からその形であったかのように、具を包んだ楕円型のオムレツが出来上がったのが見えた。

 

(魔法みたいだ)


 僕はそんな事を思う。

 ただの卵が、あんなに綺麗な形になるなんて。

 オムレツというものを見たことはあったけれど、どんな風に作るかは知らなくて、そして、今まで見たどんなオムレツよりも輝いて見えた。 


 そして、フライパンを持った楽おじさんは、何かを思いついたようにして、僕をちょいちょい、と近くに来るように促した。

 近づくと、お皿にバターの香りがする美味しそうなご飯がお椀型に中央に盛られているのに気づく。

 続けて、そのご飯の上に、そっとフライパンのオムレツが載せられた。


「オムライス?」


 ご飯の上に卵が載せられた料理の名前くらいは僕も知っている。

 それに、楽おじさんは「そうだな」と言って、続いて僕に向けてどこか悪戯をしかけるかのようにニヤリと笑って続けた。


「さて、これから少しだけ良いものを見せてやる」


「いいもの、ですか?」


 それなら、もう既に見てる、と思いながら僕が首を傾げて言うと。

 楽おじさんははおもむろに小さめの包丁を取りだした。何だかとても綺麗な銀色で、台所の曇った窓からの光が反射して、とてもキラキラしている。

 そして、それから目が離せないでいる僕に魅せつけるかのように、楽おじさんはご飯に被せたオムレツの上で、ナイフを静かに引いた。


 ―――――ッ


 全く力を込めていなさそうだったのに、静かに線を描いたそれがオムレツを抜けると、ゆっくりと卵が開かれて、中から半熟の中身が姿を現した。

 そして、それは自分で動いて流れ出すかのようにライスを包み込んで、更に中から先ほどの具が存在感を持って顔を出す。


「……わぁ」

 僕の口からでてきたのは、凄いでも、びっくりでも、美味しそうでもなくて、ただ、そんな声だけだった。全部の感情が混ざってしまうと、ただ声を上げることしか出来ないことを、僕は初めて知った。

 オムライスには違いなかった。でも。僕の考えていた、薄い卵で包まれたものとは、同じ名前の違うもの。


「ちょっとしたもんだろ? さ、流石に台所で食うのもなんだから、あっちに持ってってくれるか? 俺も自分の分を作ったらすぐ行くから、食べてていいぞ?」


 そして、そんな感動とともにかけられた楽おじさんの声は、やはり、ちょっとぶっきらぼうな口調なのに物凄く優しくて。

 なんでだろう、僕はとてもとても、ホッとしてしまったのだった。


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