1章13話 辿り着く寂寥
予報通りの崩れ落ちそうな空は、いつ雨が落ちてきてもおかしくは無いように見えた。
目的の場所に到着した俺が、茜の運転する車から降り立った時に感じたものは、おそらく寂寥感とでも言うべきもので。
だからこそ詩音に聞いたものから連想し、辿り着いた場所が正しかった事を示す光景を見ても、喜びは湧いてこなかった。
『寂しい』が漂っている。
詩音のような感覚を持たなくともそう思わせられるのは、空模様と時間帯のもたらす暗さからだろうか。
または、家があったという状態の場所がそうさせるのだろうか。
それとも――――。
「「トラさん……!」」
俺が開けた後部座席から出た絵美と絵夢が、そう声を発する。
その声に少しだけ耳を震わせたように見えるその犬は、背筋を伸ばして、ただその場所の前で立ちすくんでいるようだった。
それを見て、俺は予定通り到着した店で聴き込んだ内容を思い出す。
◆◇
「毎週散歩に来ていた犬?」
「ええ、中型犬で、少し虎柄というか、しましまに見える柄なんですけれど」
黄色の屋根を少し探そうとする三人を留めるのは茜に任せて、到着した店内でお客じゃなくて申し訳ないと言いながら質問した俺に、店長さんだという若い男性は、今はちょうどお客さんもはけているからねと耳を傾けてくれた。
そして、俺が詩音の能力部分は伏せつつ、かいつまんで事情を説明すると、顔色を曇らせる。
「あぁ、それなら……もしかして、君たちはカズさんの知り合いかい? この度は残念なことだったね……」
「残念……ですか? すみません、俺自身は面識は無くて、犬と今の飼い主を知っているんですけれど」
そう言いながら、その時点で、少しだけ俺の脳裏には嫌な予感がよぎっていた。
元々、トラさんは迷い犬で、保護されたとは聞いていたが、もしもトラさんが飼い主のところに戻ったのであればどうなるかでいくつかは考えていた。
というか、ずっと俺の頭の中で過っていたのが、トラさんの元の飼い主についてだ。
正直、保護されたのが二ヶ月ほどだとして、保健所勤めの犬村のおじさんにも情報が入らないということは、余程遠くから逃げたか、または、捨てられてしまったなどネガティブな事情なのかと予想していた。
だが、詩音の話す雰囲気だと、どうも大事にされていたらしいことが予想され。
そこから先はあまり良い想像にはならなさそうだったので先程言葉も止めたのだが、どうやら思っていた中でも良くない事実に行き当たってしまいそうだった。
「あぁ、なるほど。姿が見かけなくなってしまった上に、家ももう工事で更地にされてたから心配してたんだけど、新しい飼い主に巡り会えたんだね」
そして、少しだけ話し相手に飢えていたのだろうか。
店長さんはそう呟くと、事情を求める俺に色々と話してくれた。
◆◇
駆け寄っていく二人を見送りながら、俺はその更地を見る。
元々は、ここに黄色い屋根の家と、クリーム色の車が止まっていたのだろう。
ラーメン屋の店主によると、いつも気の良い壮年の男性が犬を連れて散歩ついでに餃子とビールで一杯やってから去るのが日常だったのだそうだ。
それがある時から無くなってしまった。
「……事故だったんだってね」
「あぁ、そうらしいな」
俺が話を聞いている間に、茜たちもこの辺りに黄色い屋根の家が無いかというのを尋ねていたところ、おしゃべり好きの女性が事情を知っていて語ってくれたらしい。
結論から言うと、トラさんの元の飼い主は二人共亡くなっていた。
二ヶ月ほど前のこと。雪が降る早朝の事だったのだそうだ。
原因はタイヤのスリップによる事故。
老夫婦には他に共に住む家族は居なかったようで、都会に出ている子供達が家を畳んで土地も売却するらしいということを茜は聞いていた。
ただ、茜が聞いた相手によると、普段連れていたはずの犬についてはいつの間にか居なくなっていたそうで、飼い主を失ったトラさんは何らかの事情で逃げ出して、絵美と絵夢の家に保護されることになったのだろう。
「トラさん」「心配したんだからね」
絵美と絵夢がトラさんに左右から抱きつくようにしてそう言うのを、トラさんは少し申し訳無さそうにしているように見えた。
しかし、それでもその目線は誰もおらず、そして何も無くなったように見える跡地へと向けられている。
「トラさん?」「ねぇ、お家に帰ろう?」
絵美と絵夢が声をかけ、俺と茜が、移動用にと預かってきたケージを置くも、トラさんは一向にそちらに見向きをしなかった。
どういう事情があるのかはわからない。だが、降り立って見た時に感じたその物悲しさは、近づいてもなお変わらなかった。
頭の片隅に、有名な忠犬の話が浮かぶ。
まさか、飼い主を待って、この場から動かないつもりではないだろうか。そんなことを考えている間に、それまで黙っていた詩音がそっと動いた。
「詩音? お前まさか読み取ろうとしてやしないよな?」
「楽さん……でも」
「やめとけ。さっきお前、フラフラしてただろうが」
「うん……だけどさ、全然知らないし、初めて会った犬なんだけど……凄く寂しそうで、悲しそうで……僕、少しだけ気持ちがわかるかもしれないから」
詩音はそう笑って、止める間もなく、詩音がトラさんに触れる。
あまりにその動きが自然で、俺も茜も、そして同じくトラさんに触れている絵美と絵夢も動けなかった。
そしてーーーー。




