俺が坂本と友達になったワケ
一九七八年のインベーダーゲームの流行をはじめとして、ゲームセンターは人々に遊ぶ楽しさを提供してきた。
『長年に渡り弊店でゲームを遊んでいただき、誠にありがとうございます。』
だが社会の目は厳しい。「不良のたまり場」「非行の温床」「バカになる」。そういうマイナスイメージは、この令和時代の現代社会でも無くはないかなー、と感じる。
なんか映画とか小説とかあとマンガも、初めは印象悪かったらしいけど。まぁ昔の話は俺には分からん。
『これまでアミューズイケタニは多くのお客様に愛され、皆様に楽しさを提供してきました。』
ただ、うん。いちお客さんとしては別にそんなことなくて。怖くないし、むしろ楽しいし。
ボロボロのお店の様子を見て食わず嫌いしてるんじゃないの? って思う。
気持ちは分かるよ? 俺だって個人経営のボロボロのラーメン屋とか、ちょっと入るの怖いなって思うよ。
『しかし資金の問題から、これ以上の店舗経営は困難であると判断するに至りました。』
そこで一歩踏み出せるかどうかよ。マジで。って安い自己啓発本みたいな事考えちった。
……正直、始まりはなんとなくだった。中学校の時友達が誘ってなかったら、俺はゲーセンなんか入ってなかったと思う。
だけど今となっちゃ、俺はゲームセンターが好きなんだ。
家と同じくらい、大事な場所なんだ。
『そのためアミューズイケタニは、二〇二二年六月十八日を以て閉店することになりました。』
俺は店を出る。道まで出て建物を顧みる。
ゲームセンター、アミューズイケタニ。営業時間は九時から二十四時。
俺が中学校からお世話になったゲームセンターは、あと二時間の寿命になってしまった。
まぁ、十六歳、高校一年の俺にとっては。
青少年健全育成条例に守られた俺にとっては、もう。
『改めましてこれまでのご愛顧まことにありがとうございました。店長 池谷』
思い出の場所がひとつ、無くなってしまったのだった。
中学一年生の初夏、友達同士で学校帰りにゲームセンターに行った。
俺の地元にはゲームセンターが二つある。一つは、ショッピングモールにくっついてるやつ。これはフロアがちっさい上、置いてあるのが子ども向けのゲームしかなくて……言葉を選ばずに言えば、俺にとっちゃクソつまんない場所だった。
もう一つが、アミューズイケタニ。個人経営のちっさいオンボロゲームセンターだった。
友達の新田が「やってみたいゲームがある」といって、連れてこられたのがそこだった。もっと言えば、俺が後にハマったゲームこそが、新田が見つけてきたリズムゲームだった。
新田は俺とそれからもう一人、日南も誘っていた。俺はゲームセンターがちょっと怖かった。一方で日南はそこそこ乗り気だった。
三人で行ったから入れたものの、あんな汚れた見た目の店舗なんか一人でだったら絶対入れなかっただろう。中は暗くて洞窟みたいな雰囲気だった。
店の入口側はクレーンゲームが横並びになっていて……要するにクレーンゲームの筐体が目隠しになっていて、中の様子が伺えない。ぱっと見は店舗が広いのか狭いのか、中に誰がいるのかすらさっぱり分からないのだ。
店内の様子にみんなでビビりながら、クレーンゲームのエリアを抜ける。といってもそれらは十台ほどしかなかった。次は某太鼓のゲームが顔を見せる。誰も遊んでない。画面はデモプレイが流れている。
その先は格闘ゲームの台が置いてあった。テレビとテーブルがセットになっていて、テーブルにレバーとボタンがくっついてるやつだ。それぞれ二台ずつ、大体十台ほど。それが二列になっている。
疲れた顔して格闘ゲームに座ったおっちゃんが、稲妻のようにレバーを操作しながらハチャメチャにボタンを押す。画面左のキャラから現実的にあり得ない挙動で連続攻撃が繰り出される。超必殺技っぽいカットインから見るからに重い一撃。相手は吹っ飛ばされた。
すげ~。俺知ってる、あれなんちゃらファイターだ。ユーチューブで見た。でもそれ以外のゲームは知らない。正直全部同じに見える。だってどれもこれもレバーとボタンの配置同じじゃん。
格闘ゲームの台は身長が低いから向こう側の様子がうかがえる。様々な種類のリズムゲームが置いてあるのが見えた。なんか白いドラム式洗濯機みたいなやつ、あれやたらめっちゃ目立つ。デカいし。どう遊ぶのかすら判断つかない。
しかし俺たちが目当てにしているのは違う。俺たちは新田がやりたいというリズムゲームを探しに来た。
それはドラム式洗濯機の横に合った。画面の下に横長のタッチパネルがあって、そこを触って操作するようだ。筐体自体がアクリルパネルで囲まれている。それが頭の上まで覆いかぶさるような形になっているせいで、ゲーム機自体が縦に大きく見える。画面の高さ自体は胸からみぞおちくらいなので、実際にプレイに関係する部分はとりわけ大きいわけではない。
運のいい事に、俺達が来た時点ではそのゲームのプレイヤーは居なかった。
「ラッキー。でも一台しかないな……」
「いいよやりな」
「新田がやりたいって言ったんだろ」
じゃあ俺から、と新田はプレイを始めた。あぶれた俺と日南は後ろからそれを見ていた。
上からレーンに沿って、横棒の形をした音符が降ってくる。それが画面下の判定線と重なった時に、タッチパネルの対応する位置をタイミング良く叩く。縦長の四角い音符は押しっぱなし。基本的なプレイ方法はそんな感じ。
確かに見てると意外と面白そうだ。判定線にノーツがぶつかってタイミングよく押せると小気味いい音が鳴る。さらにビートに合わせて、アクリルや筐体上部についたLEDの装飾がキラキラ光る。
曲が進行するにつれて新田は体を揺らし始める。手の動きがちょっとずつノッてくる。最後の方は完全に音楽に身をゆだねていた。
一曲終わって新田は振り向いた。もう見るからにテンション爆上がりである。すっげえ楽しそうな笑顔だ。
「これマジおもれえわ!」
「おーよかったよかった」
なんだよその扱いはー、と新田はむくれる。
初めてなのに新田は三曲ともノルマクリアしていた。俺は上手いなーと思いながら新田のプレイを見ていた。
筐体の前を離れて、そいつはもうニッコニコだった。
「うおー……おもれぇ」
新田は圧倒されたような面持ちで台の前を離れる。ちょっと放心気味だった。
そんなに面白いのか……。
そんな様子を見せられたら、こいつらに連れられただけの俺も興味がわいてきた。
「次誰がやる? やっとけマジで」
新田はもうこのゲームの虜になって俺たちにプレイを勧めてくる。
「日南先やっていいよ」
「じゃお先に」
と日南はゲームに百円を入れる。入れ替わってきた新田は俺の横で満足そうなため息を吐く。
「これ上手かったらチョー気持ちいいんだろうな……」
「そこそこお前も出来てたろ」
俺が率直にほめると、
「予習してきたからな」
と、横の新田は二マッとする。
「なんだよ」
予習済みかよ。なら上手いのも納得できる。
「あ間違えた!」
前の日南が急に声を上げる。
「やべぇ知らねー曲来た……」
苦笑いを交えてこちらを振り向き、体を開いて画面を見せてくる。
タイトルからアーティストから一切見たことない曲だ。
「戻れないの?」
「時間切れ」
「あぁ……」
時間切れで知らない曲をゲームに選ばされたのか。かわいそうに。
「おい先言ってくれよ……」
と愚痴りながら日南はプレイを始める。横から見ているだけの感想だが曲はまぁカッコいい。でもなんか違和感があるなと思っていたら、それは歌詞のない、つまりインスト楽曲だった。
当然知らない曲なので日南はいまいち盛り上がれない様子だった。譜面も見るからに難易度が高かった。そのため日南は上手く演奏できずギリギリクリアまで行けなかった。
「まじかー……」
その反省を生かし、二曲目と三曲目はちゃんと知っているジャンルから選曲をして日南はプレイを終えた。新田ほどではないが普通に上手かった。知ってる曲はちゃんとクリアしてたし。
「あーまぁおもしろいわ」
「だろ?」
日南の感想に新田は食いつく。
「うるせぇ」
困り笑いで日南は新田の体をどつく。
「ちょっと今度からちゃんと曲選ぶわ」
やっぱり一曲目で知ってる曲に当たれなかったのが不満らしい。
「ほら、やれお前」
「うす」
俺は筐体に百円を入れ、曲を選び――。
「えちょ、さすがに、さぁ……!」
見事にクリア失敗した。一応、三曲絶対遊ばせてくれるシステムだったので、百円分はちゃんと遊ばせてくれたのが幸いだった。
その下手さたるや、日南がクリアしている難易度や曲を選んだにも関わらず三曲もれなくクリアできなかったくらい。
タイミングよく叩くというのが本っ当にできなかった。客観的に見て超下手くそ。二人の視点からは言わずもがなだっただろう。
「言いたくないけどさ……」
日南が眉をぴくぴくさせながら言う。笑いをこらえてる。
「ちょっとセンスなさすぎん……?」
俺はもうそれを認めざるを得なくて、
「いやマジで分かる」
と言った。三人でゲラゲラ笑った。
「これはいくらなんでも下手すぎるわ、練習しよ」
俺は筐体から離れる。
「面白かった?」
と新田が聞いてきた。
「おう。じゃ今度、新田お前やってけよ」
オッケー、と今度は新田が筐体の前へ。
結局その日は他に客が来なかったのでそのまま三人で順繰りにプレイした。ちょっと新田が多くプレイしていたが。
大体二時間位やっただろうか。六時頃になると、大学生とか社会人とかもっと年齢層の高いプレイヤーが増えだした。
大半は格闘ゲームプレイヤーだったが、近くのリズムゲームにもプレイヤーが来た。店内がだんだん騒々しくなっていく。雰囲気が不良の集まり……とまではいかないけど、身内感が強くなってきた。
……今考えると身内でワイワイやってるのは俺たちもそうなんだから同じ穴のムジナだったなって思う。何はともあれ、言語化できないアウェー感の高まりを感じるのは間違いなかった。
「ぼちぼち帰るか」
近場の高校生らしき人が後ろに並んだのを見て、日南が言う。それをきっかけに俺たちは引き上げることにした。
ゲームセンターの前で俺たちは互いに手を振る。
「また近いうち行こうぜ」
「おう」
「またな」
俺たちはそれぞれの家路についた。
正直なところ俺は悔しかった。二人はそこそこ上手いのに、俺は終始ボロボロだった。
――これ上手かったら超気持ちいいんだろうな……。
俺は新田の言葉を思い出した。
家に帰り、夕飯を食べて一段落したとき。
自分の部屋で俺はユーチューブを開いた。検索欄に文字を打ち込む。
『音ゲー 練習』
初めの二週間ほどは散々だったけど、その後俺の腕前はめきめき上がり始めた。
今じゃどこのサイトで見たのか覚えてない。だけどある時解説ブログだか動画だかを見てコツを掴んでから、俺は一気に成長した。それはもう一回一回のプレイで腕前が上がっていくのが自分自身で分かるくらい。
このゲームは難易度がEASY・NORMAL・HARD・MASTERとなっていて、一曲につき四種類の難易度がある。またそれとは別に、レベルによる難易度表記もある。これはゲーム全体から見て、その曲のその譜面がどのくらいのレベルなのかを示した目安である。最大レベルは確か14。
例えばとある楽曲は、EASY3、NORMAL5、HARD8、MASTER11、という感じになっている。
初めてプレイしたときはEASYのレベル4でひいひい言っていたのに、それが一か月で苦じゃなくなった。
みるみるうちに出来るようになるのが楽しくて、一人でゲームしに行くようにもなった。
ゲーセンに来ている高校生何人かと少し顔見知りになった。帰り際に、こんばんは、もう帰りますね、位の挨拶はするようになった。
秋にはレベル9、10辺りがクリア出来るくらいの腕前になっていた。
冬には難易度EASYだったけどフルコンボが出た。二人の目の前で出したから超驚かれた。
俺結構上手いんじゃねーのか? ……と言いたいところだが、所詮は井の中の蛙。
高校生たちは揃いも揃ってレベル13以上をプレイする。そんでもって涼しい顔してクリアランクAAA以上を取っていく。
「リズムゲーム上手い奴が正義だ!」みたいな感覚がどうしても拭えなくて、その人らが来たのをきっかけに中学生の俺達は帰る、というルーティーンがいつの間にか出来ていた。
テストの点数は少し落ちて、平均よりちょっと下くらいになった。
当たり前だ。家でも休み時間でも授業中でも、隙あらば机をタッタカタッタカやってたんだから。授業をしっかり聞いてないんだから当然成績は下がる。
とある数学の時間、クラスメイトの坂本が俺に勉強を教えてくれた。坂本は学年テストでいつも高得点を取りまくっている、出来のいいやつだった。俺の出来が悪いのを先生が見かねて、ちょうど横に座っていた彼女に「教えてあげて」と指示したのだ。
「それ、ずっとやってるよね」
と坂本は俺の手元を指さす。
勉強もせずタッチパネルを叩きまくってる俺の手とは違って、指が綺麗だ。長いし細いし。ピアノとか上手そう。
「え? あ……」
俺は手元の動きをやめる。無意識に音ゲーの練習をしてしまっていた。
「悪ぃ……」
「ううん、大丈夫。」
坂本は軽くかぶりを振る。無表情で、俺に興味なんてなさそう。単純に、先生に言われたから教えてます、みたいな顔。
「で、どこがわからない?」
どこが分からないって言われてもそんな……。
「えと、その……全部……」
うーんそっか、と坂本さんはうなった。そして、
「一回やってみて? これ」
坂本さんは教科書を開き、単元の後ろの方にある文章題をシャーペンで指す。
「……ぜってー無理なんだけど」
えっなに、最初っからラスボスと戦えっつってる? 俺雑魚なのに。
「いいからいいから」
と言われたので渋々解く。文章を読み、式を立てる時に俺の手が止まった。
「求めたい数をまずエックスと置くの」
難しい文章題を解かせたのは、俺が分からないポイントをあぶりだす為であったらしい。坂本さんは的確なアドバイスで俺を正解まで導いた。さらに、
「その三つがわかんないところだから、そこをもう一回勉強し直したらいいよ。教科書読むとか、先生に聞くとか」
と今後の復習の仕方にも助言を貰ってしまった。だが、
「ありがとう……」
……ごめん、俺はリズムゲームの譜面が頭の中から離れないんだ。そっちの練習の方が俺はしたい。助言を無下にしてしまうが許してくれ。
その日の掃除の時間、新田が、なぁなぁ、と話しかけてきた。
「お前、坂本さんに勉強教えてもらってたよな」
新田は廊下を磨く手を止めて、モップの柄頭に顎を乗っけている。日南は日南で心底めんどくさそうにモップがけをしている。
「おう」
「うらやましーぜ。先生に感謝しろよ」
「は? 何言ってんのお前」
「お前興味ねーの? 坂本さんに」
「ねっ、ねーよ」
「嘘だ、あるに決まってんだろお前」
日南も手を止めて会話に参加してくる。
「仮に俺があったとして、向こうは絶対興味ないよ」
「そうだなぁ」
日南はうなずく。
本人は物静かな性格だが、坂本がよくつるんでいるのは、社交的で明るいタイプが集まったグループである。しかしそのせいで逆に目立つ。男子生徒なら誰もが「俺だけが彼女の魅力を知ってるんだ」って勘違いしてる。
そして一度話せばきっと「こいつと俺は一生付き合うこと無いな」って悟らされる。笑顔でいるのはいつもそのグループの中だけだし、そこ以外ではあんまり話したがらないからだ。
「あんなかわいい子、話せるだけありがたいと思えよ」
「それな〜。あのショートボブやばすきる」
「なんか、ミスコンで毎回十位以内に入るのに上位は取れない、みたいな感じだよな」
「うおぉぉ……! 分かりすぎるな」
完全にアイドルを見るような目線だけど、それくらい人気があったのだ。
「おいお前らサボるなー」
「はーい」
くだらない話していたら見回りの先生に怒られた。俺達はまた、やる気のないモップがけに戻る。
先生からは素行の良い不良生徒みたいな感じで扱われていた。成績も良くなければ態度もとりわけ良いわけでもない、先生方は知らなかったと思うけどゲームセンター通ってる。典型的なヤンキーじゃなければ特にお利口さんでもないみたいな? 要するに学校では落ちこぼれ生徒に近づいていった。
親から「あんたそんなにゲームやって、これ以上成績落ちたらお小遣いあげないよ」とどやされた。提出物だけはどんな手を使ってでも出したので、内申点は思ったより下がらなかった。
中一の二月の時点で見ると、そのゲームが一番上手いのは俺だった。レベルで言うと12が限界くらい。続いて新田、日南の順番。まぁ言うほどあんまり変わんない。
二人はというと、基本的に三人で行く時以外はゲームセンターには行っていなかったようだ。
中学二年生になっても、学校帰りにゲームセンターに寄り二時間遊んで高校生が来たら帰る、そんな生活を続けるつもりだった。
二〇二〇年一月、新型コロナウイルスが日本に上陸した。四月には感染拡大に伴い、全国に緊急事態宣言が発令された。
学校は休校になった。不要不急の外出を避けるように、と学校のホームぺージで注意書きがされていた。家に学校からでっかい封筒で手紙が来て、とにかく感染リスクを避けるようにしろと指示された。
五月。緊急事態宣言が一部の主要都市を除いてほぼ全国的に解除された。学校は感染リスクを避けるため、午前と午後で生徒の登校タイミングをずらす特別日程になった。
この年度初めての登校日、新しい生活スタイルガイドと銘打たれたプリントが配られた。不要不急の外出はこれまで通り避けるように、という文言と共に行ってはいけない場所リストが載っていた。カラオケや飲食店の中に紛れて、ゲームセンターもしっかり挙げられていた。
中学二年の間リストはちょっとずつ更新され続けていたけど、ゲームセンターは変わらず載り続けていた。
当たり前だけど親からはまっすぐ家に帰ってくるように言われていた。ちょっと帰ってくるのが遅れるとめっちゃ怒られた。
俺はずっとゲームセンターが気がかりだった。ユーチューブでリズムゲーム関連の動画投稿者を見ていたけれど、投稿の頻度が明らかに減っていた。
中学三年になってから程なくして、俺はワクチンを打った。二回目の副作用は辛かった。
もう高校受験も迫ってきていることだし成績も良くなかったことから、俺は勉強しなくてはいけなかった。この年もゲーセンには行けなかった。いっときの娯楽よりは将来の方がさすがに大事だ。
そんな状況だったから、結局二年間一度もゲームセンターに行くことはできなかった。
あまり優秀な頭ではなかったが、電車で一駅先の普通科高校に合格した。まぁ俺程度の頭で受かる高校だからどのくらいのレベルかは察してほしい。ちなみに新田と日南はそれぞれ別の高校に進学した。
高校に入学した年からはある程度コロナ禍も落ち着いて、外出に対してとやかく言われることも無くなった。
二〇二二年の四月下旬、俺は二人にラインで、久しぶりにゲーセン行こうぜ、と誘ってみた。
あれだけ三人でたくさんやってたんだしきっと行きたいだろ、と思っていた。それに学校も別々になったから、それぞれの学校の様子を聞いてみたかった。
「あー……ごめん、俺もういいわ」
「俺も行かない」
二人は俺の誘いを断った。
「なんでだよ?」
「飽きた。単純に。金かかるし」
「もう上手くなんねぇし。おもしろくない」
その後三回は誘ってみたけど全部ダメだった。俺は二人をゲーセンに誘うのをやめた。この出来事を境に、次第に俺は二人と遊ぶことはなくなっていった。ついでに高校生の人らもその頃からお店で見かけることはなくなった。
では高校で友達は出来なかったのか? というと、結論から言えば、出来なかった。
四月からの二か月間っていったら、たいてい友達が出来てそれが集まってグループが出来て、それによって目に見えないカーストがぼんやりと形成される。
人気者とそのグループが学校を引っ張り、それ以外の人はそいつらが作る流れに乗る。俺は後者の側の人間だった。唯一他の人らと違ったのは友達が作れなかったことだ。
何故って、一言でいえば話が合わない。音楽の趣味がリズムゲームに偏ってると何にも話題に出せないのだ。一言に音楽の趣味って言ってもあちらはオリコンヒットチャート、こっちは名前の読み方もどこのシマだかも分からない作曲者である。話がかみ合わなくて当たり前。お互いに好きな曲を言い合っても「知らないからいっぺん聞いてみるね」で家帰って聞かずに忘れるのが関の山だ。
それからクラスメイトの中に俺と帰る方向が同じ奴が居なかった。もしいたら「一緒にゲーセン行こうぜ」なんて誘ってたかもしれないけど、現実問題居なかったんだからしょうがない。それに電車で一駅行ったところのちっちゃくて怖いオンボロゲーセンなんてみんな行ってくれるわけない。
つまるところ、俺は「頭悪くて家に帰るのが早いぼっちの変人」として認められたのだ。
俺は一人でゲームセンターに行くようになった。
そして、二〇二二年六月十八日。アミューズイケタニの、最後の開店日。
俺はこの店で最後の百円をお気に入りのゲームに投下する。
ボロボロ建屋で規模も小さいこのゲーセンにおいても、常に最新機種が置かれていた超人気のリズムゲーム。ディスプレイと、その下部にある横長のタッチパネルで構成されている。
初めてゲームセンターに連れられた時、最初に触ったのがこれだった。
あいつらと一緒に来た時、三人で頭突き合わせて譜面の攻略を考えたりした。
なんとなく家に帰りたくない時、一人でこのゲームをやりに来た。
そういう思い出たちが、選曲画面に映る。
「そうか……もうなくなるのか……」
俺の横に、共に悲しんでくれる友達はいない。
曲と難易度を選び、一曲目がスタートする。
リズムゲームは反射神経なんでしょ? とよく言われがちだけど、そんなことはない。リズムに合わせて手拍子が出来る人はみんなできる。
小学校でカスタネットを叩く授業があるだろ? ウン・タン・ウン・タンってやつだ。
ウンの部分をタンに変えてみる。タン・タン・タン・タン。これが四分の四拍子という音のまとまり。
タンの間にタンを入れる。タタ・タタ・タタ・タタ。手拍子が八回になっていたら成功だ。
二回目と四回目のタタをタンに変えてみる。タタ・タン・タタ・タン。四分の四拍子という初めのまとまりは変わらない。にもかかわらず、気持ちよくまとまった音にならないだろうか。
リズムというものはこんな感じで、拍を増やしたり減らしたりして作られている。リズムのまとまりが小節で、小節のまとまりが曲だ。
そういう曲のリズムを音符に書き出したものが、ゲーム画面に映っている譜面。音符のひとつひとつはノーツという。降ってくる横棒の事だ。
リズムにはいくつか定番のパターンがある。そういうパターンに則ってノーツ達は流れてくる。
だからノーツのまとまりを見て、ああこういうリズムなんだな、と解釈して、その通りにボタンや画面を叩けばいい。
ノーツとリズムの対応を覚えてしまえば、あとは解釈する脳が追いつくかどうか、手が追いつくかどうかの問題。
とにかくノーツをまとまりで解釈する。俺がリズムゲームをやっている時の感覚はそんな感じだ。
この曲は初心者の頃に自分の中で課題曲にした一曲。ピアノのメロディがかっこよくて一目ぼれ……正確には一聞きぼれ? した。
三年前はこんなの無理だろって思ってたけど、今では鼻歌しながらプレイできる。
サビ。右手中指・右手人差し指・左手人差し指・左手中指の順番で叩くノーツ群が降ってくる。譜面の見た目から「階段」と呼ばれるパターンだ。
これが死ぬほど苦手だった。授業中ずーっとイスの縁を叩いて練習してたら「うるせえ」って先生に怒られた。国語の時間だったと思う。
特に目立った難所はこのサビでまばらに出てくる階段だけ。その階段ですらちょっと練習したらすぐ出来るようになるから、後はシンプルながらカッコいい旋律を楽しめる。
サビを抜けて曲調が落ち着く。最後にもう一回サビが来る。
普通にやっていればまずミスはない。と思っていたのに、叩いたはずのノーツがそのまま抜けていった。
「え、嘘」
無情にもコンボ表記は初めから数え直しになる。まじか~。まぁこんなこともあるさ。
ラストのサビも問題なく演奏しきり、画面はリザルトに移る。
クリアランクはSSS。ミスはなんと取り損ねた一回のみ。
「うわまじか~……! 惜し~……!」
何気に自己ベストスコアである。が、これは悔しい……。
スマホでリザルトの写真を撮って次の曲を選ぶ。でもそれを自慢する仲間はいない。ただの自己満足だ。
次の曲は有名J-POP。なのだが、そのジャンルの中ではなぜか難しい事で有名。
この譜面にはところどころ、タッチパネルの同じ位置を連続して叩かせるポイントが出てくる。縦に並んだ連続ノーツなので「縦連」と言う。
一口に縦連といってもその量は様々で、三連打程度が塊になって落ちてくることもあれば、ラーメン屋の行列が鼻で笑える位の量のノーツが並んでいることもある。ちなみに前者のことをより具体的に「微縦連」と言ったりする。
この配置の何が難しいって極めて単純、片手で連打を強いられるところだ。基本は腕を酷使して気合で取るしかない。上手い人は任意の二本指で交互に叩いて取ったりする。凄い人なら親指、人差し指、中指を順番に使って取る。ピアニストがよくやるやつだ。他には普通の連打の要領で、同じ位置を両手で交互に叩いたり等。
この曲はそういう配置が結構出てくる。イントロ、Bメロ、サビ前、サビ後、ラストのサビ。そのどこかしら、あるいは全部でいつの間にかコンボが切れている。
……といったものの実は、他のところでコンボが大量に途切れる、なんてことがなければ、問題の縦連は適当に叩けていれば大丈夫。
あくまでJ-POP。リズムゲームにちょっと慣れた、俺みたいなやつがやる曲なのだ。実際初めはノーツ達の見た目にびっくりするが、何回かやると落ち着いて画面が見れるようになる。
クリアランクはAA。この曲はいつもこんなもんだ。これ以上のスコアを自分で出したことがない。
そして、最後の三曲目となってしまった。
「はぁ……」
最後にやる曲は決めている。今自分が出来そうな難易度の中で一番カッコよく、そして一番難しい曲だ。
願わくばこれをあいつらの前でクリアしてやりたかった。しかしいないものはいない。
「よし」
決定を押して、演奏開始。
ややハイ・テンポだが王道を往くダンス・ミュージックで、スムースでありながらユニークな、とにかく気持ちいいシンセサイザーとベースの音が魅力。だがそのリズムに合わせた細かいノーツが脳と手を苦しめる。
ノーツをまとまりで解釈すると言ったが、俺の実力じゃ全然それが出来ない。ノーツ達の流れが雨かはたまた土砂崩れみたいに見える。
サビは片手でベースを、もう一方の手でシンセサイザーの音を取るノーツが降ってきている、らしい。二つの楽器のフレーズが混ざっていることから、混合フレーズ、略して「混フレ」という。
らしい、という表現をしたのは、俺がこのパートを全く把握できてないからだ。かなり譜面の研究をした今でも、全然リズムが見て取れない。解釈が間に合わないから手も動かない。あれよあれよと取れなかったノーツがこぼれ出す。
二十数カウントまで増えては消えるコンボ表記。灰色のMISS表記が光りまくる。
サビを抜けてちょっと手首が痛くなってきた。腱鞘炎である。
もう手が動かん……。
だがゲームは容赦しない。この難易度を選んだ以上最後まで突き進め、とノーツをマシンガンのように判定線に打ち込んでくる。
ラストのサビも当然のごとく混フレ。しかし画面左側に降ってくるノーツの数がすごい。配置が明らかに左手を殺しに来ている。利き手じゃない方へノーツの濁流を浴びせるのは有罪。俺実は知ってるんだけど、これ左手連打過激派の方が作った譜面だと思います。嘘です。
最後の最後にやっと曲が落ち着いて三十七コンボ。ここだけはできる。かろうじて。
ボッコボコの蜂の巣にされた結果……クリアランクはC。はい。
「ふへへ……」
やっぱ無理か。諦めた笑いが漏れる。今の実力はこんなもんだ。
『THANK YOU FOR PLAYING!!』
ゲームキャラクターが手を振って俺を見送る。ディスプレイが待機画面に戻る。
俺はゲーム筐体に立てかけてあったリュックを右肩に引っ掛ける。出口へ進みながらスマホのロック画面を見ると、デジタル時計の表記は二十一時五十六分を示していた。
「ありがとうございました!」
店長の池谷さんが玄関まであいさつしに来た。五十代くらいのむすっとした顔だけど優しいおっちゃんを想像したら大体この人になる。
「こちらこそ短い間でしたけど、沢山遊ばせていただきました」
俺は会釈する。池谷さんは困ったような笑みを浮かべた。
「ごめんな……。」
「しょうがないですよ。むしろコロナ超えて生き残ったのがすごいじゃないですか。」
「うん、まぁ、生き残れなかったんだけどさ……。お友達は最近見かけなかったけど、君はこれからもゲームはやるの?」
「まぁ、やりたいですけど……」
この辺にこういうゲームセンターはここしかない。
「やる機会が無くなっちゃうかもしれませんね……。」
「そうよね……。」
池谷さんは落ち込んだ表情をした。そして腕時計をチラ見する。
「あぁいかんいかん、未成年者は帰らんと。気を付けて帰れよ、これからも元気でな!」
「はい、……ありがとうございました」
俺は一人でゲームセンターを去った。
二〇二二年六月十八日、アミューズイケタニは時代の潮流に押し流されて閉店した。
それから二週間後。
昼休みの時間。俺は階段に腰掛けてスマホを見ていた。
俺は階段で昼飯を食う。先生たちも生徒も来ない階段で弁当を食べた後に、スマホでリズムゲームの譜面を見てどう演奏するのか研究する。それが俺の昼休みの過ごし方になっていた。校則ではスマホは使用禁止なのだが、こんな人気のないところじゃ使ってもバレやしない。
華麗な手さばきのフルコンボ動画を三本見て俺は溜息をつく。
――どうせゲームできないし、意味ないんだけどな。
ゲームセンターに行かなくなってからも、俺は未だにこのルーティーンを続けていた。
勉強はできないし部活もしてない。学校では浮いている。
思えばゲームセンターがつぶれてから、俺は本当に何もない人になった。
「おい」
うつむいた俺の頭上から誰かが声を掛けた。
俺はさっと頭を上げた。生徒指導の先生が俺を見下ろしていた。
やっべ……! スマホ使ってるのバレた!
「あっすいませんその、違くて」
俺はとっさに取り繕おうとしたが手元にスマホがあるから言い逃れ出来ない。現行犯である。
「何がだ?」
しかし先生はそんなこと意に関さなかった。
「え……?」
「平気か? お前」
「平気です……」
そんなわけあるか、と先生は俺の横に座った。
「最近お前の顔色が悪いって聞いて様子を見に来たんだ。他の子らに聞いたら、いつもこの辺に向かってるって言ってたからここまで来たんだが。」
と言葉を切る。そして真剣な面持ちで、
「……なんだ、いじめられでもしてんのか?」
と声音を低める。
いじめ!?
「いやそんなこと全然! 何でもないです!」
「あれ、そうか……じゃ、なんか心配事とかあるのか?」
「心配事、でもないです! あの、ほんとに大丈夫なんで!」
「ほんとか? ……そういうことならいいが。」
と先生は立ち上がり、
「まぁ担任や同級生に言いにくい事があったら、先生のとこに来てもいいぞ。」
生徒指導室の場所は分かるよな? と先生は聞いてきた。俺はうなずいた。
「昼休みなら俺がいるから。……あと」
「はい?」
「スマホはしまえ」
「あっはい! すいません!」
見なかったことにしてやるよと笑って、先生は去っていった。
「……」
俺はスマホを握りしめてそれを見送った。
俺の様子、そんなにおかしかったのか……。
もちろんいじめられてもいないし無視されてもしない。調子が悪そうに見える理由は、ゲームが出来なくなったから。心の底から愛着のあった場所が消えてしまったから。
やっぱりゲームセンターが俺の居場所なんだろう。でもゲームセンターはもうない……。
いやそんなことはない。この近くにも一つくらい他のゲームセンターはあるだろう。
「……」
握りしめたスマホのスリープを解除しマップを開く。高校の最寄りの駅を中心として縮尺を調整。
検索をかける。検索結果が出てくるまで〇点二、三秒。
「あった」
自分の家とは真反対に一駅乗った先。ビル街の一角に大きなゲームセンターがある。有名企業が運営している。参考写真には、俺が今までやり込んできたあのリズムゲームが映っていた。
幸いにも金はある。行く以外の選択肢あるか?
俺は心を決めた。スマホをしまって午後の授業へと向かう。
午後四時半過ぎ。俺は改札を抜けて街の中に降り立った。
自宅から数えて二駅も行くと、もう周りの風景は都会になっている。久しぶりに高いビルに囲まれた俺は、窮屈だな、と感じた。
七月の太陽はうっとうしいはずだが、建物が陰になっていて暑さは感じない。
かと思ったが、熱気と湿気の混じった風が俺をなでていった。夏服で露出した腕にべちょっとした感覚がする。
……いや、不快指数高い、やっぱ暑ぃ。俺はゲームセンターへの道を急いだ。
市街の一部に肩身を狭くして立っている、小さいビルの三階までがゲームセンターになっていた。
まず目についたのはエスカレーターだった。俺は地元のつまんないゲームセンターと今は無きボロ店舗しか入ったことが無いので、その迫力に気圧された。
一階は大量のクレーンゲーム。景品はなんかファンシーなものとか有名ユーチューバーのグッズとか、若者向けの印象。俺はエスカレーターに乗って上階へ向かう。
二階にはメダルゲームとリズムゲームが置いてあった。目当てのゲームは多分ここにあるだろう。
ちなみに三階は格闘ゲームが置いてあるらしい。鋭い眼付きの二十代半ばくらいに見える男の人が上階に上がっていったのを見た。
今は無きアミューズイケタニと比べたらリズムゲームエリアは壮観だった。なんせ俺がやってるリズムゲームが横並びに四台ある。他にもドラム型洗濯機みたいなやつが四台あった。某太鼓のアレなんて六台だ。その他様々なリズムゲームが勢ぞろいしている。
プレイヤーがいるゲームといないゲームの比率は半々くらい。ほとんど全員高校生っぽい。私服の人は多分大学生。いや三十代のおっさんもいる。
俺はしばらくその雰囲気に飲み込まれていた。
LEDを暗めに使った照明。互い違いにはめられた白黒のタイル。キズ一つない青い壁紙。リズムゲームの装飾照明。ゲームに熱中する人々。
オンボロゲーセンでは見たことない風景がそこに広がっていて、俺は感動した。リズムゲームを遊びに来る人って俺だけじゃないんだと思った。
そりゃアミューズイケタニにも他のプレイヤーはいたけど、そこでの友達はいなくなって、顔見知りもいなくなって、店もなくなった。そんな経験をしていたから、同じゲームを遊んでいるというだけで仲間を見つけたような気分になった。
気持ちが落ち着いたので、では一プレイと行こうとしたら、エスカレーターから新しいプレイヤーが現れた。制服姿にポニーテールの女の子だ。俺の方をちらっと見たが、気にも留めずに台に入る。百円を投下しプレイ開始。
見覚えがある。でも学校で見かけた顔ではない。誰だっけか……?
頭の奥に引っ掛かりを覚えながら、ちょうどその子の隣の台に俺も入った。俺もプレイ開始。
頭の半分は曲を選びながら、半分は隣の子に意識が向いてしまう。
思えば、女の子がリズムゲームって珍しくないか? 勝手な想像だけど、女の子のゲーセンでの遊びって言ったらプリクラのイメージがすごい。しかも一人でって。
この子も俺と同じで、行き場を無くしてここに来た子だったりするんだろうか。例えば近場のゲーセンが無くなったとか。……んな訳ないか。
プレイが始まってしまえば、横の女の子の存在なんか忘れていた。
ノリノリの一曲目。テクニカルな二曲目。一番難しい三曲目。
プレイ自体が久しぶりなのもあって特別いいスコアではなかった。おおむね可もなく不可もなくといった感じ。手は動くが、叩き慣れてないノーツの配置には頭が追いつかない感じ。
たった二週間しか経ってないのに、久しぶりのゲームプレイに俺は感慨を覚えた。
交代のプレイヤーを確認するために振り返ったら、俺から少し離れたところから先ほどの女の子がこちらをじっと見ていた。
遊びたいのか? 横の台空いてるけど。えっじゃあ俺?
そこで女の子が小さくこちらに手招きした。俺はカバンを肩に引っ掛けて女の子に近寄る。
ゲームセンター特有の喧噪に負けないように、女の子は声を張り上げ話しかけてきた。
「もしかして……」
おずおず聞いてくる様子の女の子。そこでやっと気づいた。
「お前、坂本?」
女の子はニコッと笑ってうなずいた。
「覚えてたんだ! うれしい」
見覚えのある女の子は、中学校で俺に数学を教えたあの坂本だった。
「正直、髪型変わっててわかんなかったわ!」
俺たちはそのまま立ち話をした。
「坂本、ゲームセンターなんて来るんだな。意外」
「なんで?」
「だって中学ではそんな雰囲気なかったから」
俺みたいな落ちこぼれとは真逆の人生を送るんだろうと思っていたから、坂本がここにいるのはなんか場違いなイメージがある。
「確かにそうかも」
坂本は俺の言葉にうなずいた。
「最近なんだよね、遊ぶようになったの」
「そうなの?」
「うん。高校近いんだよね」
「あ、この辺の高校なんだ」
確かこの辺に高校は一校。かなり頭のいい進学校のはずだ。
「やっぱ頭いいんだな」
「まぁね」
坂本は困り笑いをした。
「プレイ見てたけどすごかったね」
「そんなこたないよ」
「だって難しいじゃん。それ」
と坂本はリズムゲームを指さす。
「私まだ全然できないからさ。すごい難しそうな曲プレイしてたから」
「俺より上手い奴なんて沢山いるって」
小さくナイナイ、と俺は手を振る。
「私なんかNORMALまでしかできないもん」
「別に難易度が高ければ正義って訳じゃないよ」
俺はアミューズイケタニで、高校生のプレイヤーに言われたことを思い出す。確か今言ったのと似たようなことを理由に、沢山遊びなって順番を譲られたことがある。その当時は結局それを断ってゲームセンターを出たが。
俺も上手いって言われる側になったなんて、相当やってるんだな。
コロナ禍があったから実質プレイ歴は一年ちょっとだけど、それでもゲームセンターと共に過ごした時間をしみじみ感じた。
「でも私もっと難しい譜面もやりたいんだよねー」
「練習すれば出来るようになるよ」
「じゃ、私と一緒に遊ぼ」
「え?」
「教えてよ、音ゲー」
「ま、まぁ、良いけど……あんま教える事なんてないぞ?」
「いいよ、教えて」
強引にでも教えてもらう、という雰囲気の坂本。期待のまなざしに俺は折れた。
ならまぁやってみるけど、と俺は台の前に立つ。百円をゲームに投下。坂本は俺のそばに立つ。
まずは見ててくれ、と一曲こなしてみた。一応J-POPから選んでおいた。そんなに難しくないシンプルなノーツ配置で構成された一曲。
「すごい……」
笑顔で俺に拍手を送る坂本。そうでもないよ、と俺はかぶりをふって、
「何が苦手なの?」
と聞いてみた。坂本は、うーん、とうなる。俺は一つ質問した。
「さっきの譜面、できそう?」
「いや……わかんなかった」
「なら」
と俺は二曲目を選ぶ。一曲目より、さらに難易度を下げた選曲。
「意識して見てほしいんだけど、ノーツをまとまりで見て。例えば……ここから、ここまで。もう一回これが来る。……ほら」
タタ・タン・タタ・タン。と、声に出しながらプレイして見せる。
「あ、そういうことか……」
言葉で説明しながらのプレイは分かりづらかったと思う。それでも坂本は一瞬で理解した。地頭がいい所が出てる気がする。
だんだんと坂本の手が空中をたたき出す。俺のタッチパネルを叩く手と、坂本が何もない空間を叩く動きがリンクする。
「……」
二曲目が終わった。坂本は瞬きをニ三度してうなずいた。
「なんかわかった気がする。……よかったらもう一回同じのやって」
「今やった曲?」
「うん」
俺は三曲目も同じ曲を選ぶ。坂本は横でエアプレイする。完全に感覚をつかんだ様子で、明らかに手の動きに迷いが無い。
三曲目も終わって坂本の様子を見るとちょっと嬉しそうだった。坂本はなるほど、と手を打つ。
「おー、そうやってやればよかったんだ!」
「わかった?」
「うん」
俺は交代のプレイヤーを見た。誰もいない。隣の台も空いている。
「……なぁ坂本、一緒にやろうぜ。そこ入れよ」
と俺は隣の台を指さす。
「え? 一緒にやるって」
「あ、もしかしてやったことない?」
このゲームは店舗内で筐体が繋がっていれば、最大四人まで同時プレイが出来る。四人で一曲選んで、スコアを競う形式の対戦モードだ。アミューズイケタニは一台しかなかったから、ずっとやるのが夢だった。しかし、まさかその相手が坂本とは。
「でもそれ対戦でしょ……?」
「一緒に遊ぶのが目的だからスコアなんか気にすんな。ガチじゃないんだし。」
「そう……?」
「うん。曲も坂本が選んでいいから」
「わかった」
お互いに対戦プレイモードをオン。一曲目を選曲。難易度は俺がMASTER、坂本がNORMAL。
J-POPからの選曲でテレビCMとかで流れてるやつ。そこではサビしか流れないので、イントロから聞いたのは初めてだった。EDMの要素を多分に盛り込んでいて、なかなかカッコいい。
こんな曲聞くんだなー、意外。もっとしっとりしたシンガーソングライターとかの方の印象だった。
二曲目はゴリゴリのパンク・ロック。こうなるともうイメージが正反対だ。嘘だろ……?
選曲に驚いてちらりと横を見やると、坂本は無邪気な笑みを浮かべていた。難易度はそれぞれ変わらず。
演奏が終わってから坂本は、やっぱり、とつぶやいた。
「自己ベスト更新しまくってる……!」
「マジで? やるじゃん」
「教えてもらったからね」
「楽しい?」
「うん、楽しい!」
坂本はニコニコしていた。
三曲目は何とアニソンだった。しかも最近追加された曲。俺は坂本の趣味の広さに驚いた。
さらに坂本は、今まで難易度NORMALを選んできたところ、ここにきてHARDを選んた。
お、と俺は呟く。
「ちょっと挑戦してみる」
とこちらを向いて握りこぶしを作る坂本。頑張れ、と声を掛けたところで演奏がスタート。
いわゆる電波曲に近い印象のある楽曲だ。テンポはそこそこ早め。
初めからイントロ無しでサビに一気に飛び込む。メロディラインも鮮やかなピアノが効いていて、爽快感がある。このピアノ、リズムがトリッキーだ。そのままノーツになっていたらなかなか凶悪そうだが……。
Aメロで譜面がある程度落ち着いたので、画面左上の現在のスコア表記をチラ見する。俺とそこまで離れてない。ってことは上手く叩けたってことか。すげぇ、たった三曲で確実に成長してる。
Bメロで徐々にボルテージを貯めるように展開し、サビで一気に開放的なサウンドへ。MASTER側の譜面はピアノとストリングスの混フレに階段が入り混じり、結構高難度の譜面になっている。ただノーツの量が思ったより多くないので、ギリギリ見切れる。一瞬のタメを挟み、続けてもう一回サビへ。一回見たノーツの配置は問題ない。余裕をもって攻略し、ノルマクリアに到達。
勢いを保ってアウトロへ。Aメロを曲調に合わせてやや複雑化したような感じ。ちょっと取りにくいノーツがちらほらあったが、何とか対処。
演奏終了。ほーっ、と余韻に浸ろうとしたところで坂本が手を叩く。
「やったッ……!」
「どうした?」
「初めてクリアした……! 見て!」
俺は顔を覗き込んで坂本のスコアを見てみる。
クリアランクはB。ノルマクリアギリギリだ。おそらくあと一コンボでもミスってたらクリアはなかっただろう。
「お……おめでとう!」
「ありがと! ずっとやってたんだけどなかなかクリアできなくて」
「そうだったんだ」
坂本がガッツポーズする姿に俺も笑顔になった。つられて俺もガッツポーズしてしまう。こういう感覚になったのはいつぶりだろう。この半年、クリア出来た喜びを共有できる仲間がいる嬉しさを俺は味わってなかったかもしれない。
一通りはしゃいだ後、後ろを振り向いたら交代のプレイヤーがいた。
「あ、すいませんすいません!」
俺たちはそそくさと台の前をどいた。
ゲーセンの青い壁にもたれて再び俺たちはおしゃべりした。
「実は、ゲーセン仲間がいなかったんだよね」
坂本は口を開いた。
「だから、君と遊べて楽しかった」
「俺も久しぶりに誰かと遊べてよかったよ。ここんとこ遊べてなかったから」
「そうだったんだ」
「……坂本、中学の近くにゲーセンあったの知ってるか?」
「うん」
「俺あそこ行ってたんだよ」
「……やっぱり不良だったってこと?」
「違う違う!」
俺は両手をぶんぶん振る。でも、と俺は手を下ろす。
「……最近つぶれちゃってさ。久しぶりに遊びたくなってここまで来たんだ。」
「そうなんだ。」
と、坂本はうつむく。
「……私も不良少女なんだよね」
「何が?」
「……学校、サボってる」
まさかあの坂本が!? と、俺は驚いた。
「なんで!?」
「友達、出来なくて」
「中学の時は沢山居たじゃねぇか」
「あれはみんなが優しかっただけだよ。もう学校も別々になっちゃって、みんな部活で忙しいみたい」
「……それで?」
「授業早くて分かんないし、塾めんどくさいし。自習してるって親に嘘ついてここに来てる。」
坂本も、学校生活上手くいってないんだ……。
「俺も同じだよ」
「え?」
「俺も勉強できなくて、友達も出来なくて、またゲーセンに逃げて来たんだよ」
「そうなんだ」
うなずいて、俺はスマホを開く。デジタル時計は五時半を示していた。
電車の時間的にもそろそろ帰らねぇと、と俺はリュックを背負い直す。坂本ももう気が済んだようで、俺達はゲームセンターを一緒に出る。
「久しぶりに遊べて楽しかったよ。ゲーセン仲間がこんなところで出来るとは思わなかった」
俺は下りのエスカレーターに乗りながら言う。坂本は、仲間……と口の中でつぶやく。
「だから坂本、来週また同じ時間に来いよ。遊ぼうぜ」
「……うん! 遊ぼう!」
俺たちはゲームセンターの前で別れ、それぞれの家路につく。
また来週、俺達は遊ぶのだ。俺はその日が待ち遠しい。
友達と、坂本と遊ぶのが待ち遠しい。
リュックには教科書が入っているはずなのに、俺の足取りは軽かった。
ふと、俺は気づく。
ライン、聞くの忘れた……。来週は絶対聞いとこ。
その一方で家路を歩く坂本も、実は同じことを思っていることを俺はまだ知らない。
お疲れ様です。ここまで読んで頂きありがとうございました。
良ければ、評価・コメントなどで応援していただけると幸いです。