side story レツ編その2 なくしたものは
誤字脱字には気を付けていますが、表現が拙い部分は、そういうものだと思って読んでいただければと思います。
いつまでも気を落としていてはいけないと、肺の中の空気を全部出すほどの溜め息で気分を変えてから、レツが水の精霊様の方を向いた。
「精霊様、二人をお願いします。」
「合点承知。」
「ちゃんと送り届けてくださいよ。」
「任せとけって。」
「頼みましたよ。」
「おう。」
そんな二人の様子を見ていた4人は思った。そんなに釘を刺さなくても・・、と。
少しの間見送ったらすぐに見えなくなった。
「僕は、スズラン姉さんの声を聴いたことがない。」
4人に背を向けたまま、語り出した。
「正確には、小さかったからもう記憶にない、かな。」
ちょっと下を向いたレツがさみしそうに訂正した。
「心的外傷後ストレス障害、通称PTSDによるフラッシュバックが酷くて、失声症を患っていたからな。」
「ピーティーエスディー?しっせいしょう?」
「失声症は、言語理解能力は正常なのに声を発せられない病気だ。わかりやすく言えば、喋れなくなる病気だ。」
失声症とは、咽頭や声帯など、声を出す器官に異常が見られないのに、突然まったく声が出なくなったり、出たとしてもしゃがれたりかすれたりしてしまう症状のことだ。精神障害の一種で、日常生活に支障をきたす病気である。そして、そんな状態が一定期間以上続くと、PTSDと診断される。
PTSD、正式名を心的外傷後ストレス障害とは、とても怖い思いをした記憶が心の傷となり、そのことが何度も思い出されて、恐怖を感じ続ける病気である。つらい記憶が悪夢やフラッシュバックとして突然よみがえったり、怒りや恐怖、罪悪感といった不快な気分が続くことが症状としては多い。
「じゃあ、どうやってコミュニケーションをとってたんだ?」
「筆談かジェスチャー。場合によっては手話も使った。」
「なるほど。」
そよ風が耳の横を通り抜けた。
「ついでに言うと、僕は父親に会った記憶ももうない。」
「父親ももういないのか。」
「ああ。ここからほど遠いところにお墓がある。」
もともと父親も水属性の魔法使いで、その当時は父親が水の精霊様の使いをやっていた時もあったらしい。悪魔退治には両親とスズラン姉さんの3人で行っていて、魔法使いではなかったモクレン姉さんが幼い僕のお世話係だった。
その日も3人で悪魔退治に行っていて、僕はモクレン姉さんと残っていた。
太陽が沈み始めた頃合い。確か、竜の三刻だったと思う。家の時計が鐘を3回鳴らしていたと思うから。母親が飛んで帰ってきて、一目散に精霊様の元へ駆け込んだんだ。何事かと思って、モクレン姉さんの目を盗んでこっそり後ろをついていったんだ。そしたら・・。
「精霊様!どうか、どうかお助けください。」
あの強かった母親が泣いていたんだ。
そこからは、記憶するには幼過ぎてよく覚えてない。ただ、精霊様を連れてどこかへ行った母親が次に戻ってきたとき、父親はすでに死んでいた、と慟哭していたのは覚えてる。
後で聞いた話だと、母親が精霊様を迎えに行っている間に、スズラン姉さんの目の前で悪魔に殺られたのだという。
それからだ。スズラン姉さんがしゃべれなくなったのは。おそらくは父親の死が心に深い傷を作ってしまったのだろう。1週間ほどは無感情に過ごしていたから。
どんな声で、どんな風にしゃべるんだろう。
幼過ぎて、そして僕自身にとっても衝撃だったから、あの出来事以前にした会話の記憶が消されたようだった。それに気づいたとき、ものすごく悔しかった。僕はもう、姉の声を一生聞けないかもしれない、と。しゃがれたような声ではあったが、喋れた日もあったらしいが、すぐにフラッシュバックを起こして気絶しては、また声を出せなくなっていたようだったし。まあそれも、僕が大きくなってから母親から聞いた話だが。
学校でも友人らとは口では話さなかったらしく、先生方も授業の際に当てることはしなかったという。魔法学校に通っていたこともあり、簡単な光属性魔法を先生から教えてもらい、魔法で空中に文字を出現させることで意思疎通をしていたらしい。
それぐらいだったから、もうどんな声だったかなんて皆目見当もつかなくなった。
家ではいつも二択だった。
「姉さん、今日の夕飯はそばとうどん、どっちがいい?」
レツが両手の指を1本ずつ立てる。すると、スズラン姉さんが左の指をぎゅっと握ってきた。
「そばだね、わかった。」
指を握る手があったかいのがちょっと嬉しかった。
食事中に姉さんが立ち上がる。
「どうしたの、スズちゃん。お手洗い?」
モクレン姉さんの問いかけに、スズラン姉さんは首を縦に振って居間から出ていく。”はい”や”いいえ”で答えられえるような質問が飛び交う。
シャワーから出てきた姉さんがパジャマの上からカーディガンだけ羽織って外に出ようとする。
「どうしたの、姉さん。」
パジャマで目をこすりながらたずねると、姉さんは両の手を祈るように合わせる。
「ああ、精霊様の所に行くんだね。」
スズラン姉さんはよく精霊様の住処へ行ってお祈りをしていた。何を思って何を祈っていたのかはわからなかったけど、その目はいつも申し訳なさそうだった。一度聞いてみたことがあったけど、その時はニコッとしてぎゅっと抱擁するだけで、結局何も教えてはくれなかった。
そんな日々が何年も続き、そしてーー。
あの日、僕らの小さくも穏やかな日々は、燃え盛る炎によって一瞬にして黒焦げにされた。
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