side story カミルレ編その6 夢は、叶える
誤字脱字には気を付けていますが、表現が拙い部分は、そういうものだと思って読んでいただければと思います。
じっと団長を見つめているカミルレに、側にいた一人が声を掛ける。
「復帰は・・。」
その人を見たカミルレの視線が少しだけ下に向く。
「されないんですね。」
ほかの人たちの肩が少し落ちる。のを見た後、また団長に視線を戻し、小さくすみませんと呟く。
「でも、今回だけ、一度だけ復帰します。スイは、全公演私がやります。」
力強く断言する。
「カミルレさん、非常にありがたいですが、我々の劇団員の中で、予定通り出演できる演者は僕ら6人だけなんです。」
ベッドの周りにいた人が声を上げる。
「大丈夫です。残りは私たち学生が担います。必要なスタッフも演者以外の学生でやりますので、皆さんは演技に集中していただいて構いません。」
カミルレがはっきりと答えていると。
配役決まりました。今、町の公民館の2階をお借りして練習を始めた所です。本番まで学校に戻れないこともジュピター校長の許可を得ています。早く指導をお願いします。
心の中にアルメリアの声。
「さぁ、稽古をしましょう。来週本番だから、もう時間はありませんよ。」
「は、はい。」
いそいそと出ていこうとするカミルレに圧倒される6人。
「カミルレ。」
団長の声に足を止め振り返る。ベッドの横のサイドテーブルの上には、団長の名前の入った台本が。
「大丈夫です。全部覚えていますから。さ、今日は遅くまでやりますよ。覚悟しておいてくださいね。」
笑いながら出ていくカミルレの後を追うように、6人も笑顔で飛び出す。
「いっておいで。」
誰もいなくなった病室で団長は一人呟く。
そして、演出家カミルレによる厳しい指導が始まった。しかしそこは特待科、セリフを瞬く間に覚えて見せた。
Beyond the Light ーアノヒカリノサキヘー。この物語は、海の申し子スイが、生きる力を失ったサラリーマン・ヨウスケと出会うところから始まる。スイの必死の説得で立ち直ったヨウスケが戻った会社に、新たに入社したユウカ。社会に憤りを覚え、同じく生きる気力を失ったユウカを連れて、ヨウスケはあの海へ。そこで再び出会ったスイと、その日初めてその海へ行ったはずのユウカはなぜかお互いを知っていた。実は、ユウカがまだ小さいときに海で溺れて、海底の魚たちの町シー・シティに迷い込んだ時、そんなユウカを助けたのがスイだったのだ。
「ストップストップ。みんなもっと楽しそうにやって。シー・シティはね、もっとフリーダムでハピネスな所なの。そんな暗い顔でやらないで。ハイ、もう1回。」
台本もチェックせずにどんどん指示を出していく。きっと体が覚えているのだろう。実際、稽古が始まってから一度も台本を開いていない。
この物語はこの5年の間に名前や芝居を少しずつ変えながら演じられてきたが、今回はその集大成として、原点回帰し初演版をやることになっている。しかも、一緒に演じてくれる6人の中に、初演時にカミルレと一緒に舞台に立っていた人が一人いたのだ。それはかつてカミルレの背中を押して励ましてくれた風属性の魔法使い、アナナス・ヤウンデールさんだ。
「あれ、なんか演出抜けてませんか。ナナさん覚えてますか。」
「何か抜けてる?うーん、そうねえ。あ、カラーピンスポ回し。」
「それだ!色は、赤と青と黄色と。あれ、青使ってたっけ。」
「青じゃなくて緑。赤と緑と黄色。青は下からの照明で海を表現するのに使うのよ。」
二人で当時を思い出しながら、1つ1つ丁寧に忠実に蘇らせる。
「お二人の熱が凄いですね。」
「たくさんチケット売らないとね。」
町の市民会館のチケットセンターの特設窓口でアルメリアとベルガモットが気合を入れ直す。
もともとは収容人数1,000人程度の地区の公民館でやる予定だったのだが、軽傷者の特別治療室にあてたいとのことで、収容人数1,500人越えの市民会館に会場を変更することになった。それに伴い、余計に販売できることになったのだ。
ちなみに、火事に遭った工場のすぐ横が市民会館だったため、少し延焼をもらってしまっているが、火はすでに消えているので、3人の土属性組が急ピッチで修復作業に当たっている。ちなみに、3年生土属性のフリージアは出演予定のため、カミルレにしごかれている。
「すみません。」
「いらっしゃいませ。チケットですか。」
アルメリアに話しかける男性5人組。学生なのか、みんな同じ制服を着ていた。近くの普通学校のものだ、とベルガモットが耳打ちする。
「はい。初日の1回目の分を、えと5枚欲しいんですけど。」
「はい。5枚ですね。まだありますのでご用意しますね。学生1枚20マジカリですので、5枚で100マジカリになります。」
「ありがとうございます。あ、それと。」
先頭より1つ後ろにいた男子が、恥ずかしがりながら花束をアルメリアに見せる。
「主演のカミルレ・ベオグラーディオにこれを。」
青いバラの花束。差し込まれた小さなカードには花言葉が書かれていた。
「はい。お先に、代金丁度いただきます。こちらがチケットになります。そちらのお花も、こちらでお預かりしますね。ありがとうございました。」
その日の窓口終了後に稽古場を訪れる。
「私宛てに花束?」
「はい。」
現役の劇団員も含めて皆疲れ切って、座り込んで肩で息をする中、一人だけピンピンしている演出家に手渡す。
「5人ほどの同い年くらいの男子グループが、申し訳なさそうに渡してきたんです。どういったご関係で。」
カードの表には『夢叶う』の文字。
「誰だろう。」
裏返すと、ずらずらと名前が列挙されており、最後に一言、ごめんとだけ。頭の中に水の壁が思い浮かび、目を細めて吐き捨てるように呟く。
「いじめてたくせに。」
毒を吐くその顔は、言葉とは裏腹になんだか嬉しそうだ。それを見て思わず、疲れていた皆も笑顔を見せた。
次の日から稽古場には花が咲き、より威勢の良いダメ出しが飛んだ。
そして迎えた初日。客席には、無事回復したトーリー団長も来ていた。
「ナナさん。」
舞台裏の廊下で、カミルレがアナナスを呼び止める。近くにいた人の動きも止まる。
「私、楽しんでいいんですよね。」
「もちろん。」
「私、一人じゃ、ないんですよね。」
少しの沈黙。を破るように言い放つ。
「何を今更。魔法は友達って言ったでしょう。あなたは一人じゃないの。魔法はいつでもあなたの味方よ。それに、ここにはたくさんの仲間がいる。味方がいる。大丈夫。思い切り演りなさい。」
力強い言葉に顔を上げる。
と、始まりのブザーが鳴った。
「よし、行ってこーい。」
あの日のように背中を押してもらう。
夢は、叶える。
そして、幕は上がる。流れ星の叶わぬ夢を、叶えるためにーー。
=side story カミルレ編 Fin=
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