side story カミルレ編その2 私の晴れ舞台
誤字脱字には気を付けていますが、表現が拙い部分は、そういうものだと思って読んでいただければと思います。
このプロイ・オニラ州と王都プラシノス・オケアノスを中心に活動している移動劇団『マチェッタ・マゼッタ』。その公演は、サーカスやショーというより舞台やミュージカルに近く、団員の魔法をうまく利用した高次元の演出が人気の要因だ。様々な街を巡っては、その街の芸術舞台などを借り、劇団オリジナル脚本のストーリーで公演を行っている。ここニフタ・ミナスにも来たことがあるが、3日間の公演は全日満員御礼、チケットが取れずに泣き出すファンもいたとか。
そんな劇団を率いる団長はガリダ・ストロッフィーの生まれで、その家族は割と大きな工場を経営しているとか。その工場のある町レムスは、ヘールボップ魔法学園のエディンバラ教頭の出身地でもあり、学校からもそう遠くないことから、よく依頼が来る。
「その日、その移動劇団が私たちの町ティローに来たの。」
「見に行ったのか。」
アスカが問いかける。
「ううん。行きたかったけど、クラスの子から止められちゃった。来ちゃダメって。」
「そっか。」
その時を思い出すように空を見上げながら、カミルレはまた語り出す。
でも、どうしても気になって建物の外で音だけ聞いていたの。その日の演目は、王子様が悪者からお姫様を救うみたいな話だった。舞台演出が凄かったみたいで、みんなキャーキャー言って喜んでた。
だけど、突然、喜びじゃない方の悲鳴が上がった。また、そういう演出に驚いているんだろうなって思ってたら、裏口からスタッフの人が慌てて出てきてまた入ってみたいなのを何度か繰り返したの。中のお客さんもざわざわし出してて、これがそういうストーリーじゃないことはわかった。ちょうど建物の真ん中くらいに小窓があったから、そこから中を覗いたら。
ステージが燃えてる。
作り物のドラゴンの口から演出として出していた火が、お姫様役の人のドレスや王子様役の人の燕尾服に移って布が燃えていた。何か防衛魔法がかけられているかとも思ったけど、だったら役者さんがあんなに慌てるわけがないと思った。だから、体が動いた。消さなきゃって。
でも、一歩踏み出して躊躇してしまった。中にはみんながいる。みんなには存在を知られたくない。そして私は思いついた。
そうだ、演出だと思わせればいいんだ。
8歳にしては名案だったと思う。私の足は舞台裏に向かっていった。演出と思わせるには、衣装を濡らさず、下からじゃなくて上から魔法を使い、でも水っぽくみせない。こういう時は子供でも思考が冴えるんだな、なんて考えながら素早く行動する。
スタッフの一人が裏口の扉を開けたのを見逃さず、さっと中に入る。舞台上手袖。よし、お客さんからは見えてない。スタッフの人に不審に思われる前にやってしまおう。
特殊魔法、ベンディシオン・グラニーソ。(恵みの霰)
ステージの上の方から霰が降ってきて、衣装に着いた火を消した。演者は少々戸惑ったようだったけど、すぐに演技を再開してアドリブで正当化してくれた。お客さんの盛り上がりも最高潮になった。
私は嬉しくなったけどすぐに我に返って出口を探した。スタッフの目を搔い潜り、入ってきたのと同じ裏口からやっと出た。と思ったら。
ボフッ
布のようなもので包まれてどこかへ連行された。何って思ったけど暴れるのを早々に諦めて、おとなしく連れていかれた。
耳を澄ますと拍手が聞こえた。劇場からは離れていないみたい。むしろ近すぎるくらいの音。
布が広がって視界が明るくなる。鏡のある部屋。目の前には女性が一人。
「これに着替えてくれる?」
何の前触れもなく衣装を渡される。雲一つない青空のような澄んだ青色のワンピースに、雫型の帽子。さっき勝手なことをした罰にしてはポップすぎる衣装を手に取る。
「私、この色、好き。」
ぼそりと呟く。それを聞き逃さないかのように、女性が話しかけてくる。
「あなた、水属性の魔法使いでしょう。」
”魔法使い”という単語に反応して身構える。私が魔法使いだと知ってイイ顔をする人は今までいなかったから。
「あなたに何があったのかはわからないけれど、私たちはあなたを喜んで迎えるわ。あなたの力でお客様を喜ばせるのよ。さっきあなたがやって見せたようにね。」
女性は優しく微笑む。その笑みに、構えた腕は下ろしたけど。気乗りしなくて衣装をぎゅっと握ったままうつむく。だって、客席にはみんながいるから。
と、窓のない室内を柔らかな風が吹き抜ける。
「私もね風属性の魔法使いなの。いいこと。魔法はね、あなたの気持ちを読み取って代弁してくれる存在なの。私で言ったら、嬉しいときはそよ風が吹いて、怒ると竜巻を起こしちゃうようにね。」
壁に立てかけてあった雫型のモチーフのついたステッキを手に取り私に差し出すと、こう続けた。
「魔法は友達よ。あなたは一人じゃないの。魔法はいつでもあなたの味方だからね。」
それは、私がずっと欲しかった言葉。探していた言葉。家族でも、先生でもない、初対面の人に行ってもらえるとは思ってなかったけど。
よし、一丁やってみるか。
自分を変えるために衣装に着替える。自分じゃない誰かに出会いたくてこれを被る。自分は一人じゃない、と思いたいからこれを持つ。自分の中にはない新しい気持ちに触れてみたくて台本に目を通す。キャラクターの心情が心に流れ込む。
そして思う。私もこういうようになりたい。いや、これからなるんだ。
そして、さっきと同じ上手の袖へ向かう。そこで待っている人で、私を変な目で見る人はいなかった。
いよいよ登場のシーン。物語で言うとかなり後半だったけど。魔法を使いながら舞台に出ていく台本。頭の中で読み返していると、さっきの女性がやってきた。
「よし、行ってこーい。」
背中を押してもらう。
大丈夫、私は一人じゃない。
特殊魔法、リオ・スビダ。(川を上る)
そして私は水の流れに乗って、勢いよく舞台上へと飛び出していった。
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