第3楽章その2 大魔界での一幕
誤字脱字には気を付けていますが、表現が拙い部分は、そういうものだと思って読んでいただければと思います。
両刃型のそれは、つばに小指の爪ほどの小さな赤黒い宝石が2つ埋め込まれている。これはガーネットだろうか。さらによく見ると、刃紋の華紋様は血のように真っ赤に染まり、悍ましいようで美しい存在としてそこにあった。思わず手を伸ばし、触れてみる。その瞬間。
『セレナ、マリア、命令だ。クレアを連れ戻してこい。新たな契約をしたいからな。』
『承知しましただに、大魔王様。』
『承知しましたなの、大魔王様。』
不意に聞こえてきた声とその内容に驚き、ぱっと手を引っ込める。ずっと風呂敷を握っていたもう片方の手に力が入る。思わず、2,3歩退く。
「今のは一体。大魔界での出来事、だよな。だとしたら、僕はすごいことを聞いてしまった。」
さっきまで刀に触れていた指先を見直す。特に何も変化はない。広い校長室にただ一人、僕がただ突っ立っているだけだ。
「教室に戻ろう。今のは・・、校長先生には言わない方がいいのかな。」
ずっと持っていた風呂敷を魔剣に被せ直すと、僕は校長室を去る。怪しい光を背に。
◇ ◇ ◇
その怪しい光の向こうでは、呼び出されたクレアが悪魔としての異形の姿で魔王の間に入る。
「只今戻りました、大魔王様。」
「よく来たな。セレナ、マリア、お茶と椅子を用意してやれ。」
「承知しましただに、大魔王様。」
「承知しましたなの、大魔王様。」
色の違う片翼の少女二人は足早にどこかへ行くと、言われたとおりにお茶と椅子を持って再び現れた。
「お前にとってはその姿も疲れるであろう。ヒト型で構わん。椅子にでも座って気楽にしてくれ。」
「ありがたき。では遠慮なく。」
クレアは少女の姿に戻ると、用意された椅子にちょこんと座り、お茶をずずっと吸い上げた。
「早速本題に入るが、最近人間界の魔法使いとやらが増え、我々の大魔界に住まう悪魔の個体数が減っているのはわかっているな。」
少女は両手で湯呑を持ちながら、コクンと首だけ縦に振った。
「セレナ、マリア、データを出してくれ。」
白い羽の方のセレナが空間のどこかからグラフデータの画面を出現させると、黒い羽の方のマリアが数字を読み上げる。
「現在、この大魔界で暮らしているのは、全240種中、180種8,000と24個体で、うち94種が絶滅危惧種に指定されていますなの。」
「60種が既にゼロなのに、ほかに94種もゼロに近いのは、はっきり言って大魔界存亡の危機だにね。」
セレナも追加情報を出しておく。
ここで確認だが、魔法使いたちは悪魔をそれぞれの特徴に基づいて分類し、より戦いを有利に進めようとしている。具体的にいうと、サイズ感で3種類、戦闘方法で4種類、属性で5種類、耐性で5種類、全部で240種類に振り分けているのだ。掛け算をして数が合わないと思ったそこのキミ、残念。耐性は5種類あるが、耐性と属性が同じになることはないので、実質耐性は4種類ということになるため、上記の240種が正しいのである。
さらに、ジュピター校長によると、昔はもっと多くの種の悪魔を見たとのことなので、おそらく全種類が大魔界にいた時期があったのでは、と人間界では推測されている。
「そこでだ。キミのような存在、つまり向こうでいうところの”断罪者”を増やして魔法使いを悪魔にしてしまう。名付けて、”ヒト悪魔化計画”を私は立てたのだ。」
拳を突き上げるガニメデの両側で、セレナとマリアが小さなくす玉を割る。ガニメデの目は少年のように輝いている。その様子を傍目に、クレアはお茶を啜る。ガニメデがこのテンションなのはいつものことのようだ。
「詳しい説明をお願いします。」
無表情のまま、そう告げる。
「そう白けるな。セレナ、計画表を。マリア、お茶のお代わりを。」
「承知しましただに、大魔王様。」
「承知しましたなの、大魔王様。」
悪魔の仕事は早い。
「フムフム、私はトークで促せばいいんですね。了解です。」
「キミは人間界と大魔界を繋ぐ大事な存在だ。くれぐれも成仏されるなよ。」
「・・承知しました、大魔王様。」
妙に空いた間を気にする大魔王に背を向け魔王の間を出る。
扉を閉めて何歩か進んだところで、クレアは二人に呼び止められる。
「断罪者を一人増やすのに成功するごとに、ヒト型になれる時間が人間時間で1時間延びるそうだに。」
「これも新たな契約だそうなの。」
「わかりました。・・任せてください。それでは。」
廊下の窓から飛んでいく傷のついた鈍色の羽を持つ1匹のコウモリ。
月に向かって飛んでいくそれを、二人はうらやましそうに眺める。
「自由っていいだにね。」
「いいねなの。私たちも自由になりたいのね、セレナ。」
大魔界から見る月は蒼い。
◇ ◇ ◇
教室に戻ってきた時には既に二人は帰っており、自分の机の上に学級日誌が残されているだけだった。
「『校長ニ異常無シ。風怪シク我寒気ヲ覚ユ。大魔界動キ出ス遅ク無シ。監視ノ必要有リカ。』と。これでよし。」
窓の外では朧月に黒雲がかかり、雨がぽつりぽつりと屋根にあたり始めていた。自分の真上だけ電気のついた教室に、一人ぽつんといる。
「よし、帰ろう。」
カーテンを閉め電気を消す。黒板の日直を”ポート”に書き直すと、僕は教室から出た。
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