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08 言い伝えを無視した結果

 レイラウドの街が作られる前、この辺りには猟師が住む小さな集落があった。

 その集落では「森の中にある石柱には近づくな」と言い伝えられていたらしい。

 ただ猟師たちも、その言い伝えがいつから、なぜあるのかを忘れてしまっていた。

 しかし石柱に触れて気分が悪くなったり、気が触れたりする者が出たのは事実。

 ゆえに猟師たちは、石柱を避けて獣を狩っていた。


 やがてその土地で、開拓が始まった。

 生まれたばかりのレイラウドの街は、猟師の集落を飲み込み、更に大きくなる。

 森を切り開き、街は石柱まで辿り着いた。


「街を作る邪魔だ。壊そう」


 猟師たちの反対は無視された。

 ツルハシを持った作業員が集まる。

 石柱は大きいが、こちらには屈強な作業員が何人もいる。数日中に迷信ごと木っ端微塵にできるだろう。工事の責任者はそう楽観した。しかし何日経っても石柱はそこに立ち続けた。

 謎の奇病で倒れる者。ツルハシを隣の作業員に振り下ろす者。自分の腹を切り裂く者――。

 作業員の数はどんどん減っていく。もはや事故の類いではない。誰もが猟師の迷信の正しさを認めるしかなかった。

 これは石柱の祟りである。


 その後もしばらく、レイラウドの街は面積を広げていったが、石柱とその周りの木々は残された。街の中に、公園でもなんでもない森がポツンと残り続ける。

 祟りを後世に伝えるため石碑が建てられ、作業員たちがいかに恐ろしい目にあったかを彫り込んだ。


 そして数百年が経った現在。


「あの森と石柱を切り開こう。そうすれば住宅地を作れる。仮に祟りがあったとしても、魔法と科学が発達した今なら、解決方法が見つかるはずだ」


 領主がそう思いついた。止める人もいなかった。

 もう祟りなんて誰も信じていない。祟られても今の技術なら解呪できるに違いない。


「そして私は部下のティムという男と一緒に、石柱の前に行きました。私とティムの魔法で石柱を爆破し、その破片を作業員たちが片付ける。そういう手筈になっていました」


 魔法庁の支部に戻ってから、クリフトンは当時の状況を語り始めた。

 テーブルの上にはブランデーのボトルとグラスがあった。

 酒を飲みながらとは不真面目な、と非難するつもりになれない。

 クリフトンにとってそれを語るのは、恐怖を蘇らせるのと同じなのだ。語りながら青くなったり、滝のような汗をかいたり、嵐を怖がる子供のように肩を震わせたり。

 その怯え方からは、言葉以上のものが伝わってくる。


「続きは、少し休憩してからにしましょうか? 報告書は読んでますから、事件の経緯は知ってます。もっと詳しく知りたいからお話を伺っているだけで……」


 パトラはさすがに気の毒になってそう提案した。


「いえ……一気に喋っちまったほうがサッパリしそうです。最後まで聞いてください」


 クリフトンはブランデーを三口ほど飲み、顔に赤味を取り戻してから、再び恐怖と向き合いだした。


「事前調査したら、石柱の周りは言い伝えの通り、ヤバい雰囲気だった。だから俺たちは全員、呪い耐性がある護符を装備して集まった」


「ヤバいと思ったのに工事を中止しなかったのか?」


 ヘリック王子がそう尋ねた。


「そりゃ領主が決めた工事ですからね。そもそもヤバいと言っても……現場にいた俺たちだって、まさか死人が出るとは思っていなかった」


 グラスのブランデーが空になった。


「護符のおかげで、石柱を前にしても誰も錯乱しなかった。俺とティムは安心して魔法を撃った。予定通り、石柱は砕け散った。だが、予定通りだったのはそこまでだった!」


 今度はボトルから直接ブランデーを飲み始めた。

 いくらなんでも、と思ったパトラはボトルをさりげなくテーブルの端に寄せたが、無駄な努力だった。

 クリフトンは腕を伸ばしてボトルをたぐり寄る。

 事件のあらましは、飲酒と飲酒の間の息継ぎとして語られた。


「ティムは、本当にいい奴だったんだ。俺より若いのに、俺より才能があって……気が弱いけど、人なつっこい奴だった。弟みたいにかわいがってたんだ! なのに……ティムは魔族になっちまった。壊れた石柱の下から出てきたアレに取り憑かれて、化物の姿になって、それで周りを全て吹っ飛ばしたんだ。森も、地面も、作業員も、俺も、全部!」


 それが、あの巨大なクレーターが街中に現われた経緯だ。

 咄嗟に防御魔法を使ったクリフトンだけが、森の外で転がっているのを発見された。

 作業員たちは死体さえ残っていなかった。

 そしてティムという魔法師の消息は掴めていない。


「アレ、というのは『魔王の欠片』で間違いないんですね?」


「知るか、そんなの! 人間の頭くらいの大きさの球体で……真っ黒だった。光を少しも反射せず、まるで空間に穴が開いてるみたいに黒かった。しかも……それは黒い光を放ってたんだ。黒い光なんて意味が分からないだろう。だが、そうとしか表現できない! そいつはティムに取り憑いて……乗っ取りやがった!」


「やはり『魔王の欠片』でしょうね。私も実際に見たことはありません。けれど、数々の記録に残っています。まず間違いないでしょう」


「くそ……なんだってそんなのが俺が生まれた街の下に埋まってるんだ……魔王なんて、おとぎ話で子供を怖がらせていればいいんだ……!」


 クリフトンの嘆きは分かる。

 しかし、街の下に『魔王の欠片』が来たのではない。『魔王の欠片』が埋まっていた上に街が作られたのだ。

 そして、それが復活したのは、言い伝えを無視して石柱を壊したから。


 よくある話だ。

 壊してはいけないという祠を壊したら、とんでもないものが出てくるとか。この石碑より下に家を作ってはならないというのを無視したら、津波に飲み込まれたとか。

 せっかく昔の人が残してくれた教訓は、たびたび無視される。


 とはいえ「人間は愚かだ」と虚無的な気分になっても意味はない。

 起きてしまったことに対処しなければならない。

 死んだ作業員たちをどうにかするのは葬儀屋の領分だ。

 魔法師と騎士の仕事は、魔族になってしまったティムという若者を見つけ出し、適切に処理することだ。


 森がクレーターになってから、魔族の仕業と思われる猟奇殺人事件が続いている。

 魔族が人間を解体している現場の目撃者もいる。

 ティムはまだ街に潜伏中なのだ。


 これ以上、被害を広げないため、ティムを拘束し、その肉体を破壊して『魔王の欠片』を取り出す。そして上空の飛行船が作り出す五芒星を利用し、封印する。

 それがパトラとヘリック王子がやらなくてはならない適切な処置だ。


「パトラ嬢……王子殿下……」


 ボトルを空っぽにしたクリフトンは、一瞬だけ真顔になり、目に正気を宿した。


「お願いします。ティムを止めてやってください。あいつにこれ以上、誰も殺させないでください……」


 そう言ってクリフトンは机に突っ伏して、意識を失った。

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