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07 レイラウドの街

 レイラウドの街は、王都から馬車で六時間ほどの場所にある。

 これといって大きな特徴はないが、開拓しやすい平坦な土地で、隣国への中継地点になっている。それなりに発展しており、都会過ぎず田舎過ぎず、暮らしやすそうな街だ。


「ようこそ、おいでくださいました。私は魔法庁レイラウド支部の代表、クリフトン・チャリスと申します」


 魔法庁の支部でパトラとヘリック王子を出迎えてくれたのは、髪を後ろで一本に束ねた二十代半ばくらいの男性だった。

 彼は自分の足で立っているものの、あちこちに包帯を巻いた傷だらけの姿だった。

 それは、パトラたちがここに呼ばれる理由になった事件のせいである。


 そこら辺のチンピラ相手に怪我をしたなら未熟の一言で済ませられる。が、クリフトンが相手したのは『魔王の欠片』だ。こうして生きているだけでも賞賛に値した。

 現にクリフトンは、この若さで支部長に選ばれている。優秀なんだろうな、とパトラは感心した。同時に、軽薄そうな笑顔だなぁ、とも思った。


「それにしても……私は魔法庁が誇る天才パトラ・アルビオンについて、二つの噂を聞いていました。老婆のような醜女であるという噂と、目が覚めるような美少女という噂です。実際は、添い寝してあげたくなる美少女ですな。ちゃんと睡眠を取っていますか? 眠れぬのであれば、私めが本当に添い寝して差し上げましょうか」


 そしてクリフトンは軽薄なことを言い出した。

 パトラはこの一年間で何度もお見合いをしたし、婚約者もできた。しかし、いわゆるナンパ行為を受けたのは初めてだ。「うっ」と唸ってしまう。


「け、結構です。眠れないのではなく、自分の意思で徹夜しているだけ。ここに来るまで馬車の中で仮眠したのでもう十分です。そもそも、今日会ったばかりの女性に対して添い寝なんて、冗談でも不愉快です」


 パトラは勇気を出して、自分の意思をハッキリ言ってやった。

 するとクリフトンは〝やれやれ〟という感じで肩をすくめる。


「これは失礼しました。美しい女性を見たら口説けというのが家訓でして。たとえ怪我をしていても家訓を破るつもりはないのです。王子の婚約者殿に本気で手を出そうとは思っていませんよ。まあ、ただの挨拶と思ってください」


 クリフトンはそう言って引き下がった。

 パトラは安堵する。

 が、それで話を終わらせるのをよしとしない男がその場にいた。


「ほう。俺の婚約者と知った上での狼藉か。第六王子で継承権が低いからと舐めているのか? もし本当にパトラに手を出してみろ。家訓を二度と守れない体にしてやるぞ」


 いつも優しい声色のヘリック王子が、驚くほどドスを利かせた声を出した。そればかりか腰の剣に手をかけ、クリフトンに詰め寄って行くではないか。


「殿下! ヘリック王子殿下! どうかお許しください。パトラ嬢はあなたにこそ相応しい。あなた以外の誰のものでもない。ただ、あまりの美しさに目が眩み、軽率な行動に出てしまったのです!」


 クリフトンは泣きそうな顔で懇願する。

 放っておくと本当に刃傷沙汰になるような気がして、パトラは婚約者に後ろから抱きついて引っ張った。


「ヘリック様、そこまでです! 私、気にしていませんから!」


「俺が気にする。しかし……パトラの美しさに目が眩んだなら仕方ない部分もあるな。クリフトン支部長、どうやら俺はやりすぎたようだ。謝る。あなたも言動に気をつけてくれ。俺は我慢強いほうだと周りから言われるが、パトラに関しては例外だ」


「ええ、ええ。どうやらそのようですね。身をもって実感しました。殿下のパトラ嬢への愛情は、どんな海よりも広くて深そうだ」


 クリフトンは声を震わせた。

 それを聞いてパトラは、自信が湧いてきた。ヘリック王子からの愛情を感じる機会は多い。だが、それを他人の口から指摘されると、また別の喜びがあった。


「ヘリック様……お優しいヘリック様がこんなにも怒ったのは、私を愛してくださっているからなんですね?」


「そうだ。怖い思いをさせてごめんね。君のことになると俺は冷静じゃいられないんだ……」


「確かに少し怖かったです。けれど……ヘリック様の私への愛情が、他人から見ても分かるくらい深いと改めて知ることができて嬉しいです」


「そうさ。どんな海よりも広くて深いんだ」


 そう呟いてヘリック王子はパトラを抱きしめてくれた。

 このまま海の底に沈んでしまっても、二人一緒なら怖くない。そう思わせてくれる力強い抱擁だった。


「あの……私の軽率さが招いたというのは認めますがね。いい加減、仕事の話を始めてもよろしいでしょうか。ヘリック王子殿下と第二資料室室長殿?」


 クリフトンはまるでバカップルに向けるような呆れ声を出した。

 しかし、どうにも離れがたく、しばらくそのまま互いの感触を確かめ合う。


 その間にクリフトンは馬車の準備をしてくれていた。三人でそれに乗って『事件』の現場に向かう。

 道中、クリフトンは馬車から五つの飛行船を見上げ「頼もしいですな」と賞賛の声を上げた。


「この街の外周に沿って、五芒星を描く形になっている。街をすっぽり包む規模の五芒星で結界を作ったら、奴も太刀打ちできないでしょう。あとは見つけ出して封印してやるだけです」


 彼はさっきまでの軽薄さを潜め、なにかを押し殺すように言う。見れば拳を強く握りしめていた。

〝奴〟に対する強い怒りを感じる。

 同時に、隠しきれない怯えも見て取れた。


 そして馬車が現場に到着し、それを目の当たりにしたパトラは、クリフトンの怯えが大げさではないと思い知った。


「ここ……本当に森があったんですか?」


「ええ。信じがたいでしょう? 私もなにかの間違いだと思いたい。しかし、ここで私の部下が魔族に変貌し、大勢の作業員が死んだんですよ」


 クリフトンは吐き捨てるように言う。

 ここは街の一角で、つい何日か前までは手つかずの森があった。

 それを住宅地にしようと、工事を始めた矢先に事件は起きたという。

 今、森の痕跡を示すものはなにも残っていない。

 パトラたちの目の前には、巨大なクレーターが広がるばかりだ。

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