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06 王子に膝枕してもらった

 それはパトラにとって心地いい揺れだった。

 まるで、揺りかごの中にいるよう。

 枕の硬さも高さも実にいい感じだ。

 目が覚めたけど、しばらくこのまま横になっていたい。


 なにせ、さっきまで最高の夢を見ていた。その余韻に浸らねば損というもの。


 しかし、なぜベッドが揺れているのだろうか。

 枕だってパトラが普段使っているのと違う。

 ここはどこだ?

 両親に招待され王都の別邸に行き、そのまま泊まった?

 それとも徹夜が続いて意識が朦朧とし、間違って人様の家に忍び込んで寝てしまったとか?


 パトラは重たい瞼をなんとか開けた。

 すると視界に飛び込んできたのは、自分を覗き込んでいる金髪碧眼の男。息が止まるほどの美少年。


「おはよう、パトラ。やっぱり疲れていたんだね。王都を出てすぐに眠ってしまうなんて」


「ヘリック様……? わ、私はヘリック様の太ももを枕にして……大変失礼しました!」


 パトラは慌てて謝る。

 謝りつつ、胸がドキドキした。

 実はついさっきまでヘリック王子と婚約する夢を見ていた。

 幸せ過ぎてどうにかなりそうな夢から覚めた瞬間、膝枕である。

 これも夢の続きかもしれない。


「失礼じゃないよ。婚約者に膝枕するくらいお安いご用さ。パトラの可愛い寝顔を三時間も鑑賞できたしね」


「……婚約……者?」


 パトラはふと自分の左手の薬指を見る。指輪が輝いていた。

 そうだ。パトラは夢の中で、この指輪を国王陛下の前でヘリック王子から頂いたのだ。

 やっぱり、まだ自分は眠っていて、夢の続きを見ているらしい。


 と。

 ボンヤリしているパトラの頬を、不意にヘリック王子が二本の指で摘まんだ。

 むにっ、むにっ。


「痛ひ……です……」


「夢じゃないよ。俺のかわいい婚約者さん」


 ようやく頭が正常に回り始める。

 さっき見た夢は、先週の出来事の追体験だった。夢だけど夢じゃなかった。

 自分は本当にヘリック王子と婚約した。

 その事実を認識し、嬉しくて、恥ずかしくて、顔が真っ赤になる。


「わ、私は今、世界で一番幸せな女です……!」


「うん。俺も世界で一番幸せな男だよ」


 そう微笑んで、ヘリック王子はパトラの髪をなでてくれた。

 集合場所にいつものボサボサのまま行ったら、馬車に乗る前にヘリック王子がサラサラに直してくれた髪だ。

 彼との記憶の一つ一つ。今現在。これからの未来。全てが愛おしい。

 頭がおかしくなりそうなほどパトラは幸福だった。

 とはいえ、幸せに目を回してばかりもいられない。


 パトラとヘリック王子は、魔法庁の職員とその護衛騎士として、任務を帯びて馬車で移動しているのだ。決して旅行に行くのではない。


 名残惜しく思いながらも、パトラは好きな人の太ももから頭を起こし、馬車の外を見る。

 整備された街道の両脇に、穏やかな草原が広がっている。

 その青々とした草の絨毯に、影を落とす巨大な物体が五つあった。

 パトラは空を見上げる。

 飛行船である。

 ガスによって浮遊する飛行船が五機、馬車の上空をゆっくりと飛んでいるのだ。


「技術の進歩は早いよね。十年前までは、魔法を使わずにあんな大きなものが空を飛ぶなんて考えもしなかった」


「はい。魔法は一部の人の特権的な力ですが……科学がもっと発達すれば、多くの人々の生活が豊かになると思います」


「パトラの視野は広いな。俺はただ、飛行船が大きくて格好いいと見とれていただけなのに。あの力で人々の生活を豊かにする、か。俺も一応、王族だから、そういうのを考えなきゃ駄目だなぁ」


「わ、私もなにがどう変わるか分かって言っているのではないので……なんとなくそう思っただけです……」


 ヘリック王子に褒められると嬉しいし、飛行船が格好いいという子供っぽい感想がかわいくてキュンとする。

 ついでにいえば、パトラは飛行船のずんぐりむっくりした姿もかわいいと思っている。


 魔法師の中には、科学を毛嫌いする者も多い。

 だが、羅針盤があるから船は大海で迷子にならずに航海できるし、活版印刷機のおかげで本が安価になった。大きな城や橋が自重で崩れないように設計するのだって科学だ。

 どう嫌っても、科学と無縁には生きられない。


 そもそも、魔法だろうと科学だろうと、この世界に存在する法則を利用しているのだ。明確に分けられるものではないとパトラは思っている。

 科学がいくら発達しても、魔法が廃れることはなく、得意分野を生かして共存していくのではないだろうか。

 現に、上空にいる飛行船は科学の力で浮かんでいるが、大規模な儀式を行うための魔法装置を搭載している。

 五つとも魔法庁の所属なのだ。


「今度、ようやく騎士団でも飛行船を導入することになったんだ。あんな大きなものがいつまでも浮かんでいられるわけがない、と主張する奴らを説得するのに苦労したよ。俺も早く乗りたいなぁ」


 キラキラした眼差しでヘリック王子は飛行船を見上げる。


「私が高所恐怖症じゃなかったら、わざわざ馬車を用意せずとも、飛行船で移動できたのに……本当に申し訳ありませんでした。私だけ馬車に乗って、ヘリック様は飛行船でもよろしかったのに……」


「いや、それは駄目だ」


 ヘリック王子は空に向けていた視線をパトラへと戻した。


「確かに俺は飛行船に乗ってみたい。けれどそれ以上に、パトラと一緒にいる時間を大切にしている。別々に移動するなんて嫌だよ」


「ありがとうございます……とても嬉しいお言葉です。えへへ」


 はしたないと思いつつ、幼い子供みたいな笑い方をしてしまう。

 パトラもできることなら片時も離れずヘリック王子と一緒にいたい。

 婚約などと悠長な期間を設けず、このまま勢いで入籍したい。


 しかし王族の結婚となれば、それ相応に規模の大きな式典が必要で、その準備だけでも時間が必要だ。

 それに、めでたい話は国民を喜ばせる。どうせなら、なにか凶事があったとき、それを誤魔化すために使いたいと偉い人たちは考える。


 あと国王陛下は、パトラが結婚後も今と変わらず魔法研究に没頭して実績を出し続けるかを心配しているようだった。

 杞憂である。どんな状況でもパトラが最優先するのは魔法だ――と、断言する自信がない。


 ヘリック王子と実際に結婚したら、王宮で暮らすのか、それとも王都に小さな屋敷でも買うのか。と、考えを巡らせると魔法書のページをめくる手が止まってしまう。

 夫婦になったら、夜は当然、そういうことをする。そういうことを想像すると、極簡単なポーションの調合さえ失敗しそうになる。というか実際に失敗してガラス瓶を爆発させた。


 パトラは今すぐ結婚したいと思っているが、大人の女になる心の準備が不十分なのも事実だった。

 何年間か、少年少女として健全なお付き合いをする準備期間があるのは、むしろ幸いかもしれない。


 婚約してから、今まで目も向けなかった恋愛小説を読むようになった。

 手を繋ぎたいのに緊張してできないとか、会いたいのに会えないとか、想いを伝えたいのにすれ違ってしまうとか、凄くいい。

 恋愛小説がこんなに面白いなんて知らなかった。

 自分もそういう恋愛を経験すれば、きっと、諸々の心の準備ができるはず。

 いざ結婚する直前に巨大な障害が立ち塞がり、それを二人で乗り越えたりする展開があったら最高だ――。

 なんて妄想を広げるほど、パトラは恋愛小説にハマっていた。


 物語に興じていられるのは、平和な証拠である。

 その平和を守らなくてはならない。

 パトラとヘリック王子に与えられた任務は、まさにそれだった。

 今、向かっている街で『魔王の欠片』が復活し、すでに大きな被害が出ているらしいのだ。

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