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05 コロシアムでお見合い

 健康的な生活という拷問が始まってから一ヶ月が経った。

 やっと見合いの当日だ。

 場所はアルビオン家でも、先方の家でもない。

 魔法庁が誇る、円形コロシアムだった。

 強固な結界が張り巡らされていて、大規模な魔法を使っても客席に被害が及ぶ心配はない。パトラが結界を設計したのだから間違いない。


 つまり、ここでなければ周りに被害を出してしまうほど強い相手ということだ。

 パトラは少し楽しみになってきた。


 暇な魔法庁の職員が客席に並んでいる。

 いつもパトラを馬鹿にしている女性たちもいた。


「ねえ、あれがパトラなの……? クマがないけど……」


「髪もさらさらだし……なんか普通に綺麗じゃない?」


「普通にっていうか、メチャクチャ綺麗……」


 パトラは客席を見る。

 すると女性職員たちは頬を赤らめ、恥じ入るように目をそらした。

 ひと睨みでやっつけてやった、とパトラは満足する。

 どうやら自分はクマがないほうが迫力を出せるらしい。


 そうしているうちに、見合い相手が舞台に上がってきた。

 さて。誰が相手なのだろうか?

 なんとフルプレートアーマーを着ていた。人相どころか体も見えない。

 本当に誰だ。


 誰だか分からないが、強いというのだけは分かる。

 バチッ、バチッと放電する音が聞こえた。いつでも強力な雷魔法を撃つ準備ができている。恐ろしい魔力だ。

 あの鎧の能力か――いや違う。純粋に中の人が強い。

 パトラは息を呑む。間違いなく今までで最強の相手だ。


「……どこからでもかかってこい」


 兜の奥から声がした。

 変声機能が備わっているらしく、不自然に低い声だった。知っている人だとしても、これでは分からない。

 あの鎧を引き剥がすしか正体を確かめるすべはない。


「いでよゴーレム!」


 なにもない空間に土の塊が現われた。それは形を変え、身長三メートルに迫る巨人となった。

 むこうが雷を使うなら、それを通さない土属性で相手するのが定石。

 パトラの意に応え、ゴーレムは鎧の男に向かっていく。


 だが一刀両断にされた。

 鎧の男は、落雷と錯覚するような斬撃でゴーレムを真っ二つにしてしまった。


 電気で攻撃するのではなく、それを自分に流して筋肉を高速稼働させる――そんな使い方があったのかとパトラは感動した。


「ゴーレム! イフリート! ウンディーネ! ゼピュロス!」


 土。炎。水。風。

 四つの巨人を召喚し、隊列を組ませる。

 パトラは全身全霊で勝負を仕掛けた。


 その結果。

 舞台が砕け散るほどの死闘の末、パトラは魔力を使い果たし、地面に倒れた。


 負けてしまった。

 これで結婚するしかない。

 自分から言い出したことだ。反故にする気はないし、こんなに強い相手ならいいかと思う。

 けれど、あの兜の奥にあるのがヘリック王子のお顔だったらいいのに、と妄想せずにいられない。


「強かった。あんなに修行したから簡単に勝てると思ったのに、やっぱりパトラは本当に強いな」


 鎧の男は、兜をとり、鎧を外す。

 ゆっくりとパトラの隣にしゃがみ込む。

 それを見てパトラは固まる。目が変になったかと思って、ごしごし擦る。

 何度見ても、ヘリック王子が微笑んでいた。


「どうして……正体を隠していたんですか……?」


 言いたいことは山ほどあるのに、なぜか最初に出てきた言葉はそれだった。


「見合い相手が俺だと知ったら驚くだろ。それで実力を出せなかったとか、あとで言われたら困るからね。気兼ねなく全力を出したパトラに勝ちたかった。この国で一番強い魔法師の君に勝ちたかったんだ」


 ああ、やっぱり。

 ドキドキして損した。

 ヘリック王子はパトラと結婚したかったのではない。戦いたくて見合いを申し込んだのだ。

 分かりきっていることだ。

 こんな容姿も能力も家柄も完璧な人が、パトラに求婚するなんてあり得ない。


「一番強い相手に勝ちたいなんて、ヘリック王子にも男の子らしい一面があったんですね」


 失望を悟られたくなくて、パトラは平静を装い、言葉を絞り出した。


「そうさ。俺は男の子だよ。世界で一番強くなりたいとか思っちゃうし、好きな女の子がいるのに緊張してなかなか想いを告げられない。完璧でもなんでもない、ただの小僧さ。こういう場でも用意しないと踏ん切りがつかなかった」


「それはどういう意味ですか……?」


「パトラ・アルビオン。どうか私と結婚して欲しい」


 短い言葉だった。

 誤解の余地なく、真っ直ぐな求婚の言葉。

 パトラの脳細胞はフル回転した。魔法理論を考えているときでもここまで頭を酷使しない。きっと知恵熱が出ていたと思う。

 そのくらい考えても、答えは一つしか出てこなかった。


「はい」


 言葉と一緒に、涙が出た。

 ヘリック王子は力一杯抱きしめてくれた。

 客席から歓声が上がった。多くの人が祝福してくれた。

 しかし聞こえない。

 お互いの鼓動しか聞こえない。


「ところでパトラ。今日、君を見て驚いたよ。目のクマはどこにやったんだ?」


「実はこの一ヶ月間――」


 両親に強制された健康的な生活がいかに辛かったかをパトラは語る。

 聞きながらヘリック王子は何度も吹き出した。


「笑い事じゃありません。本当に拷問を受けている気分でした」


「ごめん、ごめん。確かにパトラにそういう生活は似合わないかもね。俺も普段のパトラのほうがいいと思う。明日からまた沢山働くといいよ」


「あの。結婚してからも魔法庁にいていいんですか……?」


「いいよ。君を辞めさせるなんてこの国にとって大きな損失だ」


「目に大きなクマを作っても?」


「いいよ。頑張ってる証だから。今の君も綺麗だけど、クマがあっても綺麗だよ。いや、そっちのほうが好きだ」


「髪をボサボサにしてしまいますよ?」


「俺が直してあげるから大丈夫」


「お風呂は毎日入らなくてもいいですよね?」


「……それは毎日入ろうか」


「じゃあ、防水魔法の研究をします。お風呂でも本を読めるように」


「実に君らしい答えだね。大好きだよ、パトラ」


「私もずっと大好きでした、ヘリック王子」


 数日後。パトラとヘリック王子は、国王陛下の前で正式に婚約した。

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