04 八時間睡眠という拷問
アータートン子爵の妨害がなくなると、一ヶ月もしないうちにミスリル採掘は軌道に乗った。
そのせいでアルビオン伯爵家は注目を集め、見合い話が向こうから来るようになった。
だがパトラはその全てに「私より強い人」という条件を出し、試合で返り討ちにする。
「アータートン子爵と違ってよさそうな相手だったのに、なんでやっつけてしまうんだ!」
「そうですよ、パトラ。あなた、まさか一生独身でいるつもりなの!?」
「もう借金の心配がないので、私が結婚を急ぐ理由はありませんし。魔法の研究ができなくなるなら一生独身のほうがいいです。なので『私より強い人』という条件を撤回するつもりはありません」
「お前より強い男なんているかぁっ!」
パトラの強さが知れ渡ると、見合いと関係なく、道場破り感覚で勝負を挑んでくる者も出てきた。
「うちは魔法の道場じゃない!」
ミスリルで儲かっているのに、両親は頭を抱えていた。
アルビオン家が伯爵になってから、そろそろ一年が経つ。
パトラは相変わらず女性職員から容姿に関する悪口をあびながら、マイペースに魔法の研究を続けていた。
それは幸せな日々のはずだった。
だが、大きなものがぽっかりと欠けていた。
ヘリック王子が顔を見せなくなったのだ。
以前は毎週のように来ていたのに、月に一度になり、三ヶ月に一度になった。
寂しい。
風の噂では、騎士団の訓練所にこもり、剣技と魔力を徹底的に鍛えているとか。
国を守るための向上心が凄いとパトラは感心する。
けど寂しい。
ヘリック王子は別にパトラのものではないのに。
そんなある日。
両親から呼び出されたパトラは、王都に新しく建てたアルビオン家別邸に行く。
また見合いらしいが、いつもと様子が違う。
相手が誰かと聞いても「先方から直前まで秘密にして欲しいとお願いされた」と不思議なことを言う。
その見合いは失敗できないから気合いを入れねばならないとか。
「はあ、気合いですか……私はいつものように返り討ちにするだけですけど」
「試合でどう戦うかはパトラの自由だ。しかし今日から見合いまでの一ヶ月、お前はアパートメントではなくここで私たちと暮らしてもらう」
「生活習慣を徹底的に改善してもらいますからね!」
「え」
両親が手を叩くと、メイドの軍団がずらりと現われた。
そして風呂に連れて行かれた。念入りにトリートメントを施され、全身にマッサージオイルを塗り込まれる。
「一日最低八時間の睡眠」「バランスのいい三度の食事」「適度な運動」「スキンケア」。
あまりにも忙しくて魔法庁を休みがちになった。たまに登庁しても定時で上がるしかない。
パトラにとって拷問のような日々だった。
なぜ毎日風呂に入る必要があるのか。ドラゴンは風呂に入らないけれど、とても強靱だ。ゆえに人間だって風呂に入らなくていいはずだ。
肌が艶やかになり、目のクマが消えるにつれ、精神的に病んでいく。
体調がよすぎる。軽やかすぎて逆に歩きにくい。
空がこんなに青いと久しぶりに思い出した。眩しい。もっと灰色になってほしい。