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03 アータートン子爵との戦い

 見合い、当日。

 パトラは普段は絶対に着ないような肩が露出したドレスを身にまとい、両親と一緒に馬車に乗っていた。

 向かう先は、王都のアータートン子爵別邸。


 まだ昼間なのに、気分はすっかり暗闇の中だ。


 本来、見合いは男性が女性の家を訪ねるのが通例だが、アルビオン家は貧乏ゆえ王都に別邸を持たない。あるのはパトラが住んでいる一人用の集合住宅(アパートメント)だけだ。

 なのでアルビオン家がアータートン家を訪ねる。


「なあ、パトラ。今からでも遅くない。嫌なら引き返してもいいんだぞ。先方には私から断っておくから」


 と、父親が言ってくれた。


「そうですよパトラ。たしかに魔法の研究ばかりしているあなたを心配して、早くいい人を見つけなさいなんて言いましたけど。これでは借金のカタです。家の犠牲にならなくてもいいんですよ」


 母親も何度目かになる説得を試みてくる。


「ありがとうございます、お父様、お母様。優しい両親の子になれてパトラは幸せです。だからこそ、私はこの話を受けようと思います。それに案外、アータートン子爵と結婚すれば、私は幸せになれるかもしれませんよ?」


 パトラは自分でも信じていない論理で両親を安心させようとした。

 仮に結婚相手がとても優しい人で、こちらを大切にしてくれたとしても、魔法の研究ができない人生なんてクソ食らえだ。


 両親は黙った。

 パトラが割と頑固だから、今更なにを言っても変わらないこと。もしパトラの気が変わって見合いを断ったらアルビオン家が今すぐ消えてなくなることを知っているからだ。


 そして馬車はアータートン子爵の別邸についた。

 門も庭も屋敷も大きい。

 同じ貴族でも、巨大な格差を感じた。


 通されたテラスで、アータートン子爵は料理とともに待っていた。

 三十歳。パトラの倍の年齢。年寄りではないが若者でもない。中肉中背。顔も特徴がない。

 普通だ。

 発している気配が普通。魔力が弱い。迫力がない。ヘリック王子はもっと肌にビリビリくるものがあったのに……と、パトラは比べてしまう。


「わざわざ遠いところをよくぞおいでくださいました。さあ、どうぞ、おかけになって」


 そう口を開いたアータートン子爵の第一印象は、可もなく不可もなく。

 見合いはつつがなく終わるかに見えた。


「このワインは五十年以上も熟成させた一級品でして。素晴らしい香りとまろやかさでしょう。ああ、申し訳ありません。借金に喘ぐ前から財政が厳しいアルビオン家のみなさんは、一流のワインの味など分からないでしょうなぁ」


 が、アータートン子爵は徐々に性格の悪さを披露し始めた。


「玄関にあった私の肖像画は見ましたか? 素晴らしいでしょう? あれも一流の画家に描かせたものです。やはり貴族なら、それなりの肖像画を残さねば。まあ田舎の男爵家には無縁な話ですかな」


「男爵も貴族ですが」と、パトラの父は言い返す。


「おお、そうでしたか。失念していました。ところでパトラ嬢は魔法庁にお勤めでしたな? 私も貴族として魔法を嗜んでいます。以前、魔法庁の者と軽く試合をしましたが……この国で最強の魔法師集団などと謳っていますが、やはりしょせんは役人ですな。余裕で勝てました。社会勉強として労働を経験するのは悪いことではありませんが、魔法庁にお勤めとは時間を無駄にしていると言うしかありませんな」


「魔法庁は立派な国家機関だと思いますが」と、パトラの母が言い返す。


「そう思うのは、やはり田舎の男爵家だからでしょうな。まあ田舎という以前に……なんですか、パトラ嬢のその顔は。酷いクマだ。正直、それでは勃つものも勃ちません。だから子を残すため、別に妻を作ります。そっちが正妻で、パトラ嬢は側室ということで。ああ、ご心配なさらず。それでも借金の返済は不要です。その代わり、アルビオン男爵が亡くなったら領地をいただきますが」


 アータートン子爵は言いたい放題だった。

 パトラは故郷を田舎と言われて腹が立った。が、それ以上に怒っているのは両親だった。こめかみに青筋が立っている。


「し、失礼ですが、アータートン子爵が戦ったのは、魔法庁でもかなりの下っ端でしょうな。パトラが相手だったら、そう簡単にはいかなかったでしょう」


「ええ、そうですわ。いざというとき娘を守れない人に嫁がせたくありませんし。いっそ、ここでパトラと試合なさってはどうでしょう?」


 なに言ってるんだ、私の両親は、とパトラは唖然とした。

 唖然としつつ、嬉しかった。


「……どういうつもりか分かりませんが、いいでしょう。久しぶりに魔法で戦いたいと思っていたところです。パトラ嬢もよろしいかな?」


 パトラは少し考えてから頷いた。

 両親が腹をくくったなら、自分もそれに乗る。


「はい。私より強い人じゃないと結婚しません」


「はは、冗談は顔だけにしていただきたい」


 そしてパトラとアータートン子爵は、庭で正面を向き合う。


「さあ。どこからでもかかってきなさい」


 その言葉に甘えて、パトラは風魔法を使った。

 アータートン子爵は天高く舞上がり、なすすべなく地面に落ちた。


「いだだだだだっ……貴様、いきなり卑怯だぞ。魔法の発動が速すぎる! 兆候さえ見えなかったぞ!」


 褒められているのか、罵倒されているのか。パトラは首を傾げた。

 分かっているのは一つだけ。

 アータートン子爵が弱いという事実だ。


「この程度の魔法に反応できない殿方と結婚するつもりはありません。この話はなかったことに」


「ふざけるな! たかが男爵家が! 債権は私の手にあるのだぞ。こうなったら毛穴の一つ一つまでむしり取ってやる!」


 そう。

 魔法の試合で勝っても、金の問題は解決しない。

 パトラは両親を見る。二人は無言で頷いた。

 領地を失う決断を後悔していないようだ。


「見合いの場にご無礼承知でお邪魔する!」


 突然、若い男の声が響いた。

 パトラがよく知る声……ヘリック王子の声だった。

 彼と、その同僚の騎士が幾人も庭にゾロゾロと入ってきた。


「ヘリック殿下!? いくら王族とはいえ、失礼ではありませんか!」


「だから、ご無礼承知と言った。そしてアータートン子爵、あなたを逮捕する」


 ヘリック王子は驚くべきことを告げた。

 アータートン子爵はミスリル鉱山の作業員を何人も買収し、意図的に事故を多発させていたという。

 またアータートン子爵は禁止されている奴隷売買をしているという噂があったが、その確固たる証拠も見つかった。


「ば、馬鹿な! その程度のことでなぜ騎士団が動く……」


「規模の大小は問題ではない。法に反していれば罰せられる。それだけだ。確かに見逃してしまっている罪人もいるが、いずれ改善し、全ての罪人を罰する」


「こ、こんなことで捕まってたまるかぁ!」


 なにを血迷ったか、アータートン子爵はヘリック王子に襲い掛かった。

 しかし、みぞおちに一撃を入れられ気絶。

 連行されていった。


 それだけでも大事件だが、ヘリック王子は目を丸くしているアルビオン男爵家の三人に、更なる重大事項を告げた。


「国王陛下の代理として、アルビオン家を男爵から伯爵に昇格させることをここに宣言する。理由は以下の通りである――」


 魔法の新理論の発表。強力なポーションを騎士団に安定供給。モンスター討伐への協力。

 ヘリック王子はアルビオン家の功績を語る。


「あの……それらは全て、パトラがやったことですが……」


 パトラの父親は遠慮がちに指摘する。


「パトラはアルビオン家の一員。その功績はアルビオン家に帰属する。ゆえに伯爵への昇格の理由となりえる。これは全て国王陛下の決定である。私は代理として告げているに過ぎない。まさか陛下のご意向に異議があるとでも?」


「め、滅相もございません!」


「では略式であるが、王子としてここに伯爵位を授ける。また借金の件だが、アータートン子爵が不正を働いていた以上、債権は改めて王立銀行のものとする。後日、王立銀行との間で、返済計画と事業計画を話し合っていただく。アータートン子爵の妨害がなければミスリル鉱山は確実に利益をあげるという試算から、王立銀行は追加融資も検討している。以上」


 ヘリック王子は踵を返して立ち去ろうとする。

 パトラの両親は現実に意識が追いつかず、ポカンと立ち尽くしたままだ。


「待ってください。ヘリック王子……本当にありがとうございます!」


「なんのことだ? 私は国王陛下の決定を告げたまでだ」


「けれど、陛下に掛け合ってくださったのはヘリック王子ですよね?」


「……君を失いたくなかったんだよ」


 ヘリック王子はパトラに背中を向けたままそう呟き、今度こそ立ち去った。

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