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02 王子に髪を直してもらう

「おはよう、パトラ。さっきは酷いじゃないか。俺を無視していくなんて」


「おはようございます、ヘリック王子。えっと、無視したつもりはなくて……せっかく綺麗な人たちがいるのに、私なんかがそばにいたら気分を悪くするかと……」


「やれやれ。君はまたそういうことを言う。確かに彼女らは綺麗だよ。けれど化粧が上手なだけかも知れない。俺はパトラのほうがずっと綺麗だと思うけどなぁ」


「お戯れを……」


「嘘じゃないのに。ところで、モンスター討伐に行くからポーションを頼みたいんだけど」


「それならもう用意しました。十二本で足りますか?」


「おお、ありがたい! パトラのポーションは市販のよりずっと効くから、騎士団で評判がいいんだ。千切れた腕がくっつくポーションなんて、ほかじゃ聞いたこともないよ」


「えへへ。そう言っていただけると嬉しいです」


 綺麗というのはお世辞に違いないが、魔法や錬金術に関しては自信があるので褒められると素直に嬉しい。


「その笑顔。それが最高にかわいい」


 そうヘリック王子に言われると、お世辞だと分かっていても気持ちが高ぶるから、我ながら安い女だと思う。


「そして魔法の技術と反比例するように、身だしなみは駄目駄目だ。さっきの人たちみたいに厚化粧はしてほしくないけど、寝癖ぐらいは直そうよ」


「ご、ごめんなさい……けど昨日は徹夜で読書してて一睡もしてないので、寝癖ではないです……」


「いくらなんでも少しは寝たほうがいいと思うけど……まあ君らしいや。椅子に座りなよ。髪をとかしてあげる」


 パトラは言われるがまま椅子に座り直した。その後ろにヘリック王子が立ち、懐から出したクシを、跳ね返りまくった髪に通していく。

 自分でやっても絡まるだけなのに、ヘリック王子にやってもらうと不思議とサラサラになる。

 女として情けない。

 そもそも王子にこんなことをやらせるなという話だが、拒否しても本人がやりたがるのだ。頑なに断るのも不敬なのでパトラは諦め、この贅沢に身を任せることにしている。


「前からお尋ねしたかったのですが、ヘリック王子はいつもクシを持ち歩いているのですか?」


「いいや、パトラに会いに来るときだけだよ」


「はあ……申し訳ありません。そんなに私のボサボサ髪が不愉快でしたとは……」


「不愉快じゃないよ。むしろボサボサが酷い日は、強敵に相まみえた気分になって、腕が鳴る」


 どうやら遊び感覚のようだ。


「はい、完成」


「いつもありがとうございます」


「ポーションのお礼としては安いものさ。本当に代金はいらないの?」


「魔法庁からお給料をいただいているので。モンスター討伐、頑張ってください」


 パトラは椅子を動かし、ヘリック王子に向き直る。


「ああ。万が一、モンスターの攻撃を喰らっても、パトラのポーションがあれば安心だよ。次も、そのまた次も頼む」


 ヘリック王子は眩しい笑顔で言う。

 いつものパトラなら、はにかみながら頷くのだが、今日はできなかった。


「あの……もうポーションを作って差し上げられないかも……」


「……………………ん? どういう意味だい?」


「実は、見合い話が来ていて……おそらく結婚して、魔法庁を辞めると思います」


「なんだって!」


 ヘリック王子は大声を出した。

 パトラが知る限り、彼がこんなに声を荒げたのは初めてだ。


「済まない、驚かせた。けど俺のほうが何倍も驚いてる。見合いだって?」


「……相手はアータートン子爵です。私の家はアータートン子爵に多額の借金をしています。正確には、王立銀行からの借金なのですが。それを返済できる見込みがなく、痺れを切らした王立銀行が債権をアータートン子爵に売ってしまいました」


「確か、アルビオン男爵領でミスリルの鉱脈が見つかって、その採掘のために借りたんだよね?」


「はい。けれど採掘は想像以上に難しく、事故が続き、ミスリルがまるで採れず……」


 債権とは、端的にいえば金を請求する権利だ。

 王立銀行から借りたのだから、本来ならアルビオン家に金を請求する権利は、王立銀行にある。

 しかしミスリル採掘の大幅な遅れから、王立銀行は借金の回収が不可能と判断した。

 いわゆる不良債権である。

 なので王立銀行は、債権をアータートン子爵に売ってしまった。


 もともとの債権が百とすれば、七十とか六十とか、あるいはもっと低い額で取引されたはずだ。

 回収不可能のままだったらゼロ。それが半分でも取り返せれば王立銀行としては御の字。

 そして債権を買った側は、借金を回収する自信があるから買うのだ。銀行がやれないような汚い方法を使ってでも――。


「アータートン子爵は、借金をなかったことにしてもいいと仰いました。その条件が、私との結婚。それと、現アルビオン男爵の父が亡くなったら、その領地をアータートン子爵領の一部にすることです」


「アータートン子爵……いい噂を聞かない御仁だぞ。狙いはミスリル鉱山を手に入れることか。しかし事故が続発する採掘困難な鉱山を、そんなに欲しがるものかな。いくらミスリルが貴重とはいえ……もしかして、純粋にパトラとの結婚を望んでいる? 俺以外にもパトラの魅力に気づく男が出てきたか……」


「あの、ヘリック王子。私そのものを欲しがっているというのは絶対にあり得ないと思いますけど」


「絶対とは言い切れないだろう。現に俺は……いや、今この話はやめておこう。それで、君自身は結婚したくないんだね?」


「だって結婚してここを辞めたら、思うように魔法の研究ができなくなります。けれど私はもう十五歳。婚約者がいないのは貴族の娘として遅いのは確かですし……アータートン子爵のお誘いを断れば、破産するしかありません。おそらくアータートン子爵はすぐに領地を差し押さえ、私の家族は路頭に迷います」


「路頭に迷うと言っても、君は働いている。ご両親をしばらく養うくらいできるだろう。無理そうなら俺が援助する。パトラ、君は俺に必要な人なんだ。どうかその見合いを断ってくれ。自分より強い男じゃなきゃ結婚しないとかなんとか口実をつけて……」


 ヘリック王子は跪き、懇願するように言った。

 パトラは心臓が跳ねた。

 もちろん彼は、便利なポーション調合係を必要としているだけ。女としてのパトラは眼中にない。

 けれど、見合いの相手がこの人だったら、と妄想するのは楽しかった。


 とはいえ妄想にしてもリアリティがない。

 男爵家では王子の相手として格下すぎる。せめて伯爵くらいでないと。

 それ以前にパトラ自身がヘリック王子に相応しくない。


「ヘリック王子殿下。お顔をあげてください。そう言ってくださるのは魔法師として、とても光栄です。ですが私はアルビオン男爵家の娘として、アータートン子爵と結婚しようと思います」


「そうか……だが俺は信じる。君はたとえ家のため、家族のためでも、魔法の研究を捨てられない人だと」


 そう言ってヘリック王子は一ダースのポーションを鞄に詰めて、第二資料室を立ち去った。

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