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11 魔族

 そのシルエットは人間のそれに近かった。

 しかし紫色に変色した肌。爛々と赤く光る瞳。鋭い爪と牙。そして背中から生えた黒い翼――。

 魔族である。


 魔族は時計塔の壁を垂直に駆け下り、パトラの頭上に腕を振り下ろしてきた。

 恐ろしい速度だった。

 もし完全な奇襲だったら、パトラは為す術なく致命傷を負っていたかもしれない。


 が、今宵はパトラからの誘いだ。

 当然、もてなす準備は万全である。


 パトラの足下の石畳がぐにゃりと変形し、長さ二メートルを超える矢となった。

 その数、九本。

 真上に同時に発射され、迫る魔族に直撃した。


「貫けない!?」


 魔族を石の矢によって上空へ押し戻すには成功したものの、その皮膚に傷一つつけることさえできなかった。

 そして魔族は両腕を使って石の矢を全て砕き、翼をはためかせて、パトラへ再度の突進を始めた。


「させるか」


 そう呟きなら魔族の首に剣を振り下ろしたのはヘリック王子だ。

 翼を持つ相手に空中で肉薄しただけでも驚異的だが、その上で首を正確に狙う技量は神業としか言いようがない。足場がないのに斬撃の鋭さは文句のつけようもなく完璧だった。


 が。

 それでも魔族は身を捻り、首の切断を免れた。

 本当に薄皮一枚だけで繋がっている。

 人間ならば即死の傷であり、頭部の重さで皮が千切れる。事実上、両断されたのと同じだ。

 しかし魔族は人間ではない。

 凄まじい速度で再生し、傷など最初からなかったかのように元通りになってしまう。


 ヘリック王子はパトラの隣に着地した。

 魔族は少し離れた場所からこちらをうかがう。


「ティム! もうやめろ!」


 クリフトンの叫び声が響き渡った。

 それで魔族の注意がそれる……ということもなく。

 魔族はひたすらパトラを睨んでいた。


「俺ノ作品ニ……シテヤルゾ……!」


「ふざけるな。パトラは俺のものだ。貴様に指一本触れさせるものか」


 そのヘリック王子の言葉にパトラはキュンとしたが、そんな場合ではないと即座に思い直す。


 魔族がまた飛ぶ。

 足場のない空中戦は分が悪い。ならば足場を作ればいい。


「ヘリック様、使ってください」


 パトラは再び石の矢を発射した。

 それらは魔族に向かわず、一見デタラメな軌道で空中を飛び回る。


「助かる!」


 ヘリック王子はパトラの意図を瞬時に察してくれた。

 そして彼は空中の石の矢を次々と蹴り、魔族との距離を一気に詰める。

 翼で空気を叩いて飛ぶのと、石を足で蹴って進むなら、当然、後者が速い。

 しかし魔族に焦った様子はない。最初から逃げるつもりがないのだ。


 魔族から全方位に衝撃波が広がった。

 スプーンですくったように地面が抉れる。その被害は周りの建物にまで及んだ。

 クリフトンたち魔法師は脱兎のように逃げていく。

 パトラは逃げず、防御障壁で自分を守る。

 そして最も至近距離から衝撃波を喰らったヘリック王子もまた無傷。なんと彼は剣に魔力を乗せ、衝撃波を切り裂いたのだ。


 まさかそんな方法で衝撃波を無力化されると思っていなかったのだろう。ここでようやく魔族の顔に驚きが浮かび上がる。


「これで終わりだ!」


 ヘリック王子の剣が、魔族の喉元を狙って突き出された。

 魔族の爪がそれを弾き、切っ先をわずかにそらした。

 刃は首をかすめるにとどまる。

 しかしヘリック王子はその程度、想定していたらしい。

 一瞬も迷わず、そのまま剣を真横に振り抜いた。


 さっきとは比べものにならないほど刃が深く入り込む。

 魔族の頭と胴体は完全に離れる。

 ヘリック王子は間髪入れず、今度は剣を垂直に振り下ろした。

 魔族の体は左右に綺麗に分かれ、地面に落ちる。


 だが、ここまでやっても魔族は死なないのだ。

 放っておけば、また再生してしまう。

 ゆえに封印が必要なのだ。


「お願いします!」


 パトラは光魔法を使って、五隻の飛行船に合図を送る。

 飛行船に搭載されている魔法装置が起動。上空に光の線が走って行く。

 町を飲み込むほど巨大な五芒星だ。


 五芒星は地上に横たわる魔族に、全魔力を注いでいく。

 飛行船にため込んだ魔力。搭乗している魔法師たちの魔力――。

 それらを合わせれば、いかに相手が魔族だろうと勝てるに違いない。

 パトラはそう信じたかった。


 しかし。

 魔族は体を引き裂かれ、都市規模の封印魔法に飲み込まれたというのに、まだ動いていた。

『嘘つき……絶対に許さない!』という短編を投稿しました。

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嘘つき……絶対に許さない!

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