10 囮作戦
ティムという若者が魔族に変貌してから、街のいたるところで殺人事件が起きている。
男女ともに被害にあっている。
ただし両者の死体には、著しい違いがあった。
女性の死体は念入りに解体され、そして手足を逆に繋ぎなおしたり、皮膚を全部裏返したりと、異常な殺され方をしていた。悪趣味極まるが、どこかアートじみた思想さえ感じる。
一方、男性の殺され方は雑だ。急所を一撃で貫かれている。目撃されたので仕方なく殺したという様子だ。
魔族の行動パターンは、素体になった者に影響されるという説がある。
そして今ほどのペースではないが、魔族出現以前から猟奇殺人が起きていたらしい。
ならば、その犯人はティムで、魔族になったことでエスカレートしたのでは……パトラはそう思ってしまった。が、証拠はなにもないし、口にすればクリフトンを怒らせるだけだろうから、黙っていることにした。
レイラウドの街には立派な美術館がある。
早朝。女性の猟奇死体が展示されているのが発見された。
パトラは、自分が到着してから起きた殺人事件に心を痛めた
「いや、だからってパトラが囮になることはないだろう!」
ヘリック王子は必死の形相で言うが、パトラは考えを改めるつもりはない。
作戦を端的に言い表せば、新聞を使った『挑発』である。
まず、パトラ・アルビオンという魔法庁の職員が、王都から事件解決のために派遣されたことを、大々的に新聞記事にする。写実的なパトラのイラストも載せてもらう。
「女性ばかりを狙って猟奇殺人を繰り返す魔族は、いかに魔力が強かろうと精神的には弱者であり、変質者だ。しかも猟奇死体を芸術だと思っているようだが、ただ残酷ならそれでいいという下劣な感性で、美意識の貧困さを感じる。あのような死体を美術館に飾ったところで、ほかの美術品の素晴らしさが際立つだけ。アンダーグラウンド・アートを好む者でも、興味を示さないに違いない。魔法庁は幼稚な感性の魔族に後れを取ったりしない。今夜からパトラ自らパトロールを行い、速やかに魔族を見つけ、殲滅する」
と、インタビューに答えてやった。
魔族が死体の芸術性にこだわっているなら、そこを突けば絶対に反応するはずだ。
「そりゃ反応するだろうさ。このパトラのイラストは素晴らしすぎる……切り取って額に入れて飾りたいくらいだ。せめて目の下のクマを強調するとか、髪をボサボサに描くとか……」
「クマはファンデーションで誤魔化しましたし。髪はちゃんととかしましたし。そもそも、魔族を誘き寄せるのが目的なんですから、本物よりも綺麗に描くのは当然じゃないですか」
「なにを言っている! 本物のパトラのほうが十倍は綺麗で可愛いぞ! 逆に言うと、このイラストはパトラの魅力を一割も表現できている……この絵を描いた人を宮廷画家としてスカウトしようか……」
「ヘリック様。論点がズレてます」
パトラはつとめて冷めた声色で指摘した。そうしないと嬉しくて飛び跳ねてしまいそうだったのだ。
「パトラを危険な目に合わせたくない……よし。俺が女装して囮になるというのはどうだろう?」
「落ち着いてください。お顔は大変美しいので問題ありませんが、首から下がたくましすぎます」
ヘリック王子の提案は全て却下し、刷った新聞を街中にばらまいた。
そして夜。
パトラは予定通り、一人で大通りを歩く。
もちろんヘリック王子や、クリフトン率いる魔法師隊、衛兵たちが影ながら見守っている。
十二時を告げる鐘が鳴る。
その瞬間、膨大な魔力の気配が、時計塔の上からパトラへと襲い掛かった。