01 今日もお仕事
短編を連載版にしたものです。5話までは短編と同じ内容です
「ねえ、ねえ。パトラ・アルビオンが歩いてるわよ。今日もぼっさぼさの髪。白髪だから老婆にしか見えないわ。まだ十五歳のくせに」
「しかも前髪がやたら長くて不気味だし。前髪の下からでっかいクマがチラチラ見えるし。ほんと不気味よね」
「あんな駄目そうな奴がどうして魔法庁で働いてるの? アルビオン家って田舎の男爵だからコネってわけでもないでしょうに。ってか、パトラってここでなんの仕事してるの?」
「確か、第二資料室ってとこにいるらしいわよ」
「えー、ウケる。いかにもな閑職じゃない。魔法庁はエリートだけで構成してほしいわよね。ああいうのが混ざってると、こっちまでやる気なくなっちゃう」
登庁したパトラは、いつものように女性職員の悪口を聞きながら廊下を歩く。
一言も言い返さない。
我慢しているのではなく、本当に気にしていなかった。
パトラの頭の中では、いつも魔法理論が渦巻いていて、悪口などに興味を向ける余裕がないのである。
とはいえ他人にまったく興味がないというわけでもない。
憧れの男性だって、一応、いる。
「おはよう、パトラ」
廊下の向こうから、その人が歩いてきた。
金髪碧眼の長身。誰もが息を呑むような美形の男性。
そんな絵から飛び出したような人が声をかけてくれたので、パトラは声を詰まらせ、挨拶が遅れてしまった。
その隙に女性職員たちがパトラを追い越し、その男性に殺到する。
「おはようございます、ヘリック王子! 今日も凜々しいお姿ですね!」
そう。
彼は外見が気品溢れているだけでなく、この国の第六王子という身分を持つ、いわば完璧な人間であった。
たかが男爵家の娘のパトラからすれば、雲の上の人。
同じ空気を吸えるだけでも名誉なのだ。
「今日はどんなご用で魔法庁に? 私たちでよければ対応させていただきますわ!」
「ありがとう。けれど先を急ぐから、通してくれないかな」
「そう言わずに、少しだけでも!」
ヘリック王子を取り囲む女性たちは、若々しくきらびやかだ。
対するパトラは十五歳なので、実年齢はむしろ幼い。なのに見た目は酷い。
睡眠時間を削って魔法の研究をしているので、目のクマは酷くなる一方。それを隠すために前髪を伸ばしたら幽霊みたいになった。
服は実家の母が見繕って送ってくれるので、それだけは真っ当だ。そうでなかったら老婆というより浮浪者に間違われるかもしれない。
せっかく綺麗な女性たちに囲まれているのに自分なんかが邪魔しては悪いと思い、パトラはヘリック王子の横を無言で通り過ぎた。
そして『第二資料室』の扉を開ける。
中は静寂が支配していた。
こここそが自分の居場所だ、とパトラは安堵する。
端が見えないほど遠くまで続く本棚の樹海。
そこに並べられているのは書籍だけでなく、珍しい薬草や鉱石、ミイラになったモンスターの生首、怪しい色の液体が入ったガラス瓶などなど。
知識がない者はただ不気味としか感じないだろうが、パトラにとって宝の山である。
「よし。今日もお仕事開始」
大半の人は、仕事を面倒に感じるらしい。
ならば、心底から楽しめる仕事に就けたパトラは幸運だ。
この部屋に来ると、頬が勝手に緩んでしまう。
パトラは実力を認められ、この部屋を一人で任された。なにをやっても自由。楽園だ。
もうすぐこの部屋とお別れかと思うと、胸が締め付けられる。
棚から何種類かの薬草を取る。
機械で測らなくても、手づかみで適切な分量が分かる。
それらと空のガラス瓶を机に並べ、魔力を流す。
すると薬草は粉になってガラス瓶に吸い込まれ、そして青い液体になった。飲む傷薬、ポーションだ。
同じ作業を繰り返し、一ダースのポーションを完成させる。
それが終わると同時に、ドアがノックされた。
「パトラ。俺だ、ヘリックだ。入れてくれるかな?」
「ヘリック王子! はい、どうぞ!」
パトラは立ち上がると同時に、魔力を飛ばす。すると手を触れていないのに鍵がガチャリと開いた。