『肆』
「――これで、終わりだぁッ!!」
"牛の首企画”参加者による、渾身の名作ホラー紹介の数々。
――正直言うと、『自分の命が懸かっている状況下で、それを選ぶのってどうなの?ギャグじゃない?私はまだ観たことないけど、『仄暗い水の底から』みたいな有名どころのタイトルでも私は全然納得できたし、なんなら『学校の怪談2』でも十分にホラーとしてカウントしてたよ?マジで」というセンスの作品もオススメの中にありましたが、それでもやはり、『カルト』や『来る』のようなテンションが跳ね上がる異能少年バトル漫画よりの名作や、『呪詛』、『女神の祝福』のガチ恐怖ラッシュによる連撃が、やはり凄まじく強かったようです。
「……カハッ!」
己の口から、盛大に血を吐き出す私。
どうやら、企画参加者達による全身全霊のホラー名作紹介が私の命に届いたらしく、私の胸部には向こう側が見えるほどの大きな穴があけられていました。
……このままいけば、おそらくあと僅かな時間で私は命を落とすことになるでしょう。
それでも倒れまい、とよろめく私とは対照的に、企画参加者達は歓喜に沸き立っていました。
「やった~~~!!俺達の名作ホラー紹介が、アイツの命ごと邪悪な企みを打ち破ったんだ!!――これで、こんな辛気臭い閉鎖空間とやらからさっさとおさらば出来るぜ!」
「嬉しい……♡これで、やっと私達も解放されるのね!!」
視界に映るのは、死闘を制したことによる安堵から涙を流して喜んだり、自分なりの勝利を全力で表現したり、互いの健闘を称え合う企画参加者達の姿。
そんな彼らを見ながら、思わず口の端からフフッと笑みがこぼれる。
――あぁ、私にとってこの光景は、まさにあの頃の肝試しと全く変わらないもの。
だからこそ、これからの行動になんら迷いを抱かずに済む。
「……なぁ、オイ。アイツを倒したはずなのに、全然何も変わってないんじゃないか、コレ……」
「……ウソでしょ……え、なんで!?アタシ等これで助かるはずじゃなかったの!?」
何も異変が起きないことにようやく気付いて、彼らが慌て始める。
「オイ、テメェッ!!コイツは一体全体どういう事だってんだ!?聞いてた話と違――」
最初に私に気づいた青年がこちらに語り掛けてきましたが、すぐに彼は驚愕に目を見開きながら絶句することとなりました。
彼が見つめる先。
その瞳には、巨大な"殄戮法師”様の姿を背に両手を大きく広げながら瀕死の状態で佇む私と、その頭上で禍々しいオーラを放ちながら胎動する十個の球体が映っていました。
彼だけでなく、他の全員が呆気に取られている中、私は吐血しながらも彼らに語り掛けます。
「……実は貴方達に黙っていましたが、"殄戮法師”様を完全顕現するために足りなかったのは、その身体を動かすための"動力”だけではありません。"殄戮法師”様を単なる暴力装置ではなく、なろうホラージャンルにおける真の恐怖の象徴にするためには、力をどのように使用するかを定める"指向性”が必要だったのです」
そう言いながら、私は自身の頭上に展開している十の球体を見つめます。
「そのために、私が用意したのがこの球体です。……貴方達"牛の首企画参加者”による命にまで届く渾身の名作ホラー映画紹介。それらを私の術式によって、指向性のある恐怖として私の中でまとめあげた後に、具現化することに成功したのです……!!」
私の意思に呼応するかのように、十の球体がいっせいに鈍く怪しい輝きを放ちながら頭上で回転し始めました。
「コココッ、心より礼を申し上げまするぞ……貴方がたの名作ホラー紹介によって、全ての命ある者にとって等しく訪れる最大の恐怖の対象である"死"という指向性として纏め上げる事が出来申した!!――"動力"と"指向性"。これらが揃ったことにより、よう〜やく!"殄戮法師”様を完全に起動する事が可能となる……!!」
この場にいるなろうユーザー達によって、形を成した絶大なる"死"の具現。
“鏖殺”――、“殲滅”――、“粛清”――、“排斥”――、“弾圧”――、“抹消”――、“浄化”――、“根絶”――、“淘汰”――、“殄戮”――。
『人は十の数に、王の影を見る』という言葉にもある通り、まるで威容を示すかのような十の指向性に満ちた球体が殄戮法師の腕へとそれぞれ一つずつ、掌からズブブ……ッと取り込まれていく。
その様子を眺めながら私は、"殄戮法師”様の絶大な力によってもたらされるであろう、仮初めの賑わいを超越した真なる恐怖の幕開けをひしひしと感じます――。
確かな未来を夢見て残り少ない命の灯火を煌めかせる私とは対象的に、企画参加者達はみな青褪めた表情をしながら、いっせいにざわめき始めました。
「な、なんだよそれ!?……"動力"って一体どういう事だよ!?俺達が命に届くほどの名作ホラー映画を紹介出来たら、閉鎖空間から開放する……って言い出したのはテメェだろうが!約束を破る気かよ!!」
「私達を騙していたなんて……酷すぎるッ!!」
そのように鬼気迫る表情で、私を口汚く罵倒してくる企画参加者達。
……正直に言うと、彼らが何に対してそこまで怒っているのかがよく分からないのですが、それでも私は皆の理解を得ようと真摯に語りかけます。
「いいえ、私は貴方達に嘘をついてなどいませんよ?……貴方達にはここまで完全顕現に協力して頂いた以上、もちろん約束通り全員閉鎖空間から開放して差し上げますよ。……世界を蹂躙する"殄戮法師”様の一部として、ね」
あの段階では彼等の命を無理に奪ったところで、"殄戮法師”様が暴走するだけの結果になるのは目に見えていたため、それならばと、彼等自身によるプレゼンを通じて"指向性のある恐怖の具現"も抽出しようと思いついたまでのこと。
これから外界にてその絶大なる権能を振るう事になる殄戮法師様に、彼らの命を捧げて取り込ませる。
こうする事で企画参加者全員が、約束通りこの閉鎖空間を脱出する事が出来る……。
私の大望も彼らの要望も叶った完璧な計画であるにも関わらず、私の眼前は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していました。
「い、嫌だ〜〜〜!!……こんなところで死にたくねぇ!」
「さっきは色々酷い事言っちゃったかもしれないけど、実はアタシは貴方の熱烈なファンだったの!……だ、だから、こんだけ閉鎖空間やらデカい化け物を生み出せるくらいの力を持ってんなら、アタシの事だけは見逃しなさいよッ!!」
泣きわめいたり命乞いをしてきても、もう遅い。
案の定、喧騒はすぐにやむこととなりました。
「……ッ!?カ、カヒュッ……!」
「アガ、グッ……!」
そのような短い呻きとともに、企画参加者達が次々と倒れていき――やがて、誰一人として動かなくなりました。
そんな彼らと連動するかのように、それまで私の背後で座していただけの殄戮法師様が、轟音を響かせ辺り一面を衝撃で震わせながら遂に動き始めました。
巨大な体躯に左右五本ずつの合計十に連なる剛腕を生やした異形の化身。
最初からそこに何もなかったかのように頭部だけがごっそり存在していないのに、全身は汚濁が波打ったかのようなドス黒さと鮮血が混じったかのような深紅の色合いに染まりながら、ドクン、ドクン、とこれまで以上に力強く脈を打ち続けています。
私は振り返りながら、その邪悪さを通り越した荘厳な御姿を瞳にしかと焼きつけました。
私の目論見通り、"指向性"を得た事で己が何をすべきか理解した"殄戮法師”様はその御力によって、企画参加者達の魂を一人残らず取り込まれたようです。
"指向性"と"動力"。
それらを取り込んだ事によって、殄戮法師様の肉体は、絶滅を願う清らかな意思と、地獄へ向かう確かな躍動感に満ち溢れていました。
臓腑に穴が開き息も絶え絶えになっていましたが……だからこそ私は、自身の悲願を達成するための最後の仕上げへと取りかかります。
「――さぁ、殄戮法師様!!この私の命が尽きる前に!……その欠けた頭部へと、私を取り込むのですッ!!」