『弐』
「――という訳で、皆様にはその命を捧げて頂きま〜〜〜す♡」
「何わけわかんない事言ってんのよ、アンタ!?」
「ふざけんじゃねぇッ!!さっさと俺達をここから出しやがれッ!!」
そのように高台から演説する私に向けて、眼下にいる多くの人達から瞬時に怒号や狂乱といった心ない言葉が投げつけられてきました。
彼らはみな、"牛の首"企画に参加したなろうユーザー達であり、私の呪法によってこの閉鎖空間へと強制的に招かれた現状を把握しきれないあまり、ひどく混乱しているようでした。
……ですが、その騒乱も長くは続きませんでした。
彼らはようやく私の背後に気づくと、それまで叫んでいたのが嘘のように絶句しながら、驚愕の表情を浮かべてその場に固まってしまいました。
そんな彼らの表情を満足げに見やりながら、私は口の端を釣り上げた笑みを浮かべます。
誰もかれもが私の背後から視線を逸らせない状況の最中、意を決したように企画参加者の一人が私へと訊ねてきました。
「な、なんなんだよ……一体、そいつはなんなんだよぉッ!?」
その叫びこそが、私を除くこの場にいる者達全てを代表する問いかけだったに違いありません。
彼らが見つめる先にいたのは、巨大な体躯に左右五本ずつの合計十に連なる剛腕を生やした異形の化身。
最初からそこに何もなかったかのように頭部だけがごっそり存在していないのに、全身は汚濁が波打ったかのようなドス黒さと鮮血が混じったかのような深紅の色合いに染まりながら、ドクン、ドクン、と力強く脈を打ち続けている。
生命として、絶対にありえないはずの構造。
この世ならざるモノ、まさに"魔神”とでも形容するしかない存在。
企画参加者達の無言の中に込められたそのような畏怖を存分に感じながら、私は彼らの想いに応えるかのように、見方によっては残酷に思えるかもしれませんが――それでも唯一の"救い”ともいえる真実を高らかに告げました。
「――この方こそが!!……"仲良しこよし”なる円環に満ちた既存の理を滅ぼしつくし、なろうのホラージャンルに真なる"恐怖”をもたらすために我が禁術によって顕現を果たした大いなる魔仏――外道尊・"殄戮法師”様なりッッ!!!!」
「げ、外道尊……」
「殄戮法師、だと!?」
極限まで凝縮された殺意と、その根底に宿る悲壮なまでの切なる祈り。
それらをこの魔仏の名から感じ取ったのか、企画参加者達はただひたすらに圧倒されていたようでした。
そんな彼らを見やりながら、私は眼下に向けて語り掛けていきます。
「……とはいえ、"殄戮法師”様は、この閉鎖空間内で実体を得ただけの状態。今のままでは活動するための肝心の"動力”が足りていないのです。――ゆえに、そのための糧として貴方達牛の首企画参加者の命を殄戮法師様の中に取り込み、完全にして絶大なるその御力で『なろうのホラージャンルこそが真の"恐怖”である』と証明して頂くのですッッ!!!!」
「勝手な事言ってんじゃねぇぞ!?このクソヤロ―ッ!!」
「こんなのあんまりよ……アタシ、死にたくないッ!!」
私に向けて、眼下の企画参加者達が口汚く罵倒してきます。
それらを黙って聞きながら、私は静かにため息をつきました。
……何も、私は崇高やら高尚な理想とやらを掲げているわけなんかじゃない。
私の主張はどこまでも人間としての血と肉の通った道理であるにも関わらず、何故、ここまで頭ごなしに否定されなければならないのか理解できない。
……私は何一つ間違ったことなど言っていないはずなのに……どうして……どうして。
ですが、そのように嘆いたところで意味はない、と自身に言い聞かせます。
私なりに真摯に彼らの理解を得ようと説明をしてみましたが、今のこの場の狂乱ぶりでは、彼等の命を殄戮法師様に捧げるどころの話ではなさそうです。
ゆえに私は、彼らが納得できるようにある条件を提案することにしました。
「……良いでしょう。それほどまでに自身が置かれている現状が気に入らないというのなら、一つ貴方達にチャンスを差し上げます――それをどうするかは、貴方達次第です……!!」
「チャ、チャンスだって……?一体、僕達に何をやらせるつもりなんだ!?」
「フフフッ。何、難しい話ではありませんよ。……ただ単に、貴方達には私が観ることの出来なかった『哭声/コクソン』(字幕版)に代わるだけの名作ホラー映画を、十作品ほど紹介して頂きたいのです……!!」
「――ッ!?名作ホラー映画を、十作品もだって!」
他のなろうユーザーから、「そんなのただの八つ当たりじゃねーか!」といった意見があがりましたが、私は一切動じることなく、彼らに向けて話を続けます。
「"出来ない”などとは言わせませんよ?貴方達が単なる馴れ合い感覚であの企画に参加したわけではなく、本当にホラー作品を愛する者ならばこれくらいは出来るはずですからね。……もっとも、私も鬼ではありませんので、こちらを満足させるような――それこそ、この命にすら届くほどの名作ホラー映画を紹介する事が出来たのなら、閉鎖空間から貴方達全員を開放する、と約束しましょう……!!」
その発言を聞いた瞬間、それまでの狂乱とは異なる形で企画参加者達がざわつき始めました。
彼らの表情からありありと浮かんでいるのは、「この状況から、脱出出来るかもしれない」という希望と、「とはいえ、自分達が名作ホラー映画を紹介出来るだろうか……?」という微かな不安。
……実際彼らの懸念通り、私の『哭声/コクソン』(字幕版)を求める心を満たすような名作ホラー映画など、個人企画で慣れ合いをしてきただけの者達が紹介出来るとは到底思えません。
ですが、それでもなお最後の希望に縋るかのように、これまでの怒りや怯えとも異なる強い意思が込められた瞳で彼らは私を睨みつけてきました。
「良いぜ……こうなったら、俺達全員による本気の"名作ホラー映画十選”!!――存分に、オススメし尽くしてやらぁッッ!!!!」
そのように、こちらに向けて啖呵を切る企画参加者の一人。
周囲の者達もそれに続くように、頷きを返しています。
そんな彼らの様子を見ながら、私は思わず自身の口の端が吊り上がるのを感じていました――。
――かくして、"牛の首企画”に参加した者達全てによる、私に向けての命を賭けたプレゼンの幕が切って落とされた。
――外法の果てに顕現した魔仏を前に、人の祈りは届くのか。
――現在この場においてその答えを知る者は、まだ誰もいない……。