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『壱』

 ――どうにもここ最近、本気になりきれない。





 最近の私は連載作品にしろ短編にしろ、自作品のアイディアはしっかりあるのに、どうにも執筆する意欲が湧いてこない……という日々が続いていました。


 なろう作家として活動する以上、このままでは非常によろしくない。


 そう判断した私は、何か本気になれるものを探して久しぶりにこの『小説家になろう』というサイトを覗いてみることにしたのです――。









 ……サイトを開いた瞬間、私は愕然とさせられました。


 そうなるのも無理はありません。


 何故なら、ホラージャンルの表紙をあるタイトルがびっしりと埋め尽くしていたからです。



 そのタイトルとは――"牛の首"。



 牛の首とは、「語るだけでも恐ろしいことが起きてしまう」という事以外、全く内容が分からないとされている都市伝説……らしいです。


 私が遭遇した光景は、その"牛の首"という有名な都市伝説を題材にした作品を、タイトルを"牛の首"(別表記も可)縛りで募集する企画を起ち上げた結果、ホラージャンルのランキングを席巻することになったのが実情のようです。


 この企画に関しては、参加者の間で「同じタイトルが、こんなに並んでるなんてスゴーイ!」とか「これでホラージャンルの活性化につながったことは間違いなし!!……我等の圧倒的な結束の力を前に、は、は、激しく!~~~感服いたしたッッ!!!!」という盛り上がりの声がある一方で、それを否定したり疑問視したりする方々からは「企画参加者同士でポイント入れ合って、公式企画開催中のホラージャンルを荒らす事が"実力”とやらなんすかね?」とか「タイトル表記はせめて"牛の首”だけに統一しろや……せっかくの"ジャック”っていう手法なのに、ひらがなやらカタカナが混じると見栄えが中途半端になってガン萎え不可避」といった意見が、エッセイジャンルを中心に出ていたそうです。


 ……ですが私からすれば、それらの意見は全ておためごかしや後づけの理由くらいにしか思えませんでした。


 何故なら、それよりももっと原始的な部分かつ強い感情において、私は『絶対にこの"牛の首企画”を叩き潰さなければならない』と確信していたからです。










 ――忘れもしませぬ、あれは拙僧が小学六年生だった頃……。


 そのとき私は、学校の夏合宿でクラスの肝試し大会に参加することになりました。


 1チーム4人に割り振られたメンバーとともに、途中でお化けの仮装をした先生方がいるコースを回りながらゴールを目指す……というごくシンプルなルールのイベントでした。


 私達のチームはくじの結果、5番目くらいと遅めの出発となったのですが……道を進んでいくうちに、すぐに違和感に気づくことになりました。


 前方を見れば、いくつもの人影が群がっていました。


 それは、紛れもなく私達の前にスタートしたはずの同級生達。


 肝試しなだけに恐怖で立ちすくんでいる……という訳ではなく、彼等の顔には一様に困惑の色がありありと浮かんでいました。


 皆に囲まれるように中心にいたのは、当時のクラスでも上位の可愛さを持った女子だったのですが、彼女は何やらしくしく…と泣いていたのです。


 周囲から話を聞いたところ、最初らへんに出発したのが彼女のグループでしたが、開始してすぐにその子がまだお化けに扮した教員に遭遇する以前の段階で、その場の雰囲気が怖くて泣きだしてしまい、それを心配したグループの友人ともどもその場から動けなくなってしまった……との事でした。


 小学生ながらにあーだこーだ話し合った結果、その子を置いていくわけにはいかないため、私達はその子が安心できるようにその場にいる全員でゾロゾロと、ゴールまで肝試しのコースを進んでいく事になりました。


 当然、そんな状態だったので"肝試し”であるにも関わらず、微塵も怖さなどありません。


 別に本物のお化けが出てくることなど期待していませんでしたが、それでも子供心ながらにそういう"肝試し”というイベントの臨場感と言うか雰囲気を友人達と楽しむのが、如何にも『思い出作ってる~!』な感じだと期待していただけに、この特に毒にも薬にもならない体験は激しく期待外れでした。


 私がその泣いていた子と親しくなったわけでもないため、なおさら余計に……。









 そういった悲痛な過去を持つ私だからこそ、今回の"牛の首"企画による光景にはショックを隠し切れませんでした。


 他のエッセイジャンルなどでの寡占行為ならば、それはただ単に共依存と自己顕示欲からくる腐敗かもしれませんが、この"ホラー”というジャンルにおいて、子供だった私が密かに楽しみにしていた肝試し大会を蹂躙し尽くした"仲良しこよし”なる企てが進行していたとするなら、断じて許せるはずがありません。



 牛の首……うしのくび……ウシノクビ……どこまでも続いていく"牛の首”ッ!!



 表記は違えど、同一のタイトルが並んでいるその光景は、私にとってさながら、ぞろぞろと20人近くの大所帯で肝試しの道を進む小学生の集団を彷彿とさせるものでした。




 ――このままでは、"あの日”と同様に仲良しこよしの繋がりのもとに、ホラージャンルから"恐怖”と呼べるものがことごとく一掃されてしまう……!!





 ……人は正当なる恐怖を取り戻さなくてはならない。……如何なる相手であろうとも、あの光景を繰り返すことなどあってはならない。……奪われるくらいなら、奪い尽くさなければならない……!!





 昨日まで信じていた自身の土台ともいえるホラージャンルが崩れていく怯えすら塗り替えるほどの、それらの感情がない交ぜとなった憤激が私の中を駆け巡っていきました。


 ドス黒い意思に己自身が染まりそうになる中、この現代社会で生きてきた者としての矜持によるものなのか、理性の片隅において『怒りは短い狂気である』という一節がラテン語で私の脳裏に浮かんできました。(Ira furor brevis est.)


 ……それによって、僅かながら平静さを取り戻すことに成功した私。


 ――そうだ、他責的かつ他罰的な思考では、人は真の意味で前向きになることなど出来はしない。


 私が真に己の中の"恐怖”という感情を取り戻したいと渇望するのなら、安易に他者を排斥するのではなく、他のホラーの名作に触れることで復活の糸口が見えてくるかもしれない――。


 そのように思考した私が色々調べた先に「これは期待できそう!」と辿り着いたのが、韓国ホラー映画の『 哭声/コクソン 』という作品でした。





 ――本作の舞台となるのは、特に何の変哲もない田舎の村:谷城コクソン


 主人公はそんな村に勤務する警察官なのですが、そんな村で凄惨な猟奇殺人事件が起こるようになっていくのです……!!


 容疑者全員に特に接点はなく、このような事件が起きた理由も不明。


 混乱と不安が村中に広がっていく中、村の人々は「もしかしたら……」と、近くの山中で過ごしているこの近辺唯一の日本人男性(國村隼)がこの凄惨な事件に関与しているのではないか!?と疑惑の目を向けるようになる……という感じのあらすじで展開していくホラー作品のようです。





 チラッとみたところ、「この作品ってもしかしたら、怪異との遭遇というよりも國村隼が韓国の村で遭遇することになるパニックスリラーなのでは……!?」と思ったりしたのですが、とにかく私の中で期待のボルテージが跳ね上がっていることは間違いありません。


 さっそく本作を観ようと契約しているネットフリックスという映画配信サイトで『哭声/コクソン』を検索してみたのですが、現在本作の配信はしておらず、類似の作品をいくつか提示されるだけの結果となりました。


 それでも、哭声を激しく求める私の衝動は収まりそうにありません。


 代替の効かない唯一無二の、ホラー界の名作:『 哭声/コクソン 』。


 今の自分が出来る最大限の手段で何とか視聴しようと、私は最後の手段であるYouTubeの映画レンタルを検索し始めたのです――!!


 その結果、遂に見つけた映画:『哭声/コクソン』ッッ!!!!


 国境を越えて沸き立つ民衆の熱狂と、この世界そのものを覆い尽くすほどの確かな衝撃……!!


 それらをひしひしと感じていた私でしたが、ふと、映画のタイトルの横に記載されている文字が視界に入ってきました……。





(吹き替え版)





 ……?


 …………………………えっ?字幕は!?





 いや、だって本作の見どころは何の変哲もない韓国の田舎村という舞台だからこそ、國村隼演じる怪しげな日本人男性というコミュニティ外のイレギュラーとしての側面が際立つのに、それが吹き替え???


 登場人物全員が日本語を喋って作品の異文化感が薄れてしまったら、道端でふんどし一丁姿のまま鹿にかじりついてる國村隼だけがただ単に奇行をしているだけの絵面になってしまわないのか……!?


「映画の吹き替えで許されるのは(全く観てないけど)、早見沙織と浪川大輔が声をあてた方の『ローマの休日』のみ!」と、TwitterのTLを眺めながらそのような信念を持つようになった私にとって、字幕版の哭声を観る事が出来ないというのは、決して容認することなど出来ない事態でした。


 ……それでも、今から車でTSUTAYAへ向かってレンタルコーナーを探せば、運よく哭声を見つけ出すことが出来たかもしれません。


 ですがそのときの私は、午前の時点で『逃げ若』と『ダンダダン』と『アオのハコ』の最新刊と『思春期ちゃんのしつけかた』の特典版を購入するために外出しており、これ以上猛暑の中を出歩く気になど到底ならなかったのです。


 ……ゆえに、こうして私の『哭声/コクソン』(字幕版)を観るための活路は、あまりにも理不尽な形で完全に断たれることになってしまいました。


 『怒りは短い狂気である』とラテン語でそらんじようが、『他責的かつ他罰的な思考では、人は真の意味で前向きになることなど出来はしない』と、思考の切り替えという名目で現実から目を逸らそうが、そんなものは今の私にとっては"無意味”以外のなにものでもありませんでした。


 理性や良識でとどめることが出来ないほどの、自身の中で桁違いに跳ね上がっていく極大の暴威。



 ……こうして、『哭声/コクソン』(字幕版)を視聴する事が出来なかった私の殺意と憎悪は、主催者・参加者を問わず"牛の首企画”に関わる全ての者達へと向けられることになったのです――。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] たまたま、ここ最近のホラージャンルの出来事を発端とした、エッセイジャンルの流れを知っていたものの、私個人としては「やってるなー」といった程度の傍観者的な軽い考えでしかなく、本作の「後づけの…
[気になる点] なんだこれは!? [一言] 一体……このホラージャンルにおいて何が起ころうとしているのか……。 少なくとも、この作者をしてタイトル通りの作品にはなるはずないという確信だけがこの胸を駆け…
[良い点] 全てヨシ! [気になる点] さあ、続きを聞こうかね。(ゴシックカウチソファに身を沈めながら) [一言] これを読んで、頭痛が治りました! 風邪が飛びました!
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