「イリアス」第16歌におけるパトロクロスの行動について(3/4)
4.考察
(1)パトロクロスはアキレウスと誤認されていたか。
16-8において、明らかにトロイア軍はパトロクロスをアキレウスであると思い込んでいることは分かる。16-3でアキレウスが述べている通り、アキレウスが出陣しないと考えていたからこそトロイア軍は勢い込んでいたのであり、そこにアキレウスが現れたと思って肝を潰したわけである。
18-2では実際にアキレウス本人がトロイア軍に姿を見せており、トロイア軍は逃げ去っている。この時点でアキレウスの武具はヘクトルに奪われているため、「アキレウスの武具を身につけている」ということは、トロイア軍が、相手が誰なのかを認識するにはあまり影響がなかったのではないかとも思われる(ただしこの18-2の場面では、神が援助してアキレウスの威容を強調している)。
(2)-a.どの範囲(ギリシア軍、トロイア軍)まで誤認されていたか。
①トロイア軍
上記の通り、トロイア軍はパトロクロス出陣の際に明らかに誤認している。ただし、16-9からすれば、少なくとも一部の武将については、アキレウスであると確信しているわけでもなかったようではある。
また、誤認の理由については、「アキレウスの武具」がどんなものであるかを見知っていたか、あるいは、見事な武具をまとってこれまで前線にいなかった武将が現れたためにアキレウスに違いないと思い込んだかのいずれかであろうが、どちらかと言えば後者のように思われる。
16-8以外では、トロイア軍はパトロクロスをパトロクロスであると認識している。16-9ではまだ疑わしいものの、16-10では既にトロイア側の武将がパトロクロスの名前を口にしており、以降も、誰もが名前を口にするなどして、パトロクロスであると正しく認識している。また、とどめを刺したヘクトルについても、アキレウスだと思っていた、勘違いしていた、といった言葉や描写はない。
②ギリシア軍
ギリシア側については、パトロクロスの登場に対して特に反応が示されていない。17歌では、メネラオスなどがはっきりとパトロクロスの遺体を守るよう話すなどしており、また、それ以前も含めて、アキレウスの武具を身につけていたのがパトロクロスであったことに驚いている描写は無い。
16歌においては、パトロクロスの周辺にいるのはミュルミドネス軍の武将ばかりであったため、パトロクロスであると理解して行動している(16-6付近で、出陣の際、パトロクロスとアキレウスが同時に軍勢の前に現れているため、誤認することはないだろう。ここでも、特にパトロクロスをアキレウスに装わせているわけではないことが分かる)。16-11でパトロクロスがアイアスに話しかける場面では、特にアキレウスを演じることもなく、アイアスがパトロクロスであることに驚いたりもしていないしアキレウスであると思い込んでもいない。
また、直属のミュルミドネス軍を含めて、ギリシア軍の誰もパトロクロスをアキレウスに見せかけようともしていない。
以上からすると、誤認していたのは、トロイア軍の、最前線にいた一部の兵士のみ、そしてその誤認の理由は、「アキレウスの武具を身につけていたから」ではなく、突然新手の武将、軍勢が出陣してきから、ということになるのではなかろうか。
(2)-b.いつの時点まで誤認されていたか。
前項の通り、パトロクロス(と、ミュルミドネス軍)の出陣の直後までであろうと思われる。それ以降は、両軍の武将からパトロクロスとして扱われている。