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ディアライン  作者: tago
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ディアライン

 青葉を朝露がしっとりとふやかし柔らかくする、朝の靄が山全体を朗らかに包み込んだ。

埃っぽい土の香りが鼻腔を通り、地面から生えたイネ草は、いつもよりいっそうと青々しく木々の茶色が靄に色をつけるようだった。

この時間にひっそりと草をはむことが、私は何よりも楽しみだった。

ゆっくりとイネ草を前歯で啄み、奥歯で繊維をほぐしながら楽しむ、夏場の草は柔らかで川辺から少し歩いたこの場所は、せせらぎを聴きながら朝食をゆっくりと楽しむことができる。

だが最近は少し違った、イネ草が余り生えてなかった。

いつもなら好物のイネコログサもスズメノカタビラも生えてなく嫌いな、シダ植物が最近目につくようになった。 

気分を変えて、場所を移動し木々の青葉を楽しむことにしようと思い川辺から下流へと石を跳びながら移動していると、お喋り好きの友達と目があった、見ていないふりをしようとしていたが、あちらが先に会釈したので無視せざるおえなくなり、会釈を返した途端ひょいひょいと軽い身のこなしで岩を移動しながら近づいてきた、この友達は一緒の時期にこの山にやってきた。

ちょうど夏前になる。

 

 わたしは宮城の山の生まれで、たくさんの兄弟の内の末っ子だった。

兄達はみな身体が大きかったのだが、わたしは小さいため、まわりからは

「チビ、チビ」とよく揶揄われた。

そんなときはよく長兄が遠くから「ピュウイ」と大きく威嚇をするといじめっ子達は一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げていくのだ。父がいないわたしにとって長兄は誇りであり、目標だった。その大きくずっしりと筋肉がつまった力強い脚に悟ったような落ち着いた静かな目が特徴で、とても賢かった。ひとたび発言するたびにみんなの注目を集め、若い世代のリーダーで、次のこの山を取り仕切るのは時間の問題とさえいわれた。

母はそんな兄が誇りで

「あの子はあなたの歳ではもうすでに縄張りもパートナーも持っていた」

と何度も言って聞かせてきた。

わたしは、大人になってもパートナーも縄張りも全く持てず、兄の縄張りの一部の管理を任される日々だった。他の兄達が巣立つたびにわたしも遠くの山に行きたいと何度も話したが、母からは

「あなたにはまだ早いから、お兄さんからもっと学んでから旅立ちなさい」としか返事は帰ってこなかった、兄がどんどんと活躍していくたびにわたしは歯痒かった、同じ年齢の鹿たちとすれ違う度に陰口をいわれてる気がして、なんだか堪らなかったのだ。

そんなわたしにも幼馴染がいた。

彼女に会ったのは、生まれて間もない頃でよく近場で一緒に遊んだのだが、まわりに女の子と遊ぶことを揶揄われてからは全く会わなくなってしまった。ある日急にわたしの管理する縄張りに彼女が草むらからゆっくりと現れた。久しぶりに会う彼女は幼馴染のあの頃よりもずっとずっと綺麗で美しかった。

「久しぶりだね」

高くすこし震えた声で彼女が語りかけた、わたしも少し呆気とられた後

「久しぶり、こんなところにめずらしいね」

と少し早口になってしまった。

それからというもの大兄弟の末っ子ということもあり、満月の日の夜に彼女はやってきた。彼女が現れるとなにもいわずに開けた草原に移動して夜な夜な語り合った。

話し始めるとき彼女は決まって、耳をピクピクと動かすのが特徴で、わたしはその動作が愛おしかった。好きだった。

話す内容は主に

「所帯を持てと母がうるさい」

といった彼女の愚痴であり、わたしはたいてい聞き役に徹していたのだが、その時間が何よりもわたしの楽しみであると同時にこの思いを告げてしまったら、この関係が崩れてしまうという危機感を感じていた。

そして3日3晩悩んだ末に、次の満月の晩に自身の想いを告げることにした。

約束の日、わたしは湖面で水を浴びた後、木に身体を擦り付け毛並みをいつも以上に入念に整えた。時間が経つにつれだんだんと苦しくなり、想いを告げるという緊張よりも、もはや解放されたいという気持ちの方が強くなっていた。

だがその日彼女は姿を現さなかった

次の日の朝に兄にいつも通り軽い挨拶をすると兄から

「妻が増えたから、一応お前からも挨拶しておけ」

といい、兄の後ろから彼女が現れた。あの彼女だった。わたしは内心驚いたが、あくまで平静を装って会釈した、そして彼女に

「久しぶりだね、びっくりしたよ。」

というと、彼女はわたしを見ずに遠くを眺めるようにしてなにもいわずに、はなから知らないような立ち振る舞いでさっと会釈した、分かっていた。

兄に近づくために利用していたということなど、はじめからずっと。兄の縄張りには他の兄の妻達がいるため、わたしの管理していた場所から様子を伺って兄と密かにあっていたのだ、でも好きだった。なにせわたしにとってはじめて会話してくれたただ一人の女の子だったから。そして故郷から逃げ出した、彼女とあっていた草原の一本の木に角で跡をつけて、どうせなら出来るだけ遠くに行きたかった。誰もいない故郷のみんなとは絶対に会わないようなずっとずっと遠くへと、方角もわからないままあてずっぽうに走った。何日も何日も、


そうしてようやくこの山に辿り着いたのだ。


 あまり過去はお互いに語らなかったが、この友人はお喋りなやつで、互いに遠くから故郷を捨ててきたということもあって、すぐに仲良くなった

「なぁしってるか?あの大きな縄張りを維持してた新人いただろ、あの毛が少し波立ってたあいつだよ、あいつ。最近みないと思ったら、やられたらしい、人間にだよ、人間に。

なにやら最近、凄腕のやつがやってきて、俺たちを捕まえてるんだと」

わたしはすかさず

「どこかに旅立っているだけじゃないのか、まだ人間と決まったわけじゃないだろう」

というと

「それだけじゃねんだ、最近山がおかしいってみんな噂してるぜ」

そして矢継ぎ早に

「それに聞いたか、宮城の山の話を、いまあっちでは人間達が俺らを捉えまくってるらしい」

わたしはなにも言わずにすぐにその場を後にした、なんだか気分が悪かった。

その日の夜は眠れなかった。


次の日の朝起きると大きく

「ピュウイ、ピュウイ、ピュウイ」と山が大きくこだました。

 緊急招集の合図である、この山を統べる長老が私たちを呼んでいた、長老はこの山に残る最も古く、大きな髭を蓄えた身体の大きく知識に深いこの山を統べる個体である。

この山にきたとき、過去のことを聞かずに他所者であるを彼は優しく迎えてくれた。

寝ぼけが残ったあたまのまま急いで山の上の広場へと向かう、

広場には長老を囲むように様々な年齢の鹿が円形に集まっており、もちろん友達もいた。

わたしが向かうとみんなが一瞬だけ

遅れたことを非難するように視線を向けた。

「みんなよくぞ集まってくれた。今日ここにきてもらったのは他でもない、分かっていると思うが仲間がひとりやられた。人間の仕業とみて間違いない」

そのとき周りが騒ぎ立てようとするのを事前に止めるように

「安心せい、このような事態は過去にもあった。いまのところ入った人間は1人だけじゃ、これから人間を見かけたらすぐに離れ、単独行動はなるべく避けてくれ、家庭を持つものは騒ぎにならないように心掛けてくれ」


それだけいうと、集会はすぐに開きとなった。帰り道を友人と歩くと

「おれの故郷でもあったんだ。人間達が入ってきて俺たちを攫っていくんだ、攫われた鹿たちがどうなってるのか、さっぱり分からない、噂だと殺されちまってるていう話もあるし、どこか遠くの山に移されるっていう話ある」

わたしはとても怖くなった。人間達に攫われたら一体どうなってしまうのだろうか...

食われるにせよ、殺されるにせよなによりも、なんのためにそんなことをしてるのかが不明なのがとてもとても恐ろしかった。

だが人間達のうわさははじめ数ヶ月程は騒がれたが、その後さっぱりと忘れ去られてしまうことになる。

 この山を多くが出ていったのだ、冬前に若い者達は家族を連れて近くの別の山へと多くが移動し、わたしのようにあまり若くないオスや長老達の大半がこの山へと残ることとなってしまった。


そしてつぎの秋を迎えたころに、友人に変化が訪れた。

パートナーができたのだ。わたしは

「おめでとう、大事にしろよ」

というと友人は照れながら

「ありがとな、お前もすぐに出来るよ」

といってくれた。


それが友人との最後の会話になる。


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