第四話 ルナティアの日常
ちょうど5歳の誕生日を迎えた日にルナティアの魔臓器は覚醒した。
魔臓器が覚醒すると全身から魔力が具現化されて光るオーラとなって可視化される。
その状態は長ければ数日続き、何れは見えなくなる。
通常は成人の15歳を迎えた時に覚醒する事が殆どで、ルナティアのケースは稀な事である。
魔臓器を持つ家系は覚醒の日にお祝いの料理を囲んで親戚一堂で祝うのが慣わしで、シルブラット公爵家でも毎回盛大な晩餐会が開かれていた。
ルナティアの朝は5歳当時から早い。
まだ空が明るくなる前、4時半には起床する。
何故そんなに早く起きるのかと言うと、礼拝の前に禊を行なっているからだ。
5歳の少女は母からこのように告げられた。
「ルナティア。
あなたの身体がキラキラしているのは、魔臓器って言う神様からの贈り物が元気に動き始めたからなのよ。
これはとても大事な事だからよく聞いて。
お母さんもお父様もお姉様もお兄様も、ルナティアと同じようにキラキラしたのよ。
だから、みんな神様にお礼をしているのよ。
礼拝と言って、神様にお礼を言うの。
ルナティアも神様から大切な物を貰ったらから、ちゃんと礼拝をしなきゃね。」
その日のうちにセシリアはルナティアを聖堂に連れて行き、礼拝の仕方を教えた。
「お母様。
ルナはここが好き。」
それ以来ルナティアは欠かす事なく毎朝礼拝をしている。
禊に関しても母からこのように言われた。
「礼拝の前には禊って言う儀式をするのよ。
人は食べ物を食べるし、汗もかくでしょ。
それにいろいろな物に触れたり、汚れたり、沢山の人に会ったり。
そうすると人の身体は汚れてしまうの。
だから、ルナティアが神様にお祈りをする前には身体を綺麗にするの。
その方が神様は喜んでくれるのよ。」
まあ、禊と言っているが、入っているのはお風呂で身体も洗剤で洗っている。
冷たい水で禊をする事など、ルナティアに出来るはずもなかった。
禊を終えると、全身白の服に着替えて聖堂に向かう。
他の家族は1週間に一度だが、ルナティアは毎日毎朝礼拝をしている。
それについても、母からこう言われた。
「礼拝をすると神様はとても楽しくて嬉しい気持ちになって笑顔になるの。」
そう言われたルナティアは、それなら神様は毎日笑顔になってほしいと思って毎日毎朝礼拝をするようになったそうだ。
礼拝を終えると、父ゼルスより魔法の指導が始まる。
これも幼き頃よりゼルスが熱心に教えてきた。
5歳の覚醒の日には、魔力制御をする事を先ず教えている。
魔力と言うのは、何もしなければ魔臓器から溢れ出でしまう。
効率よく魔法を使うには、魔力制御が絶対に必要になってくる。
ルナティアは魔力制御を5歳の時点で何の問題もなくやって退けた。
勿論、ゼルスは娘の器用さに感激して、知り合いや宮廷魔導士仲間にも自慢して回っていたと言う。
毎朝の魔法指導は基礎をみっちりと毎日教え続けた。
5歳の頃は、手の平につむじ風を作る風魔法のお遊びをルナティアは喜んでやっていた。
少し慣れてくると、エアーウォールと呼ばれる風魔法の防御魔法をゼルスは熱心に教えている。
エアーウォールは自分の周囲に空気の壁を作り出す防御魔法で、安定した魔法展開が必要で、魔法の訓練に適している。
そして、魔法には詠唱が必要な為、その事にも熱心に教えた。
「ルナティア。
魔法を使うには詠唱が必要だ。
詠唱とは使おうとする魔法をイメージした時に心の中に精霊が言葉を刻む。
それを読み上げる事で、精霊は力を貸してくれる。
これが詠唱だ。
熟練すると速詠唱と言うスキルを習得できる。
詠唱を短縮できるスキルで短縮した詠唱と魔法のイメージだけで魔法を発動できる。
あと、無詠唱と言うスキルに発展するとイメージだけで魔法発動が可能だ。
より早く魔法を発動出来れば敵よりも有利に立てる。
その為にも基礎の知識は大切なのだ。」
このような事を5歳のルナティアに毎日話して聞かせた。
その時理解していたかは、本人も覚えていないらしいが、つむじ風の魔法も詠唱が必要なので何となく理解して使っていたようだ。
最近は魔導書も読んでいる。
魔導書には様々な魔法の知識が書かれている。
それを理解する事で新しい魔法が使えるようになる。
幼い頃から父ゼルスに貰った魔導書を絵本がわりに読んでいた。
魔法はルナティアにとって、とてもキラキラした憧れとなっていった。
この日も魔法の指導が行われていた。
「ルナティア。
ウインドカッターを正確に詠唱して使ってみなさい。」
「はい。
集いし風よ。
一筋の刃となりて
一閃を放て。」
詠唱は心の中に言葉が刻まれる。
それを拾って読む為、どうしても時間がかかる。
具現化された風の刃はルナティアの手から放たれて目標の的に当たり真っ二つに割れた。
「ルナティア。
見事だな。
では、速詠唱で同じようにやってみなさい。」
「はい。
風よ、刃を放て。」
詠唱するとルナティアの手から刃が放たれた。
「ルナティア。
見事だ。
基礎をしっかりやってきたお陰で詠唱にムラがない。
発動時のタイムラグやイメージ崩れも全くない。
威力は抑えたな?
それもよく出来ている。
見事としか言いようがない。」
「やった〜。
お父様に褒められた〜。」
こんな感じで魔法の指導を10年やって来た。
ルナティアが魔法を駆使しなければならない事態はこの10年ある訳ではなかったが、ゼルスはルナティアも自分の身は自分の力で守れる力を付ける必要があると常々思っている。
魔法の指導が終わると朝御飯を食べる。
シルブラット公爵家では、子供達に料理をする様に指導している。
ルナティアの兄姉達も小さい頃から厨房に立ち料理を学んで来た。
ゼルス曰く、料理を作る事は想像力と教養を得る事が出来ると代々伝えているそうだ。
魔法とは想像力の結晶と言われている。
それもあってルナティアも料理を作る事が好きだ。
毎朝の一品は必ず兄弟の誰が当番で作ることになっている。
この日はルナティアの初登校と言うこともあり、前日から兄弟が家に戻って来ていた。
「それでは、皆祈りを。
我らの命をつなぎし食に感謝すると共に、今日がある事を神に感謝いたします。」
そこに居る全員が手を合わせて祈りを捧げた。
「それではいただきます。」
全員で手を合わすと食事が始まった。
「ルナティア。
今日から学校だな。
ラサエル校長から祝辞が届いていたぞ。
ルナティアはさぞ、楽しみにしているのだろうな。」
「ラインハルト兄様。
それは楽しみよ。
兄様もこんなに可愛い妹の制服姿に惚れ惚れしているわよね?」
「ハハハ。
ルナティア。
ラインハルト兄様はお前が学校でやらかすではないかと冷や冷やなのだ。」
長兄のラインハルトと次兄カインデュランは宮廷魔導士として王宮で働いでいる。
2人とも家庭を持っている為、実家に戻ったのは数ヶ月ぶりになる。
「ちょっとカイン兄様酷い。
ルナはいい子なんだから。
何もしません。」
「ハハハ。
ラインハルト兄様はアスタミラの理事もやっているからな。
戦々恐々に違いない。」
いつもカインデュランはルナティアを揶揄う事が多い。
ルナティアの反応が面白いのだそうだ。
「辞めなさいカイン。
ルナティアだって、もう子供では無いのだから大丈夫よ。」
「ミランダ姉様〜。
カイン兄様はいつも虐めてくるんだよ。
キツく叱ってよ。」
「ルナティア。
制服とても似合って可愛いわよ。」
「あ〜、フィリア姉様〜。
可愛いでしょ。
兄様や姉様の頃とは今年からデザインが変わったのよ。」
ミランダは長女でラインハルトの一つ下の年子だ。
まだ家庭は持っては居ないが、ラインハルトやカインデュラン達と同様宮廷魔導士をしている。
フィリアはルナティアに年齢が近くて、5才離れている。
アスタミラを卒業後、魔装具の研究するカンパニーに就職した。
「ルナティア。
ちゃんと食べなさい。
行儀が悪いわよ。」
「はい。
お母様。」
こうして、高校の入学式の日を迎えた。
王都エスティガルファルトにある公爵家屋敷に家族揃って出向いてきた。
ゼルスから入学祝いに収納魔法が使えるポーチをプレゼントされた。
魔装具なども一括で収納出来るもので、学生の必需品となっている。
「お嬢様。
それでは向かいましょうか。」
屋敷内のルナティアの部屋にディアナが訪れた。
学校までは護衛も兼ねてディアナが運転手をする事となった。
「はぁ〜い。
ディアナ〜。
可愛い?」
「ええ。
とてもお似合いです。」
高校の制服姿をディアナに見せていた。
「お父様、お母様。
いってきます。」
ゼルスとセシリアも娘の門出に対して、感慨深い想いに涙が目に滲んでいた。
「ああ、行っておいで。
学校生活は楽しいぞ。
存分に楽しんで来なさい。」
「お友達も沢山出来ると良いわね。」
2人に見送られながら車に乗り込むと、学校に向かって出発した。
アスタミラ魔導高等学校は王都から東に向かって中心地から外れた場所にある。
多くの貴族階級に属する名家や名のある冒険者、魔導士、将来宮廷魔導士を目指す子供達が通う学校である。