三話
「おはよう、アル」
「……おはようございます。リゼ様」
リゼ様がベッドの上から俺を見下ろしていた。
……あぁそうだ、思い出した。リゼ様を泣かせたことがバレたものなら俺が二度と泣くこともできない体にされちゃうから何とかご機嫌をとろうとしたらリゼ様が寝付くまで側にいるように命令されたんだった。
あー、つまり、これは……ふーむ。
「あの、リゼ様。俺は今から一度部屋に戻ります。で、このことはくれぐれもご内密に。特に国王陛下には絶対に――」
「私には、絶対に、なんだ?」
「……ぴえん」
◇◆◇◆◇
「いや、違うんですよ陛下。待って、殺さないで」
「そうか、分かった。死ね」
「あれ? 俺の言葉が届いていない?」
娘の部屋で寝てしまった阿呆な従僕は死ぬ運命にあるらしい。
地下から連れ出されてよく分からん部屋まで連れてこられたうえに両手両足を拘束された憐れな従僕のできることといえば、どの武器を使って不届き者の首をはねてやろうかと思案している物騒でおっかないパッパに命乞いをするくらい。
「誤解なんですよ! あれは誤解なんですよ陛下!」
「誤解?」
「そうです! 全部不幸な事故なんです!」
「お前がこの世に生まれてきたことがか?」
「人の命を不幸な事故扱いしないでくれませんかねぇ!?」
くっそ、ダメだ。こっち向きもしないよあの親バカ国王。思春期のリゼ様に「パパ臭いから来ないで」とか言われてショックで死ねばいいのに。
「ほんとに違うんですよ! 俺はただリゼ様に寝てもらおうとしただけなんです! うっかり俺も寝ちゃっただけなんです!」
「そうか。ところでお前は痛みにはどの程度耐えられる?」
「ひぇっ、なんか見るからにえげつない拷問具出てきちゃった……」
「安心しろ。死にはしない。死なせはしない。死ねると思うな」
「何も安心できないのですが!?」
五体満足で帰らせる気が無さすぎる。
従僕がいきなりパーツ足りてない状態で帰ってきたらたぶんリゼ様泣いちゃうよ?普通に怖いもん。
もっとも、その点はとっくに国王も理解しているらしく、一通り俺を脅して満足したのか、手を叩くだけで床一面に転がっていた凶器や拷問具はきれいさっぱり消えてなくなった。
「……お前は、あの子の玩具だ。あの子のものを勝手に壊すつもりはない」
「許可さえあれば壊す気満々なんですか……」
「そして、それはあの子以外の全てに共通して言えることだ」
無造作に何の前置きもなく何かが芋虫のように這うしか能のない俺に向かって投げられる。
「これ……もしかして『札』ですか?」
体で跳ねて目の前に落ちた銀色のそれ。
札はこの国の『人間の価値』を表す。国王のみが持つ『黒札』から始まりそもそも札を与えてすらもらえない『札なし』まで九段階に別けられている。
もちろん俺は札なし。そして与えられたそれは銀札。上から三番目の価値を示す札。
どうやら国王は俺の想定以上にリゼ様を溺愛しているらしい。玩具風情に銀札って。そこらの地方貴族よりよっぽど偉くなっちゃったじゃん……。
「魔力を持たないお前のような存在の命などそこらの虫と変わらん。ちょっとした気まぐれで殺されることもある。それがあればある程度のトラブルは避けられるはずだ」
「……ありがとうござ――」
「だが、もしお前が『玩具』の役割を逸脱するようなことがあればその時は……」
言いながら体に点線と番号が書かれていく。
一から五までの番号とそれぞれの番号に対応した点線を書き終えると国王はまた俺を見て言った。
「お前から札を取り上げて、この点線を消えないように体に刻んでから外に放り出してやる」
目がマジだった。
◇◆◇◆◇
「アル、これなぁに?」
神経衰弱に今日も今日とて付き合って、十連敗したところでリゼ様は俺が持ってきた「それ」に気がついた。
「パズルです。リゼ様が一人の時にも遊べるものがあった方がいいかなと思ったので持ってきました」
最初は本にしようかと思ったけど、本棚が埋まっていたのを思い出してこっちにした。
俺は従僕兼玩具だから、できる限りは俺の意思に関係なくリゼ様が望むならリゼ様の側にいることになるんだろうけど、それにしてもいつでも一緒に居られるかと問われるとやっぱり難しい。
寝るまで側に居てなんて要求をしてくるくらいだ。俺の想定以上に人とか愛情って奴に飢えているんだと思う。
寝るまで一緒に居て朝リゼ様が起きるより早くに起きてリゼ様が起きるのを待つこと自体は可能だけど、ふと夜中に起きたときに寂しくなって泣かれでもしたら今度こそ俺の首がとんじゃう。それを避けるために「やること」を用意しておきたい。
たぶんね、リゼ様。一人だから寂しいんじゃないよ。暇だから寂しいんだよ。ソースは俺。ずっと一人だったけど寂しいなんて思ったことないし。
「ねぇ、アルー。これってどうやって遊ぶの?」
……マジですか。