一話
「私の娘は少し特別な子でな。不用意に何の対策も持たない者が近づくと死ぬ」
地下へと下る階段を降りる途中、不意にこの国の王はそう切り出した。
話は俺を故郷の村から無理やり引きずって連れてこられた時に騎士様からかいつまんで聞いている。
ただ、そこにいるだけで死人が出てしまう少女らしい。
「とても美しい子だ。見る者全てが一瞬で『魅了』されてしまうほどにな」
「でも、俺は……俺みたいな魔力が全くない人間は、その影響を受けない。ですよね?」
「あぁ、そうだ。そのためにお前のような存在を探した。あの子をこれ以上寂しがらせることのない従順な従僕を用意してあげるためにな」
と、まぁそんな感じ。
この世界で弱い奴の存在価値は極めて薄い。特に俺みたいな魔力が少ないどころか全くない奴なんてのは生まれてすぐに殺されたって文句もいえない劣等種。そんな奴が何だかんだこれまで色々とありつつも生きてこれたあげく、王族様の世話係(可能な限りポジティブに捉えて)になれるというのだからきっと喜ぶべきなのだろう。
いやはや、世間様は世知辛い。
これから仕える王女殿下が従僕に殴る蹴るの暴行を加えることを楽しんじゃうような過激な方でないことを切に祈るばかりである。
性的虐待は村で散々されて慣れたけど、肉体的虐待ってやつはどうにも慣れないし後日にまで響いちゃうからね。
なんて考えながら王様の後ろを歩いていると急に王様が振り返る。
そして、そのまま階段一段分空いた距離を詰めるとそっと首に手を伸ばした。
「私が望むのは、あの子を悲しませない従順であの子のことだけを考える従僕だ。そして、それは何かによって強制されたものでは意味がない。だから、お前を首輪を嵌めず呪いも施さずあの子のもとに連れていく。この意味が分かるな?」
知るか。
なんて言ったものならこの世に生まれてきてしまったことを後悔するような目に遭わされそうなので慌てて首を縦に振る。
実際のところ、この王様の言いたいこともある程度は理解できる。要は心の底から王女殿下に尽くせ、それができないならせめて王女殿下を騙しきる鍊度の嘘をつけ。王女殿下を悲しませるな。それができないなら死ね。細部は違うかもしれないけれど、大まかなところはそんな感じだと思う。
はいはい、やりますよ。やらなきゃどのみち命が無さそうなんだからやりますよ。ひとりぼっちで地下室に軟禁されてる可愛そうな王女殿下の相手を一生かけてしますとも。
それからは耳が痛いほどの無音だった。
王様が俺に何かを説明、要求するようなことはなく、かといって俺から何かを話しかけることなどあるはずもなく。
たまに履き慣れないお高い靴をもて余して、たててしまった足音が地下の階段と道に響く以外は全くの無音だった。
「ここだ」
どこをどう通ったかも曖昧になり始めた頃、王様が短くそう告げた。
眼前には重厚そうな鉄の扉。王様が何やら手をかざすといくつかの術式を刻んでいると思わしき魔方陣が現れ錠の解ける音が響く。
「リゼ、入るよ。今日はとっておきのプレゼントを用意してきたんだ」
娘相手だと声のトーンが変わるらしい。
やけに優しげな声でそう言いながら扉を開けると、王様は俺をずいっと前に押し出した。
「お父様。それと……あなたは誰?」
その少女は狐の面を嵌めていた。
もう少し具体的に言うのなら、裏向けて並べられたトランプを挟んでぬいぐるみと対面に狐の面を嵌めた少女は座っていた。
簡潔に言うなら、ぬいぐるみ相手にトランプで一人遊びしてた。
まず王様に目を向けて、それから押し出された俺に目を向けて王女殿下は小首を傾げる。肩にかかった金色の髪の毛がその動きに合わせてさらさらと揺れた。
「リゼの従僕だよ。欲しがっていただろう? 好きなように使いなさい」
俺が自己紹介するよりも早く王様は簡潔に俺を説明する。
ものか何かだろうか。一瞬憤りを覚えないでもなかったが、よく考えたらそこらのものの方がよっぽど俺より価値があって泣けてくる。今来てるこの執事服とか絶対に俺より高いんだよなぁ……。
「従、僕……?」
言いながら、じっと王女殿下は俺を見る。
それから立ち上がりとことことこちらまで歩いてくると俺の手を取って二回ほどむにむにと揉んだ。何が納得いったのかは知らないが、二度うんうんと頷くとそのまま引っ張ってぬいぐるみの場所まで連れてこられて座るように促された。
「名前は?」
「へ?」
「名前。あなたの名前は?」
急に殴られたりしないかなぁと内心ビクつきながら大人しく座ってぬいぐるみの手足を揉んでいると王女殿下が尋ねる。
「……アル、です」
「私はリゼよ。よろしくね、アル」
そう言って、王女殿下は狐面を外すとにこりと微笑んだ。
俺知ってる。これ油断したところに蹴りがとんでくる奴だな?