何を探せば
ワタシには分からないのです。
思えばワタシは、何も探した事がありませんでした。考えた事さえ、さほどなかったように思います。
何故ならワタシには、何かを探す事は許されませんでした。ワタシには『自由』はありませんでした。
ワタシは『良い子』である事に、囚われていたと思います。
『それの何が悪いのか』と、みなさんは感じたと思います。けれど大人になるまで……いいえ、大人になった後も、それが悪い事に気が付きませんでした。悟ったところで遅すぎたからでしょう。
ワタシは泣かない子供でした。ワタシが泣くと、お母さんがとても困るのです。
ワタシはマジメな子供でした。ワタシが遊んでばかりだと、お父さんがとても怒るのです。
ワタシはわがままを言わない子供でした。ワタシが喚くと、お母さんがとても悲しい顔をするのです。
ワタシは頑張る子供でした。ワタシが休んでいると、お父さんはとても冷たい目をするのです。
だからワタシは、お父さんとお母さんに従います。そうして私を抑えこむと、お父さんとお母さんは「良い子だね」と褒めてくれるのです。「手間のかからない、良い子だね」と、その時だけ褒めてくれるのです。
だからワタシは必死になります。必死に私を抑えこみます。
お菓子が欲しくても、わがままを言いません。
遊んでほしくても、何も言いません。
傷ついて苦しんでも、心配させないよう我慢します。
たくさん勉強して、未来に備えます。
きっと未来になれば、楽しい事が待っていて報われる。今苦しいのは未来のためだから。
きっとお父さんとお母さんがそういうのなら、そうなのでしょう。だからワタシは我慢し続けました。
そして大きくなったある日、お父さんは言いました。
「お前のやりたいことをやれ。好きな事を目指せ」
ワタシは……何を言われたのか、よくわかりませんでした。
だってワタシは、ずっと我慢して生きて来たのです。いろんなことを、私の事を我慢して生きて来たのです。
わかりません。わかりません。夢が何なのか分かりません。
わかりません。わかりません。怒るお父さんがわかりません。
わかりません。わかりません。悲しむお母さんがわかりません。
わかりません。わかりません。ワタシは私がわかりません。
わかりません。わかりません。何をしたいのかわかりません。
ワタシはずっと、私の事を抑えて生きてきました。
だからわからないんです。探し物の探し方が。
だからわからないんです。何を探せばいいのかが。
だからワタシは、私を探そうとしました。私は色んな事をやりたがっていたはずです。きっと私なら、夢も希望もすぐに見つけてくれるでしょう。長い時間がかかりましたが、私はやっと見つかりました。
私は死んでいました。暗い所で横たわって、まっ黒なお化けになっていました。
私は恐ろしい声で言いました。
「よくも私を殺したな」
わがままも、遊びたいことも、大声で笑ったり、泣いたりすることも、苦しいことも、相談したいことも、全部全部全部全部、私はやりたかったことなのです。
ワタシはずっと、私を抑えて生きてきました。だから私は、ワタシをすごく怨んでいます。
ワタシだけじゃありません。ワタシの近くにいる人たちを、みんなみんな憎んでいます。
お父さんも、お母さんも、先生も、友達も、偉い人も、目に移るすべての人が、憎くて憎くて仕方ない。それが私の望みでした。
ワタシはまた、私を抑えこみました。ワタシはそれだけは得意でした。
けれどワタシの前に広がる未来に、ワタシはなんの魅力も感じません。何かを感じると、私が胸の中で暴れて、何もかも壊そうとするのです。
きっとワタシも、お化けなんだと思います。何も考えない。何も感じない。ふわふわと漂う、透明な幽霊なんだと思います。ただ身体があるだけの、いてもいなくても同じな、幽霊なんだと思います。
けれどワタシは一つだけ、私の望みを叶えてあげる事にしました。何も探せない私達、ずっと対立する私達ですが、このことだけは同じ思いになりました。
これを読んだ小さなあなたへ。やりたいことを抑え続けないで下さい。自分を我慢し続けないで下さい。
我慢すれば大人たちは、「良い子だね」と褒めるでしょう。
けれどこの言葉は呪いです。私達はそれで、幽霊になってしまいました。お化けになってしまいました。何も探せない漂うワタシと、そんなワタシとみんなに殺された、怨みつらみの私しか残らないんです。
これを読んだ大きなあなたへ。子供が、子供らしいわがままを言うことを、どうか許してあげて下さい。
もしあなたのそばに「大人に迷惑をかけない、ききわけのいい良い子」がいるなら……叱って素直に従う時、良い子だねと褒める時……その子の目をよく見て下さい。悲しい目をしていませんか? 辛そうな目をしていませんか?
彼らをそのままにしていれば、私達のようになるでしょう。
探し物を探すワタシと、探し物を探させてもらえない私に。
ワタシは抑える事しかできません。
私は恨みを叫ぶ事しかできません。
だけど、どうか。
これ以上私達のような人間を、どうか増やさないで下さい。
何も探せない私たちの、それだけがせめてもの望みです。