巡礼の旅の終わり
「やはり、能力がある連中は違うな。滅んだ村がここまで復興するとは」
デルタは目の前に広がる光景を見て、そう呟いた。まるで何事もなかったかのように、普通に人々が生活していた。これが一回滅ぼされた村だと言われて、信じる者はいないだろう。
「ボクも正直、ここまでの速さで復興するとは思ってなかったな」
デルタの隣にいるレアルがそう言った。ルグレを取り込んでから何か問題が起こることを懸念していたが、今のところこれといった問題は起こっていない。
あれからドロクを始めとした組織の人間を取り込んで、滅ぼされた村の復興に当たっていた。予想に反して八割近くの人間がレアルに賛同し、こうして復興作業に当たっている。
「もう、この村でやることはほとんどなさそうだね。他の仕事を探さないといけないかぁ。うーん、予定ではもう少しかかると思っていたから思わぬ誤算だよ」
レアルは悩まし気な顔を作る。
「魔獣が暴れていて流通が滞っている地域があるようだから、今度はそこの魔獣退治か」
「よく知ってるね、そんなこと」
その言葉に、レアルが驚いたようにデルタを見た。
「レアルはあまり現場に出ないから知らないかもしれないが、現場にいると隊商やその護衛と話をする機会もあるからな。彼らがそんなことを言っていたんだ」
「ボクも現場に出なきゃ駄目かな」
「時と場合によるが、レアルは頭だろう。頭がしょっちゅう現場に出てると、他の作業が滞るぞ」
正直、デルタはレアルがここまでリーダーとしての資質を兼ね備えていたことに驚いていた。宰相の孫娘であることから、ある程度そういった教育は受けているのだろうが、それでもさして問題も起こさず順調に作業が進んでいるのは、レアルの手腕あってこそだった。
「最初はドロクさんにお願いしようと思ったんだけどね。言い出したのはお前だから、お前がやれ、とか言われちゃってさ。確かにそうだから、反論できなかったんだよね」
レアルは不満げに言う。
「ドロクもよくレアルに任せる気になったな。まあ、表立って動くのは何かとまずいということもあるのだろうが」
ドロクはハンゲルに戦争をしかけた組織の中心人物だから、顔が割れていないとはいえ表立った行動をするのは良くないのはわかる。それでも、自分の娘くらいの年齢のレアルに任せるのは、ある意味で度量が据わっているともいえた。
「まあ、ね。そういったことも踏まえると、やっぱりボクがやるしかなかったんだけど」
「嫌……ではなさそうだな」
デルタは嫌か? と聞きかけて止めた。レアルの様子からしても、嫌だと思っているとは感じられなかった。
「うん。最初はどうなるかと思ったけど、一生懸命やればなんとかなるものだね」
レアルはそこで笑顔を見せた。
「順調そうですね」
不意に、エクスが姿を現した。
「あっ、エクスさん。今日はどうしたんですか」
エクスに気付いて、レアルは声をかけた。
「あなたの様子を見に来ましたが、その様子だと今のところは問題なさそうですね」
エクスは度々、レアルの様子を見るためにやってきていた。ルグレを取り込んだレアルに何かしら問題が起こらないか気になっているようだった。
「彼女……ルグレさんは、全く反応がないというか、ボクの奥底で眠っているような感じです。時々、何か反応があるかなって、呼びかけてみたりしますけど、反応がないですね」
「呼びかけるとはまあ、あなたらしいといえばあなたらしいですが。大国ハンゲルの宰相の孫娘であり、巡礼の神術使いに選ばれるような方とは思えませんね」
それを聞いて、エクスは苦笑していた。当初こそレアルの言動に驚かされていたが、今では大分慣れてきていたようだった。
「では、私はこれで。何か問題が起こったらすぐに飛んできますから」
エクスはそう言うと、現れた時と同じようにすっと去っていった。
「いつもそうだけど、あまり長居しないよね」
「彼は不老だからな。いつまでも姿が変わらない。だから、一所にずっと留まっているわけにもいなかいのだろうな」
デルタはエクスの苦労を思って、何ともやりきれない気持ちになっていた。何十年経っても姿が変わらないのだから、同じ所に留まって他の人間達と共同で生活するということはできない。
「うん、だから、ボク達くらいは、エクスさんの友人でありたいかな、ってそう思うよ。ボク達が死んじゃっても、ボク達の子供達がエクスさんの友人になってくれれば嬉しいかな、って」
「簡単に言うが、それは難しいと思うぞ。大体、子供達に彼のことをどう説明するんだ」
「この世界の真実は、公開することはできないと思う。そうしたら、相当な混乱が起こるから。でも、ボクの一族だけには、その真実を伝えていきたいって考えてる。だから、子供達にはありのままをすべて話すよ」
「そうか。子供達が受け入れてくれるといいな」
それを聞いて、デルタはふっと息を吐いた。いかにもレアルらしい考えだと思ったし、レアルの言う通り子供達がエクスを受け入れてくれれば、彼もいくらかは気持ちがましになるだろう。
「ボクの旅は、もう終わりだね。成り行きでこんなことになっちゃったけど、この作業を続けるなら、もう巡礼の旅はしていられないから」
レアルがポツリと口にした。
「そうだな。俺も何となくでここまで付き合ってきたが、レアルの旅が終わるなら、もう従者ではなくなるな」
レアルの巡礼の旅が終わる。それは、デルタがレアルの従者でなくなることを意味していた。いつかこんな日が来ると覚悟していたとはいえ、実際にそれが訪れると心のどこかに空洞ができたような、そんな気分になっていた。
「レアルと一緒に旅をした日々は、楽しかった。ちょっと振り回されたりもして、色々驚かされたこともあったけど、それも含めて。今まで、ありがとう」
それでも、そんな気持ちを押し殺してデルタは言った。すっきりと別れることで、この気持ちと決別したかった。
「えっ……」
それを聞いてレアルが驚いたような、悲しいような表情になっていた。
「だって、そうだろう。俺はもう従者じゃないんだから。一緒にいる必要はなくなった」
「……デルタは、ボクと一緒にいるのは、嫌なの」
レアルがデルタの腕を掴んできた。
「嫌なわけないだろう。だけど、もう巡礼の神術使いとその従者じゃないんだ。それに、俺とレアルは生きている世界が違い過ぎる。いつまでも一緒にはいられないさ」
デルタはどこで生まれたのかすらわからないような孤児で、レアルは大国ハンゲルの宰相の孫娘。これほど生きている世界が違う二人が巡り合って、今まで一緒にいたことが奇跡ともいってよかった。
「やだよ。そんなこと、言わないでよ。もっと、一緒にいてよ。デルタがいたから、ボクはここまで頑張ってこれたんだよ」
レアルは潤んだ瞳でデルタを見つめる。
「いや、だけど」
レアルの様子に、デルタは上手く言葉が返せなかった。
「だから、ボクを手伝ってよ。ボクと一緒にいるのは嫌だっていうなら、無理には言わないけど」
「嫌なわけ、あるかよ。俺だって、レアルと一緒にいたいと思っている。本当に、いいのか」
「もちろんだよ。身分とかどうとか、そんなこと、関係ないんだから」
「ありがとう」
デルタはレアルをそっと抱きしめた。
「これからも、よろしくな」
そして、その体を離すとそう言った。
「うん、こちらこそ、よろしくね」
レアルは満面の笑みでそう返した。