機械と魔獣
「結界がないから、魔獣が入ってきちゃうんだ」
喧騒に包まれる中、レアルはそう呟いた。
魔獣がはびこるこの世界で、街中に魔獣が入ってこないのは神術による結界が張られているからだ。この街には神術使いはいないから、魔獣も簡単に侵入できてしまう。
「機械がどうやって魔獣を処理するのか、お手並み拝見といくか」
「助けないの」
レアルの口調には咎めるようなものが含まれていた。
「結界がない以上、こんなことは日常茶飯事だろう。魔獣を処理する手段がなければ、この街はとっくに滅んでいる」
「そういえば、そうだね」
デルタに諭すように言われて、レアルは頷く。
「でも、だからといって見過ごすわけにはいかないよ」
「なら、行ってみるか」
「うん」
二人は逃げ惑う人々に逆らうようにして歩き出した。
ほどなくして、魔獣は見つかった。
「三つ首か。よりにもよって、厄介なのが来たな」
魔獣を見て、デルタはそう口にした。
建物ほどの大きさで、その名の通り顔が三つある。四肢は大樹のように太く、その先についている爪は下手な剣よりも鋭い。
魔獣としては上位の存在で、相応の実力者でも倒すのには骨が折れる相手だ。
「妙だな」
「何が?」
「いや、魔獣は基本的に理性がない。だから、手当たり次第暴れるのが相場なんだが……あの三つ首は、そういった様子が見られない」
デルタの言う通り、三つ首は暴れるどころかその場にたたずんでいた。
「おい、お前達。そんなところにいないでさっさと逃げろ」
声の方を見ると、十数人の集団がいた。非常事態のせいなのか、レアルの服装に気付いてはいないようだった。
「あれを処理できるのか」
「できるできないじゃねえ。やらなきゃいけねえんだ」
デルタの問いに、集団の一人がそう答えた。
その集団の存在を確認するなり、三つ首は咆哮する。
「けっ、今回はとんだ大物だな。旦那、いつも通りでいいんだな」
「ああ、よろしく頼むよ」
「よし、野郎どもやるぞ」
集団は細長い棒のような物を三つ首に向けた。
「打て!!」
破裂したような音が響き渡ると共に、焦げたような匂いが充満する。
三つ首はダメージを受けたのか、狂ったような声を上げた。
「な、何?」
レアルが驚いた声を上げる。
「一体、何が起こった」
デルタも同様だ。
あの長細い棒状の何かが武器だということは理解できた。だが、それがどうやって三つ首にダメージを与えたのかが全くわからなかった。
それでも動きを止めるほどの傷ではなかったのか、三つ首は咆哮を上げると、集団に向けって前足を振り上げた。
「旦那、危ねえ」
旦那と呼ばれた男を庇って、一人がその爪をまともに受ける。即死とまではいかないが、かなりの重傷であるのは見て取れた。
「馬鹿! どうして僕を庇った」
「旦那は……こ、この街の……」
「もういい、喋るな」
その様子を見て、レアルが駆け出していた。
「待て、レアル」
デルタはレアルが何をするのかを察して、制止の声を上げた。だが、レアルにその声は届かなかった。
デルタは舌打ちすると、レアルの後を追いかける。
「なんだい、君は」
突然現れたレアルに、旦那は怪訝な表情になる。
「ここはボクに任せて……主神よ、かの者の傷を癒す力を、我に与えたまえ」
レアルはそれに構わず、怪我をした男に手を当てる。
男の怪我はたちまちのうちに癒されていく。
「……神術」
旦那の呟きがきっかけとなり、その場は騒然となった。
「神術、だと」
「だが、あれほどの重傷を治すのは、神術以外にはありえん」
「神術使いが、どうしてこの街にいる」
混乱の最中、三つ首は再び前足を振り上げた。
「切り裂け!」
デルタが放った風の刃が、三つ首の前足に食い込んだ。三つ首はのけぞって悲鳴を上げる。
「後先考えずに行動するな」
デルタは呆れたようにそう言った。
「だけど、放っておいたらこの人は死んじゃったよ」
レアルは抗議の声を上げる。
「話は全部終わってからだ」
「き、君達は一体」
突如として現れた二人組に、旦那は戸惑いを隠せなかった。
「俺の連れが迷惑をかけたな。その分の時間稼ぎはさせてもらう」
デルタは三つ首の前に立つ。
「凍り付け」
三つ首の四肢に氷がまとわりつくと、それが三つ首の動きを封じる。
三つ首は身をよじって何とか動こうとするが、氷は簡単には壊れなかった。
「今のうちに立て直せ。あまり持たないぞ」
デルタは振り返るとそう言った。
「君なら、あれを倒せるだろうに」
「俺はこの街の人間じゃないからな。この街の問題は、この街の人間が解決するべきだ」
旦那の疑問に、デルタはそう答える。
「違いない」
旦那はそう言うと、男達の方に振り返った。
「みんな、色々と思うところはあるだろうけど、まずは目の前の敵をなんとかしよう」
「は、はい」
「大砲はまだ来ないのかな」
「もう少し時間がかかりそうです」
「なら、銃でなんとか時間を稼ごうか」
その言葉と同時に、三つ首を封じていた氷が音を立てて割れた。
三つ首は動きを封じられたことで怒り狂っている。
「よし、できるだけ急所、目や口を狙って打つんだ」