提案
「終わった、のか」
崩れ落ちたルグレを見て、デルタは呟いた。
「恐らくは。もう、彼女に大した力は残っていないように見受けられます」
それに答えるように、エクスがそう言う。
「馬鹿な……」
ドロクはルグレの様子を信じられない、というように見ていた。だが、すぐに気を取り直したかのようにルグレに近付いていく。
「あなたは、この世界をあるべき姿に戻すと言っていた。だが、愚かな人間を滅ぼすとはどういうこことだ」
そして、ルグレに詰め寄った。
「言葉通りだ。元々、この世界に人間は存在していなかった。世界をあるべき姿に戻すのなら、人間を滅ぼすのも道理だろう」
「私を、私達を騙したのか」
「騙した、か。騙すつもりはなかったが、利用したのは事実だ。それについては弁解するつもりはない。私の目的の為に、お前達を利用したのは否定できないからな」
ルグレは否定とも肯定とも取れるような返答をした。
「私は、いや、私達はあなたを信じてここまでやってきた。それなのに、実際はあなたの利己のためだったのか」
ドロクの表情が苦悶のものへと変わっていた。
「利己、か。ああ、そうだな。言われてみれば、そうかもしれないな。いくら私が人間に酷い仕打ちを受けたとはいえ、それで関係のない人間まで滅ぼすのは、利己と言われても仕方ないか。なあ、エクス。どうしてお前は人間に味方する。お前も、私と同じような仕打ちを受けただろうに」
ルグレは僅かに上体を起こすと、エクスに問いかけた。
「そうですね。私もあなたも、心無い人間によって様々な処置を施されましたから。その結果、あなたは神にも等しい力を得て、私は不老に近い体になってしまいました。私も、私に処置をした人間に対して良い感情は持っていませんよ。だからといって、人間全てを滅ぼすというのは、少々乱暴に過ぎますが」
「あの時も、同じようなことを言っていたな。お前だけじゃない、他の連中も同じ処置を施されたのに、何故か人間の味方をした。あの時も、今も全く理解できないが」
「そうですね。あなたは女性ですから、私が受けたよりももっと酷いことをされたのでしょう。ですから、人間を憎むのも理解できます。でも、そんな人間だけが全てではありません。それを知ることができたかどうか、というだけの差なのでしょうね」
エクスはどこか悲し気な表情を見せた。
「そうだね。人間もいい人と悪い人がいるのは否定しないよ」
レアルがすっとルグレに近付いた。
「本当に救いようのないほどの人もいるし、その逆に聖人かと思うような人もいる。ボクも政治の中枢に近い場所にいたからね。色んな人間を見てきたから」
「私は、どうすれば良かったのだろうな。一時の感情に任せて人間を滅ぼそうとせず、もっと冷静に物事を運べば良かったのか」
「あなたのことは認められないけど、気持ちは理解できなくもないよ。だから、ね」
レアルはルグレの手を取った。
「ボクの中にいて、人間の推移を見守ってくれないかな」
その言葉に、その場の全員が目を見開いた。
「正気か、小娘。私はお前を乗っ取ろうとしたのだぞ。そんな相手を再び受け入れるとか、本気で言っているのか」
一番驚いていたのはルグレだった。
「もちろんだよ。それに、もうあなたにはそれだけの力は残っていないよね」
「お見通しか。いいだろう。お前の言葉に乗ってやる。だが、もし人間が救いようのない存在だったら、再びお前の体を乗っ取って、今度こそ人間を滅ぼす」
ルグレがそう言うと、その体が徐々に薄くなっていく。それが完全に消えてなくなるまで、そう時間はかからなかった。
「なんてことを……このまま、完全に消し去るべきだったのに」
ルグレがレアルに取り込まれたのを見て、エクスは唖然としていた。
「よくわからないけど、前も完全に消し去ったはずなのに、復活しちゃったんだよね」
「え、ええ」
「なら、今度も復活しないという保証はないよね。だったら、彼女がどこにいるのはわかっている方が良くないかな」
「確かに、そうかもしれませんが。また、あなたが乗っ取られる危険もあるのですよ」
「そうなったら、それは人間が彼女に認められなかった、ってことだよね。でも、そうならないように努力するよ」
「わかりました。そこまで言うのでしたら」
エクスは呆れ半分、諦め半分といった感じで言った。
「……私は、これからどうすれば」
ドロクは半ば呆然としていた。今まで信じていたものが全て崩れ去ったのだから無理もない。
「とりあえず、今戦っている人達は引き下げてくれないかな。これ以上戦っても無駄だよね」
「そう、だな」
レアルに言われて、ドロクはポツリと呟いた。
「それと、自分で命を絶つことが罪を償うなんてことだって考えないこと」
「だが、騙されていたとはいえ私達は、とてつもない罪を犯したのだ。それに、この世界から弾かれたような者も多い。我々はどうすればいい」
「それなら、ボクが何とかできると思うよ。またお爺様に頼っちゃうことになるけど」
レアルは何か考えがあるのか、そんなことを言った。
「どうするつもりだ」
レアルが何を考えているのかわからずに、デルタはそう聞いた。
「まずは、滅ぼされた村の復興からかな。どれだけの人がいるかはわからないけど、みんな相応に何かしらの技術や技量を持っているみたいだから、困っている人達を助けるために働いてもらおうかな、って」
「いや、連中がそれを受け入れるか」
「強制はしないよ。こういうことは、自分で決めないといけないからね。でも、そうじゃない人達も、生きて行けるように何かしらの手配はするつもり」
「下手すると、殺されたかもしれない連中なのに。器がでかいというか、何というか」
デルタはやれやれ、というように言った。
「お前は、どうしてそこまで寛容なのだ。我々は、直接的ではないにしろ、お前を殺そうとしたのだぞ」
レアルが自分達を救おうとしていることが信じられずに、ドロクはそう言った。
「過ちを犯さない人間なんていないよ。問題は、それにどう向き合うのか。そして、それをどう乗り越えていくのか、だよ」
「見た目は少女なのに、大物だな。世が世なら、歴史に名を遺す人物になれただろうな」
「それで、どうするの」
「お前の提案を受け入れよう」
「うん、これから、よろしくね」
ドロクが自分の提案を受け入れたのを聞いて、レアルは笑顔で応じた。