奇跡
「消滅しない?」
魔術を喰らったルグレの体が残っているのを見て、エクスはそう呟いた。
「どういうことだ」
「以前、ルグレに同じ術を当てた時、彼女の体はすぐに消滅しました。ですが、今回はまだ体が残っています」
「術が効かなかった、ということか」
「わかりませんが、まだ、予断を許さないといったところでしょう」
「もう、これ以上は何もできないぞ」
まだ終わりではないのか、と思うとデルタは気が参りそうになってしまう。
「あなたは、十分にやってくれました。ですから、後は私が、と言いたいのですが。私とルグレは相性が悪すぎましてね。どう足掻いても、私では彼女には敵わないものですから」
「なら、俺が何とかするしかないか」
そうは言ったものの、デルタは立っているのがやっと、という状況だった。
「ルグレ様!」
倒れ込んだルグレに、ドロクが駆け寄った。
「お気を確かに」
ピクリとも動かないルグレの上体を起こすと、何度も呼びかける。
「そんなに、大きな声を出すな」
それに応じるかのように、ルグレがか細い声を上げる。
「ご無事でしたか」
「無事ではない。体の調子が……まるで、頭に霧がかかったかのようだ」
ルグレはふらつきながらも立ち上がった。
「な、何だ……」
そこで、ルグレの動きが止まった。
「くっ……何だ、頭が、割れるようだ」
そして、その場の全員が驚くようなことが起こった。
ルグレが二人になっていた。
「どういう、ことだ」
「これは」
「一体、何が」
驚愕する三人をよそに、二人のルグレのうちの一人がデルタの方に歩き出した。
「デルタ、よくわからないけど、戻ってこれたみたい」
そして、そう言った。
「……レアル、なのか」
デルタは目の前の少女が本当にレアルなのか、信じられずにいた。
「うん、そうだよ。いっぱい心配かけちゃって、ごめんね」
「レアル」
その喋り方や、仕草はデルタが知っているレアルのものだった。
「良かった、本当に」
デルタはレアルを強く抱きしめていた。
「デルタ、苦しいよ」
デルタの力が強かったのか、レアルが抗議の声を上げる。
「あ、ああ。すまない」
その声を受けて、デルタはレアルの体にかけていた力を緩めた。
「泣いているの」
「えっ」
レアルの指摘を受けて、デルタは自分の顔に手をやった。頬のあたりに触れると、確かに水らしきものの感触があった。
「どうやら、そうらしい」
デルタは頬の涙を拭った。
「どういうことだ。私の体の半分が、あの小娘に持っていかれた」
もう片方の少女は、ルグレのままだった。
「どういうことです」
「言葉通りだ。文字通り、私の半分を持っていかれた」
疑問を口にするドロクに、ルグレは苛立ったように答える。
「思えば、適合したとはいえ若干の違和感があった。おい、あの体は無から生み出したもののはずだろう」
「い、いえ。実は、無から生み出した体と、普通の人間との間に生まれた子供でして」
今まで見たことがなかったルグレの剣幕に、ドロクは若干慌てたように答えた。
「そういうことか。半分は人間だから、その部分があっちに持っていかれたわけか」
「そんな馬鹿な」
「皮肉なものだな。人間との混合故に適合したが、それが仇となってこうなるとは」
ルグレは吐き捨てるように言った。
「申し訳ありません。まさか、このようなことになるとは」
「だが、あれを取り込めば元に戻るだろう」
平謝りするドロクをよそに、ルグレはレアルをきっと睨んだ。
「そんなことを、させるとでも」
デルタはレアルを護るように前に立った。正直なところ体は限界に近かったが、この後に及んでそんなことは言っていられない。
「偉大なる主神の名において、かの者に癒しを」
そんなデルタに、レアルが癒しの術をかけた。
だが、以前かけられた時よりも術の効きが悪いように感じられた。
「ごめん、なんか、上手く術が使えないみたい。それに、体がふわふわしてるみたいで、力が入らないんだ」
レアルは自分の手元をじっと見ていた。
「大丈夫だ、鉛のような重さが取れただけでも十分だから」
デルタはレアルの肩にそっと手を置いた。
そして、ルグレに向き直った。
「さあ、決着をつけようか」
デルタの右手に炎が、左手に風が宿った。
そして、それが切り離されると、今度は右手に氷、左手に雷を宿らせる。
「さすがに三度目ともなると、慣れてきたな」
今までなくスムーズに魔術が生成できたこともあって、デルタはそう呟いた。
「随分威勢がいいな。その小娘が戻ってきたことが、そこまで嬉しいか」
「当然だろう。後は、お前を倒せば万事問題ない」
子馬鹿にするようなルグレを、デルタはあっさりと受け流す。
「ルグレ様」
ドロクがデルタとルグレの間に割って入った。
「おっと、君の相手は私ですよ」
エクスはドロクの前に立ちはだかる。
「ちぃ」
ドロクは舌打ちすると、エクスと対峙する。
「そう簡単に、やれるとは思わないことだな」
ルグレは先程と同じように、デルタとの間合いを詰めてきた。
だが、その速度が半減したかのように遅かった。
最初はレアルが術をかけたのかと思ったが、レアルの様子からしてそうでもないようだった。
それでも、その攻撃をかわすだけで精一杯で、反撃することもままならなかった。
「どういうことだ。体が、思うように動かない」
再度間合いを離したルグレは顔を歪めていた。
「やっぱり、あの人も同じなんだね」
それを見て、レアルがそう言った。
「どういうことだ」
「ボクも、体がしっかり動かないっていうか、なんか変なんだよね。さっき術を使った時も、いつもの半分くらいしか効いてなかったし」
「体が半分になったから、力も半分になった、ということなのか」
「多分、ね。だから、今がチャンスだよ」
レアルの言葉に、デルタは頷いた。
「いかに力が半減していようと、お前如きに遅れを取るか」
ルグレは同じように間合いを詰めてくる。
「偉大なる主神の名において命ずる、かの者の動きを封じよ」
レアルが術をかけると、動きが更に鈍くなった。
「行ける」
デルタは球体をルグレに向けて放つ。
速度が半減していた上に、術をかけられて動きを鈍らされたルグレは、それをかわすことができなかった。
「ぐわぁぁぁぁぁ」
まともに術を受けて、ルグレが悲鳴を上げた。
「こ、こんなことが……今度こそ、愚かな人間を滅ぼすはずだったのに」
ルグレは力なく崩れ落ちた。