終着
「さて、どうしたものかな」
ルグレはデルタが作り出した球体を凝視していた。
「さしもの私も、それに当たったらただではすまないからな」
「そうは言うが、そう簡単に当たってくれるつもりはないだろう」
デルタはいかにしてこれをルグレに当てるかを考えていた。ルグレの身体能力は下手をしたらエクス以上だ。それ以外にも、何かしらの能力を持っている可能性も高い。
対して、自分は身体能力に関しては人並み、もしかしたら人並み以下だ。まともにやり合って事が成功するとも思えない。
「どうした、撃ってこないのか」
ルグレが挑発するように言う。
「それで、俺が軽はずみに撃った隙を付くつもりか」
「先程の激高具合からして、かなり熱くなっているかと思ったが。意外に落ち着いているな。そうそう、挑発には乗らないか」
「……熱くなっている、か。そうだな。俺は今までにないほど熱くなっている。お前を絶対に許せないと思っているのも事実だ。だが、どうしてだろうな。熱くなっていると同時に自分でも驚くほど落ち着いている」
デルタは今の心境を淡々と口にした。
「その若さで、それだけの境地に至れるとはな。中々に油断ならない相手だ。全く、魔術師というやつは本当にどいつもこいつも一筋縄ではいかんな」
ルグレの口調に若干の苛立ちが混じっていた。
それでもむやみに仕掛けてこないあたり、デルタの魔術をかなり警戒していることがわかる。
この球体に、それだけの威力があるということか。
デルタは球体にちらっと目をやった。これを当てることができれば、奴を倒すことができる。そして、それは同時に……
そこまで考えて、デルタは大きく頭を振った。
もう、決めたはずだ。
「まあいい、付け入る隙はありそうだ」
デルタの様子を見てか、ルグレは若干唇を歪める。
「確か、この身体の持ち主はお前の知り合いだったな。私を倒すことは、この身体を消すことにもなるが、それでもやるつもりか」
「お前自身が言っていただろう、もう死んだようなものだ、と。だから、俺はお前をレアルの仇としてしか見ていない」
「面白い、その覚悟、どこまで持つのか見せてもらおうか」
ルグレは一瞬でデルタとの間合いを詰めた。
「速い」
あまりの速さに、デルタは全くといっていいほど反応できなかった。ルグレはそのままデルタの腹部に一撃を加えると、また一瞬で間合いを離した。
「がっ」
想像以上に重い一撃に、デルタは膝をつきそうになった。ここで倒れたら、更に追撃を許してしまう。必死になって倒れそうになった体を持ち直す。
「デルタ」
それを見たエクスがデルタにかけよろうとするが、ドロクが放った魔術に足止めされてしまう。
「そうはさせんよ」
「やはり時代が進めば、魔術師も進歩するようですね」
思いがけない威力の魔術に足止めをされて、エクスは舌打ちする。
「どうやら、深く考える必要はなさそうだな。こうして、一撃離脱を繰り返していればいい。ドロク、そっちの足止めは任せたぞ」
ルグレは勝ち筋を見つけた、というようににやりと笑う。
「そう簡単に、やられるか」
デルタは虚勢を張るものの、ルグレの言葉通りなことは否定できなかった。このまま一撃を喰らって離脱、ということを繰り返されたら対処のしようがない。そもそも、ルグレの一撃が重すぎて、もう数発耐えられるかどうかも怪しかった。
「さて、次は耐えられるかな」
ルグレが再度間合いを詰めてきた。今度は肩口を殴られてデルタは大きく吹き飛ばされた。すぐに立ち上がらなければ、と思ったものの、ダメージが大きくそれができなかった。
それでも、体の力を振り絞ってどうにか立ち上がる。
このままだと、やられる。
もう、一か八かでこの魔術をぶつけてみるか。だが、どうやったら当てられる。
「八方塞がりとは、このことだな」
デルタは自嘲的に口にした。
「さて、そろそろ終わりに……」
そこで、ルグレの動きが止まった。
「な、何だ、体の自由が……」
ルグレが体を抱きかかえるようにして苦しみだした。
「どういう、ことだ」
その様子を見て、デルタは困惑していた。普通に考えれば魔術を当てる絶好の機会なのだが、それをすることすら忘れていた。
「デルタ」
ルグレの口から、デルタの名前が呼ばれた。
「レアル、なのか」
ルグレがデルタの名前を呼ぶことなどありえないから、デルタはレアルの名前を呼んでいた。
「うん。ボクは、体を乗っ取られてから、僅かながら意識が残ってたんだ。だから、今までのことも、ずっと見てきた。デルタが、ボクのことで苦しんでいたことも」
「レアル、戻ってこれるのか」
「それは、無理かな。こうして、意識を表に出せただけでも奇跡だと思う。だから、ね。今のうちに、この人を倒して。ボクの意識があるうちに」
「……」
僅かながら芽生えた希望だったが、それはレアル自身に否定されてしまう。
「レアル、助けられなくて、すまない」
「謝らなくていいよ。デルタのせいじゃないから。それとね、ボクが死んだからって、後追いしようとか考えないでね。ボクの分まで生きて、天国で色々話を聞かせてね」
「……わかった」
デルタは覚悟を決めると、球体をレアルに向けて放った。
それが命中するまでの時間が、恐ろしく長いものに感じられた。
「小娘が」
命中する直前、ルグレが意識を取り戻した。だが、もう遅かった。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
球体が命中すると、ルグレが悲鳴を上げる。
「また、また同じ術にやられるのか。愚かな人間が生み出した術に」
ルグレが心底から悔し気な声で叫んだ。
「黙れ。もう、それ以上レアルの声で喋るな」
デルタはそう吐き捨てた。これ以上、レアルの声での悲鳴を聞くことが耐えられなかった。
「デルタ、かつては一撃で倒せましたが、今回もそうとは限りません。次、撃てますか」
「人使いの荒い……」
エクスに言われて、デルタは思わず悪態をついていた。だが、エクスの言うことももっともだったので、次の準備をしようとした。そして、そのまま膝から崩れ落ちる。
「すまない、どうやら限界のようだ」
「仕方ありませんね。この一撃で終わることを祈りましょう」
エクスは諦めたように言った。
そうこうしていると、ルグレがその場に倒れ込んでいた。
「終わった、のか」
「いえ、まだ彼女の気配が……どういうことです、彼女の中には、二つの気配がある」
エクスの言葉を受けて、デルタはルグレの方を見た。
「なっ」
次の瞬間、驚くようなことが起こっていた。