切り札
「かつて、彼女を倒すために使われたのはとある魔術でした。彼女はほとんどの攻撃を受け付けず、唯一有効だったのが、その魔術だったのです」
困惑するデルタを前に、エクスはそう続けた。
「それはわかったが、どうして俺の所に来たんだ」
「その魔術を編み出した魔術師は、彼女がいずれ復活することを予想していたのでしょう。不老に近い状態になった私に、彼はその魔術の概要を教えてくれました」
「なら、あなたがその魔術を使えばいいのでは」
「残念ながら、私ではその魔術は使いこなせませんでした。そもそも、私には魔術の素質はなかったようですが」
デルタの問いに、エクスは首を振った。
「それで、俺の所に来たと。だが、魔術師なんかそれこそ数多くいる。俺である必要もないと思うが」
「この魔術は、使いこなすために条件があるのです。ですから、彼女が復活したと気付いた時、その条件を満たす魔術師を探すために、グリデン国へと向かいました。やはりといいましょうか、そんな条件を満たす魔術師が早々いるわけもなく、私はどうしようかと途方に暮れましたよ」
「その条件とは、一体何なんだ」
「火水雷風の属性を、偏ることなく均等に扱えること」
それを聞いて、デルタは疑問が氷塊していた。魔術師は生まれながらにいずれかの属性を持っているから、各属性を均等に扱うということは難しい。どうしても自分の属性が優先されてしまうからだ。
だが、属性を持たないデルタなら各属性を均等に扱うことができる。
「各種魔術学院を回って、最後にクロワで話を聞いたところ、思い当たる人物が一人だけいる、と。そして、その人物は巡礼の神術使いと一緒にハンゲルに向かったと聞きましたので、こうして足を運んだ次第です」
「なるほど、俺の所に来た理由はわかった。だが、俺がその魔術を使いこなせるとは限らないだろう」
「嫌でも、使えるようになってもらいますよ。世界の危機ですから。ここで実践するのな危ないですから、外にでましょうか」
「そんなに急がなくてもよろしいでしょうに」
そう言って外に出ようとするエクスを、タチアナが制した。
「ゆっくりしたいのはやまやまですが、あまり時間がありませんので」
「構いませんよ、タチアナさん。俺もここでくすぶっているよりは、何かをしていた方がいいですから」
そんなタチアナに、デルタはそう言った。
「……わかりました」
色々と思うところはあったのだろうが、最終的にタチアナはデルタの意を汲んた。
「では、行きましょうか。幸い、この家の庭は広いですから、実践にはうってつけですし」
「それは構いませんが、できるだけ庭の物を傷つけないでくださいね」
「善処しますよ」
エクスはそう言うと、入ってきた時と同様にすっと部屋から出る。デルタもそれに続いた。
「さて、私はその魔術の原理は知っていますが、実際に使うことはできません。ですので、概要だけを説明します」
「わかった」
「まず、火水雷風の魔術を同時に展開してみてください。できますか」
エクスに言われて、デルタは頷いた。
まず右手に炎を、左手に氷を宿らせる。
「いとも簡単に二つの属性を使いこなしますね。残りの二つはどうします」
エクスは感心したように言うと、続きを促した。
それを受けて、デルタは炎と氷をそれぞれの手から切り離した。炎と氷は、デルタの肩付近で停滞している。
そして、今度は右手に雷、左手に風を宿らせる。
「見事です。次は、その四つの術を合成することはできますか」
「炎と氷を合わせると、双方が食い合って消滅してしまうが」
エクスが次に出した指示に、デルタは疑問を投げかけた。二つの属性を組み合わせることは以前から行っていたが、火と水だけは組み合わせようとしてもできなかった。
「ですから、炎と風、氷と雷を合成してから、その二つを合成してみてください」
エクスに言われたように、デルタは炎と風、氷と雷を合成させる。
「中々に、難しいな」
今まで二つから三つの属性の魔術を同時に使うことはやってきたが、四つを同時に扱ったことはなかったこともあって、かなり苦戦してしまう。
それでも、どうにか合成を成功させた。
「次は、その二つを合成できますか」
「やってみる」
ここから先は未知の領域だったこともあって、デルタは二つの魔術を慎重に合成させる。火と水が互いを食い合って消えるかと思ったが、雷と風が緩衝の役割を担ったのかすぐには消えなかった。
「これは……」
そして、四つの術が球体になったのを見て、デルタはそう呟いた。その球体からはどの属性も感じられない。それどころか、まるで存在感を感じないような、そんな不思議な感覚だった。
「成功ですね。まさか、一回で成功させるとは」
それを見て、エクスが驚いた表情をしていた。
「これで、いいのか」
デルタはもっと苦労するかと思っていので、あっさりと成功してしまったことに戸惑ってしまう。
「ええ。ですが、気を付けてください。見た目は何の変哲もない球体ですが、破壊力は折り紙付きです。下手に扱うと自爆しかねませんよ」
「そんなに物騒な代物なのか。どうやったら消せる」
「簡単に消すことはできませんので、空に向かって放ってください」
「ああ」
デルタはその球体を空へと放った。いざ放つとなると、ふわふわして頼りなさげだった見た目とは裏腹に、物凄い速度で飛んでいった。
「これは、扱うの相当難しいな」
そこまでの速度が出るとは思わなかったこともあり、デルタは思わず息をついていた。術を生み出すまでの手間もそうだが、これを相手に当てるとなると相当に難しそうだった。
「やれそうですか」
「やるしかない、だろ。レアルを助けるためにも、やってやるさ」
「そうですね。では、行きましょうか」
「行くって、どこに」
「彼女の所へ、ですよ」
「場所がわかるのか」
「ええ。彼女の気配は、かつてのものと全く同じですから。それを辿るのは容易なことです」
「わかった」
デルタが頷くと、エクスはすっと歩き出した。
デルタもそれに続くように歩き出す。
泣いても笑っても、これが最後だな。
デルタは何があってもレアルを助けると、そう決意した。