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歴史の真実

「こうして、蚊帳の外に置かれるのは歯痒いな」


 レアルの家であてがわれた部屋で、デルタは一人窓の外を見る。窓から見える景色は平和そのもので、とてもこれから争いが起こるとは思えなかった。

 デルタがここにいる理由は一つ。

 ミハエルがデルタの参戦を打診したところ、例の護衛達の関係者が、いかにデルタが無能だったかを訴えだした。もちろん、ミハエルはそれに反論したが多勢に無勢ということもあって、護衛側の主張が受け入れられてしまった。


 デルタがやり切れない思いのぶつけどころに困っていると、ドアがノックされた。


「デルタ様、よろしいでしょうか」

「ああ、どうぞ」


 声の主がタチアナだったので、デルタは二つ返事で言った。

 タチアナがトレイを持って入ってくる。トレイの上にはティーポットやカップが載せられており、それを片手で軽々と扱うタチアナを素直に凄いと感じた。


「旦那様から伝言があります」


 タチアナはトレイをテーブルに置くと、手慣れた動作でティーポットからカップにお茶を注ぐ。


「どうぞ」


 そして、デルタにそれを勧めた。


「それで、伝言とは」


 デルタはカップに口をつけると、タチアナに話の先を促した。


「はい、例の組織が姿を現したようです。密偵が確認した時点ではまだ戦いは始まっていないようですが、恐らくは」

「そうですか」


 何もできない自分に苛立って、それを抑えるためにデルタは宙を見上げていた。


「随分と、落ち着かない様子ですね」


 その様子を見て、タチアナが仕方ないな、というように言う。


「え、ええ」

「そんなことだろうと、旦那様が私に話し相手になれと仰っていました」

「全て、お見通しというわけですか」


 デルタは自嘲気味に呟いた。


「あなたが苛立つのもわかります。ですが、こういう時こそ心を落ち着けないと。状況が変わった時に、すぐ動けるように」


 タチアナは諭すように言った。


「はい」


 まるで子供に諭すような様子だったこともあって、デルタは素直に返事をすることしかできなかった。

 それを見て、タチアナは小さく笑うと自分もカップに口を付けた。

 そんなタチアナの雰囲気のせいなのか、デルタの苛立ちも幾分収まってきていた。

 その緩やかな空気に亀裂が入るかのように、ドアがノックされた。


「どうしましたか」

「メイド長、お客様をお通ししました」

「お客様? 私の許可なく通したというのですか」


 タチアナの口調に、若干の怒気が混じっていた。


「いえ、それが、旦那様直々に通すようにと、その、書状も預かっていまして」


 タチアナに押されたのか、メイドの声が若干怯えたようなものになっていた。


「旦那様が、ですか。わかりました。お客様、どうぞお入りください」


 タチアナの声に反応するように、静かにドアが開いた。

 入ってきたのはまだ十代後半、といった感じの若い男だった。だが、その身に纏う雰囲気はとても十代のものとは思えなかった。


「初めまして。私はエクスという者です」


 エクスと名乗った男は、丁寧に頭を下げた。


「これはご丁寧に。私は、このお屋敷でメイド長を務めている、タチアナという者です」


 タチアナは立ち上がると、エクスと同様に丁寧に頭を下げた。


「色々と聞きたいこともあるでしょうが、単刀直入に言います。デルタという魔術師に用があって参りました」

「どうして、俺の名前を?」


 初めて会う男が自分の名前を知っていたので、デルタは思わずエクスをじっと見てしまう。


「あなたが、そうでしたか。時間があまりありません、簡単に事情を説明します」

「いや、その前にどうして俺のことを知っていた」

「それも含めて、説明しましょう。まず、かつてこの世界に魔術も神術も魔獣も存在していなかった事はご存じですか」

「一応は。それを信じていいかはわからないが」

「それなら話は早い。それらが生み出されたのは、全て大昔の人の手によるものです。そして、その過程でとんでもないことが起こりました」

「一体、何をしたんだ」

「人の体を意図的に改造して、より上の存在を目指す研究が行われていました。その過程で、魔術や神術といった、それまで人が扱えなかったものが生まれました。それだけではなく、動物を改造することで魔獣が生まれてしまいました」


 エクスが語る内容があまりに突拍子もなかったこともあって、デルタもタチアナも口が出せなかった。

 エクスが全くのでたらめを言っているということも考えられるが、これだけ真剣に語っていることを見る限り、その可能性も低い。ただの狂人という線もあるが、そもそもそんな狂人がミハエルに認められるとも考えにくい。


「そして、その魔獣を処理するために、選ばれた人間に更なる改造を施しました。その結果として、神とも呼べるような存在が誕生したのです」

「神、だと」

「ですが、彼女は望まぬ改造を施されたこと。そして、その過程で多くの人間や動物が犠牲になったこと。そういったことが重なって、人間そのものが悪であると断じ、人間を滅ぼそうと行動を開始しました……そう、この世界、いえ、人間は破滅寸前まで追いやられたのです」


 エクスはそこで一旦話を切った。


「どうして、あなたがそのようなことを知っているのです」


 タチアナは半信半疑、というように尋ねた。


「私も、その時に改造された人間の一人ですので」

「それは、大昔の話なのですよね。ですが、あなたはどう見ても」


 タチアナの疑問はもっともだった。ハンゲルだけでも五百年近い歴史を有している。エクスが当時の人間なら、少なくとも五百歳以上ということになる。


「私は、極端に老化が遅くなる体質になってしまいまして。中々死ねなくて困っていますよ」


 エクスはそう言うと、どこか寂し気な表情を見せた。


「話が逸れましたね。私を含めて、同じような改造を施された人間で彼女を倒しました。そして、その時の人間達が今ある国の初代国王となったのです」

「それが、この世界の真実なのか」


 デルタは信じられない、というようにエクスを見る。


「ですが、彼女は甦ってしまいました。完全に、倒したと思ったのですが」

「まさか、今ハンゲルを攻めているのは」

「間違いなく、彼女でしょう。彼女を倒す術は一つだけです。そして、その鍵はあなたが握っています」


 エクスはデルタをすっと見据えた。


「どういう、ことだ」


 エクスの真意がわからずに、デルタは困惑していた。

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