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滅びの前兆

「一体、何をすればあそこまでの魔術を」


 デルタは一人悩んでいた。レアルの行方が全くわからないことも気がかりだったが、もしレアルの居場所がわかったとしても、ドロクをどうにかできないことには話にならない。


「奴は俺の倍以上は生きている、だから魔術の修練にかけた時間もその分多い、そう言っていたが……それだけで、あそこまでの魔力が身に付くものなのか。いや」


 そこで、デルタはドロクが言っていた言葉を思い出す。効率的な魔術鍛錬の手法を授かった、と。


「どんな手法なんだ? 考えても、仕方ないか。今、できることをするしかないな」


 あれ以来、デルタは魔力の循環に多くの時間を割くようになっていた。今までも呼吸をするように循環できたが、それをさらに効率的かつ、素早く行えるように。

 だが、一朝一夕で成果が出るようなものではない。そもそも、毎日行っていたことの回数を増やしたくらいで成果が出るのかも疑問だった。


「デルタ様」


 後ろから声をかけられて、デルタは魔力の循環を止める。


「あまり根を詰め過ぎても、良くありませんよ」

「タチアナさん。でも、何かしていないと、おかしくなりそうで」


 休憩を勧めるタチアナに、デルタは小さく首を振った。実際、何かに集中していないと自分に対する不甲斐なさや、レアルの置かれた状況を考えてしまい気が狂いそうになる。


「そこまで自分を責めることはありませんよ。あと、旦那様がお話があるそうですので」

「何か、進展があったのですか」


 それを聞いて、デルタはタチアナに尋ねた。


「詳しくはわかりませんが、厄介なことになった、と」

「厄介事、ですか」

「詳しくは、旦那様からお聞きください」

「わかりました」


 デルタは頷くと、そこままミハエルの元へと向かう。あれからずっとレアルの家で世話になっていたこともあって、案内がなくても行けるようになっていた。


「失礼します」

「デルタ君か。入りたまえ」


 デルタが部屋に入ると、ミハエルが何ともいえないような表情をしていた。


「厄介事が起きた、と聞きましたが」


 デルタは椅子に腰かけると、そう口にした。


「ああ。ハンゲルの管轄下にある村が、住民皆殺しにされた」

「奴ら、でしょうか」


 そんなことをするようなのは、レアルを連れ去った集団しか思い当たらない。


「私も、同意見だ。何故、そのようなことをしたのかまではわからないが。問題なのは、それを指揮していたのが、レアルによく似た少女だった、ということだ」

「レアルに?」

「巡礼の神術使いが、そのような蛮行に加担していたということが広まれば、これはとんでもないことになる。私としては、身内の贔屓目抜きにしてもレアルがそのようなことをするとは思えないのだが」


 そこで、ミハエルは苦悶の表情になった。自分の孫が村の住民を皆殺しにするようなことに関わっていた、という疑惑を向けられれば当然だった。


「レアルと、母親はよく似ていたのですか」

「……ああ、あの二人はよく似ていたな。というよりも、レアルが成長していくにつれて母親に似てきた、という方が正しいか」


 全く関係のないデルタの問いにも、ミハエルは怪訝そうにしながらも答えた。


「レアルの母親は、自然に生まれた人間ではないそうです」

「どういうことだね」

「俺としても、信じ難いのですが。レアルの母親はリリアン、という名前だそうですね」

「確かに、レアルの母親はリリアンだが、どうして君がそれを知っているのかね」

「レアルをさらった男が、そう言っていました。レアルのことは全く知らなかったのに、です。そして、リリアンは自分が無から作り出した存在だと」

「にわかには信じ難いが……」


 ミハエルの反応はある意味で当然といえた。無から人間を作り出す、などと言われてもそんなことができるわけがない、と思うのが当然だ。


「だから、レアルによく似た人間を作り出すことも、可能だとは思います。何のためにそんなことをしたのかまではわかりませんが」

「それが事実だとして、誰がそれを信じるというのかね。常識的に考えて、レアル本人が加担していた、という方が通るだろう」

「そうですね」


 デルタは小さく頷いた。こんなとんでもない話をされても、それを信じるような人間はまずいないだろう。


「だが、レアルが関わっていない可能性があるというだけで、いくらかは救われたよ。奴らをどうにかすれば、真実はわかるわけだしな」

「それで、今後はどう対応するのですか」

「奴らが、ハンゲル本国に宣戦布告、いや、無条件で降伏するように要求してきた」

「えっ」


 それを聞いて、デルタは驚いてミハエルを見た。


「村一つを壊滅させたのも、降伏しなければこうなる、という見せしめのようだな」

「当然、降伏などは」

「当たり前だ。だが、村一つを簡単に壊滅させるような相手にどう対処したら良いものか、上層部はかなり混乱している。魔獣を討つことには慣れていても、人間と戦うことには慣れていないこともあるが」


 それを聞いて、デルタはもっともだと思うのと同時に、さして違和感もなくテッサやタスクと戦っていた自分が異常だったのかもしれない、と感じていた。

 魔術学院で一対一の実戦訓練はあったから、それである程度慣れていたかもしれなかったが。


「ハンゲルの要人は、皆相当の技量を持つと聞いています。全員で打って出れば、奴らを返り討ちにすることもできるのでは」

「レアルが指揮を執っていた、というのも状況を悪化させている。誘拐された責任を問うような声まで上がり始める始末だ」

「その件は」


 自分がしっかりとレアルを守れていれば、とデルタはうなだれる。


「いや、君を責めて問題が解決するわけでもない。それよりも今後どうするかを考えるべきだな」

「奴らが攻めてきたら、俺も戦います。戦わせてください」

「ああ、是非頼むよ」

「はい」


 今のままでは、ドロクには歯が立たないことはわかっている。それでも、奴らが来るというのなら何もせずに見ているということはできなかった。

 できるだけのことは、やるさ。

 デルタは自分でも気づかぬうちに、拳を握りしめていた。

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