器
「ここにいろ」
レアルはとある部屋に叩き込まれるように放り込まれた。その拍子にバランスを崩して転んでしまった。
「もう、女の子は丁寧に扱ってよね。まったく」
乱雑に扱われてレアルは男に文句を言うが、男はそれを無視していなくなってしまう。
「ほんとにもう」
レアルは立ち上がると、服の埃を払うように体のあちこちを叩いた。
「えっ」
周囲を見渡すと、自分よりも年下の女の子達が数人、身を寄せ合っているのが見えた。ここに連れてこられて少し日が経っているのか、どの子も服が薄汚れていたり、髪や顔色も良くなかった。
食事すら、満足に与えられていないかもしれない。
「大丈夫?」
その問いに意味があるとも思えなかったが、レアルはそう聞かずにはいられなかった。
「また、新しい人が……巡礼の神術使い様!?」
その中の一人が、レアルの声に反応して顔を上げた。そして、驚いたようにレアルを見る。どうやら、レアルのことを知っているようだった。
「嘘、そんな人が、どうしてここに」
「もしかして、助けに来て……」
少女達の表情に、僅かながら希望の色が宿った。
それを見て、レアルは胸が締め付けられる思いがした。それを肯定できれば、どんなに良かっただろうか。
「ごめん、ボクも捕まってここに来たんだ」
レアルはゆっくりと首を振った。
「そんな……」
「巡礼の神術使い様でも、捕まってしまうなんて」
もしかしたら、という一瞬の希望を打ち砕かれたせいか、少女達の表情はこれ以上ないほどの絶望に染まってしまう。
「本当に、ごめん」
レアルはそれしか口にできなかった。
「あっ……べ、別に巡礼の神術使い様を責めているわけでは」
レアルがただ謝るのを見て、少女の一人が慌てたように言う。
「レアル、でいいよ。その呼ばれ方をすると、くすぐったいっていうか。なんか、ボクじゃない何かを見られているようで落ち着かないんだ」
「わかりました、レアル様」
「レアル、でいいんだけど」
「そんな失礼なことはできません。レアル様は、わたし達神術使いにとって、憧れでもあり、目標でもあるんですから」
「うん、わかった」
少女の一人に詰め寄られるように言われて、レアルは渋々という感じで頷いた。
「やっぱり、みんな神術使いなんだね」
少女の言葉からも、ここにいる全員が神術使いであることが察せられた。
「はい、何故か神術使いばかりがここに集められて、それで、定期的に一人ずつどこかに連れていかれるんです。そして、連れていかれた神術使いは二度と帰ってきません」
「そう、なの」
そこで、レアルは少し前に聞いた悲鳴を思い出した。あんな悲鳴を上げるくらいなのだから、想像以上に苦しんで死んでしまったのだろう。
「最初は十人以上いたのに、もうわたし達だけになってしまいました」
少女達の中で、最も年上であろう少女がぼつりと言った。
この子達も、無から作られた存在なんだ……どう見ても、普通の人間と変わらないのに。あっ、ボクも半分はそうなのか。
少女達を見渡して、レアルはそんなことを考えていた。
その時、部屋の扉が開いた。
ドロクが数人の男を従えて入ってくる。
それを見た少女達が、目に見えて怯えているのがわかった。
「ドロク様、今回は誰を」
「そうだな……」
ドロクはレアルを含めた新術使い達を見渡した。
「お前にするか」
そして、最も年上の少女を指差した。指を指された少女は、恐怖のためかその場に崩れ落ちる。
「立て」
男の一人が少女を強引に立ち上がらせた。
「待って」
レアルが男と少女の間に割って入る。
「ボクを連れて行きなさい」
「レアル様」
少女がすがるような目でレアルを見ていた。
「ほう、自ら率先して死地に赴くか」
そんなレアルを、ドロクは面白いものを見るかのような目で見る。
「よくわからないけど、ボクが一番適合する可能性があるんでしょ。なら、他の神術使いを犠牲にする必要はないよ」
「なるほど、確かにそうだな。よし、お前を連れていこう。ただ、後悔することになるかもしれんな」
「ここで、この子達を見捨てて自分が助かっても、そっちの方が後悔すると思う」
「いいだろう。付いてこい」
ドロクはレアルを連れて、建物の奥へと進んでいく。
そして、一つの部屋の扉の前で足を止めた。
「入れ」
レアルが部屋に入ると、見たことのないような物が大量に並んでいた。
「これは、機械?」
だが、どこかで見覚えがあるような物もいくつかあり、それは機械の街で見た機械の特徴によく似ていた。
「よくわかったな。ここにある機械で、あの神術使い達を作り出した」
ドロクはそう言ったが、レアルは何も答えなかった。
そして、部屋の中央に一際大きい筒のような物があるのを見つけた。それは透明な何かで作られていて、中に水が大量に入っていた。
「今度は、その少女が器か」
その筒の中から、そう声が響いた。それは、男のものとも女のものとも判別ができない声だった。
レアルは驚いて、筒を凝視してしまう。
「今度はしっかりと適合するといいのだがな」
そんなレアルに構わず、声はそう続いた。
「あなたは、一体」
「私は、かつてこの世界に存在していたもの。この世界をあるべき姿に戻すもの」
「それって、どういう……」
「お前がそれを知っても何の意味もない。ここで死ぬか、私の器になるかのどちらかなのだからな」
レアルの言葉を、謎の声は遮った。
「器って」
「くだらないお喋りは終わりだ。始めるぞ」
「はっ」
謎の声に、ドロクは部下のように返事をする。
「えっ」
それと同時に、レアルの中に何かが入ってくるような感触があった。すぐに、体の自由が利かなくなってくる。
全身を激しい苦痛に襲われて、レアルはその場にうずくまった。
「ほう、今回は中々いい器だな」
謎の声がそう言うが、それに反応する余裕もない。
な、何? まるで、ボクの体が塗り替えられるような。まさか、器って。
い、嫌。ボクを……消さないで。
「適合したか」
そして、うずくまっていたレアルは立ち上がった。体の具合を確かめるように、全身を小刻みに動かしている。
「おお、お目覚めになられましたか。ルグレ様」
レアルだったものに、ドロクは片膝をついてそう言った。
「ああ、この通りだ。ご苦労だったな」
ルグレと呼ばれたそれは、レアルの声でそう答えるのだった。