敗北
「デルタは魔術師だから、身体強化の術はあまり効果がないね」
「そうだな」
「今まで、神術にこれといった不満はなかったけど、こういう時に相手を攻撃する手段がないのは歯痒いよ」
レアルは悔し気に言った。
「もし、ドロクが上位魔術を完成させてしまったら、多分俺の上位魔術では対処しきれない。だから、それを防ぐ準備をしておいてくれ」
「結局、ボクにできるのはそのくらいしかないね」
「そんなことを言うな。今はそうかもしれないが、俺は今までずっとレアルに助けられてきた。レアルに出会えなかったら、ずっと辺境をさまよっていたに違いない。だから、ここは俺に任せてくれないか」
「……うん」
レアルは小さく頷く。
それを見てから、デルタはドロクの方に向き直った。
ドロクは至って冷静に上位魔術を詠唱している。
そして、そのドロクを守るように二人の男が立ちはだかっていた。
「偉大なる主神の名において、かの者を癒したまえ」
「レアル?」
これといった傷を負っていないのに神術をかけられて、デルタはレアルの方に目をやった。
「魔力を回復することはできないけど、体力を回復させることはできるよ。デルタ、とても疲れたような顔をしてたから」
レアルは僅かに笑みを見せる。
「ありがとう」
デルタは自分の体の変化に気付いて、レアルに礼を言った。
確かに魔力は回復していないが、今まで感じていた疲労感がなくなっていた。
とはいえ、目の前の二人をどうにかしてドロクの詠唱を止めるのは相当に困難だった。通常魔術で邪魔をしている二人を倒せるとは思えないし、真正面から上位魔術を使ったところで通用するのかは疑問だった。
魔術学院でタスクが難なく上位魔術を処理していたことからしても、ドロクが精鋭といったこの二人にそれができないと考えるのは楽観的過ぎる。先程一気に四人を処理できたのも、不意を突いたからに他ならなかった。
しかも、二人は時間を稼ぐことに徹底しているのか、こちらの様子を窺うだけで手を出してはこなかった。
「風よ……竜巻となれ!」
デルタは二人の動きを止めるべく、竜巻を巻き起こした。並の相手なら吹き飛ばせるほどの威力はあるが、この二人が相手では動きを止めるくらいしかできないだろう。
それでも、動きさえ止めてしまえばドロクの詠唱を邪魔することはできる。
「この程度で」
「止まるかよ」
だが、デルタの予想に反して、二人は竜巻の中心めがけて拳を突き出した。
「おい、冗談だろ」
あれだけの竜巻に近づくだけでも難しいところを、難なく接近して拳まで突き出す様を見て、デルタは思わず声を上げていた。
次の瞬間、竜巻は霧散して消え去っていた。
上位魔術とまではいかないにしろ、それに近い威力はある竜巻だった。それをいとも簡単に打ち消されたのを見て、デルタは次の一手が打てずにいた。
「ボクの術を受けても、あれだけ動けるなんて」
レアルもまた、自分の術がかかっているにも関わらず、相応の動きを見せる二人に驚いてしまう。
「お前達、もういいぞ」
「はっ」
ドロクに言われて、二人は道を開けるように後ろに下がる。
「さて、この上位魔術。どうやって凌ぐかね」
ドロクの右手にはさほど大きくはない氷が宿っていた。だが、その見た目からは想像もできないほどの魔力が凝縮されているのがわかる。
「全てを凍らせろ」
ドロクの右手から氷が放たれる。
「炎よ、全てを焼き尽くせ」
デルタも同時詠唱で準備していた上位魔術を放った。
デルタの炎はドロクの氷の数倍の大きさがあったが、ぶつかり合った瞬間にその大きさが半分程度になってしまった。
「偉大なる主神の名において、我らを外敵から守りたまえ」
その様子を見て、レアルはすぐさま障壁を張る。
その直後に、デルタの炎は完全に消え去っていた。ドロクの氷も最初よりは小さくはなっていたが、それでもまだ十分な威力は持っているようだった。
「う、嘘!? 障壁がこうも簡単に」
ドロクの氷に障壁が押されるのを見て、レアルが絶望の声を上げた。
しばらくすると、硝子が割れるような音が響き渡った。
「レアル!」
デルタは咄嗟にレアルを庇うように前に立った。
全身に強烈な冷気を感じたが、それでもレアルに氷がいかないようにそのまま耐える。
咄嗟に炎を全身に纏わせてはいたものの、焼け石に水だった。
「デルタ!」
全身を氷漬けにされたデルタを見て、レアルは悲鳴を上げた。
「……大丈夫だ、生きてはいる」
デルタはどうにかそう言った。とはいえ、ほぼ全身を氷漬けにされてまともに動けそうにはなかった。
「ほう、私の上位魔術を受けてもまだ生きてはいるか。まあいい。お前達、巡礼の神術使いを捕獲しろ」
ドロクは男達にそう指示を出した。
「了解です」
それを受けて、男達はレアルを捕らえるべく近づいてくる。
「あ……」
男達が近づいてくるにつれて、レアルは恐怖で震え出した。
「や、止めろ」
デルタはそれを阻止しようとするが、指一本すらまともに動かせなかった。
二人の男に両側から腕を掴まれてしまい、レアルはなす術もなく捕まってしまう。
「い、嫌。放して」
レアルはどうにか逃れようともがくが、いかに巡礼の神術使いといえども、身体は年端もいかない少女だ。屈強な男二人から逃れることはできなかった。
「捕獲、完了しました」
「ご苦労」
ドロクは労うわけでもなく、事務的に答える。
「この男はどうします」
男の一人がデルタを指差した。
「放っておけ」
「ですが、これだけの技量の持ち主です。今後も我々に敵対されると厄介では」
「確かに技量はずば抜けている。だが、一人では何もできまい」
「了解です」
三人はレアルを連れて、いずこへと消えていく。
「ま、待て……」
デルタは大声を出したつもりだったが、声すらまともに出せない状態だった。
「くそっ……」
今まで属性がないことで、何度も打ちのめされることはあった。そして、それを乗り越えることで強くなってきた、という自負もあった。
だが、今回は今までよりもずっと自分の無力さに打ちのめされていた。
俺が、もっと強ければ……
氷漬けにされて体温が低下したこともあって、デルタの意識が徐々に薄れていく。
そして、いつの間にか気を失っていた。