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お爺様

「レアル、戻ってきたと聞いたがどうしたんだ」


 威厳を漂わせた中年の男性が来客室に姿を現した。


「お爺様、お仕事は終わったの」

「旦那様、お帰りなさいませ」


 二人の反応から、この人物がレアルの祖父であることがわかった。


「若い、な」


 デルタは小さく呟いた。貴族は早婚であることが多いから珍しいことでもないのだが、男の容貌はレアルの父親といっても通用しそうだった。


「それよりも、レアル。まさか巡礼の旅を放棄したのではあるまいな」


 男の表情は厳しいものになっていた。


「そのことだけど、お爺様。お爺様にお願いがあって戻ってきたんだ」

「お願い?」


 男の表情が厳しいものから柔らかいものへと変わる。


「その前に、そちらの方は」


 男の視線がレアルからデルタに移った。


「ボクの従者になってもらっている、デルタだよ。魔術師なんだって」

「あれほど従者に条件をつけていたお前が、か。ああ、自己紹介がまだだったかな。私はこの国の宰相を務めているミハエルという者だ」


 ミハエルはデルタにそう名乗った。


「レアルの従者を務めている、デルタです」


 デルタは軽く頭を下げた。


「レアルは我が孫ながら、じゃじゃ馬な一面もあるからな。その従者を務めるとなると大変だろうが、今後ともよろしく頼むよ」

「いえ、こちらこそ困っていたところを拾ってもらって感謝していますので」

「もう、お爺様。じゃじゃ馬ってちょっと言い過ぎじゃない」


 じゃじゃ馬と言われたことが気に入らなかったのか、レアルが抗議の声を上げた。


「お前がじゃじゃ馬でなければ、世の中の女性は皆淑女だな。さて、冗談はさておき、お前が私にお願いとは珍しい。それも、巡礼の旅を中断してまでのことだから、余程のことが起きたのだろうな」


 ミハエルは僅かに笑みを浮かべたが、すぐに真剣な表情に変わる。


「うん、ボクが巡礼の旅を始めて、デルタに出会って、それから従者になってもらって。そこまでは問題はなかったんだ」


 レアルもまた、真剣な表情になった。


「お爺様。この世界は間違っているのかな」

「どういうことだ」


 レアルの意図が掴めずに、ミハエルは怪訝そうな顔になる。


「元々、この世界には神術も魔術も存在していなかった。だから、世界をあるべき姿に戻すべきだ、っていう人達がいたんだ」

「そいつらは、何をやらかしたんだ」

「機械の街を壊滅しようとしたり、魔術学院を襲撃して禁書を得ようとしたり」

「それが世界をあるべき姿に戻すことに繋がるとは、とても思えないが」


 ミハエルは顎に手を当てた。


「でも、全く関係ない二つの場所で、首謀者は全く同じことを言った。だから、何かしらの目的があっての行動だと思う」

「ふむ。少なくとも、一人二人の個人の意思で行ったことではなく、組織だった行動であるということか」

「魔術学院の禁書に関しては、ごく一部の教員しか知らないことでした。その情報を得るだけでも、相応の組織力がなければできないことかと」


 デルタは捕捉するように説明する。


「……そうなると、ここ最近起こっている神術使いの誘拐事件。これとも無関係ではないかもしれないな」


 ミハエルは少し考えてから、そう口を開いた。


「神術使いの誘拐事件?」


 それを聞いて、レアルは驚いたようにミハエルを見る。


「どういうわけか、神術使いが誘拐される事件が無視できない数起こるようになっていてな。だから、レアルのことも心配はしていたが……無事だったようで何よりだ」

「彼らが関わっている可能性は高いと思うけど、どうして神術使いを誘拐しているんだろう」

「それも含めて、現在調査中ではある。今わかっていることは、誘拐された神術使いの共通点として、全員が元は身寄りのない孤児だった、ということくらいだが」

「孤児を? ますます何を考えているのかわからないね」

「身寄りのない孤児は、修道院に身を寄せることも多い。そこから神術使いへの道を志す者も少なくはないから、孤児だった神術使いというのは珍しいわけではないな。だが、孤児だった者だけを誘拐する、となると何かしらの理由はあるのだろう」


 そこで、ミハエルは考え込むような素振りを見せた。


「旦那様、お帰りになられてから、ほとんどお休みにもなっておられないでしょう。大事な話をしているのはわかりますが、一息お入れになられてはどうです」


 タチアナすっと紅茶の入ったカップをミハエルに差し出した。


「そうだな。根を詰め過ぎてもよくない。タチアナ、気遣いしてもらって助かる」


 ミハエルは肩の力を抜くと、差し出されたカップに口を付ける。


「それで、お爺様。まさか神術使いが誘拐されるのを、指をくわえて見ているわけじゃないよね」

「現時点では、孤児出身の神術使いは決して一人で行動させない。どこかしらに出る用事がある時は、必ず護衛を付けることを徹底はしている。それで被害は減っているが、それでも護衛を倒されて誘拐されることもあった」

「あの人達、戦闘能力が高い人も結構いそうだからね……そうだ!」


 そこで、レアルが何かを思いついたように手を叩いた。


「ボクが対象の身代わりになる、っていうのはどうかな」

「レアル⁉ 何を言い出すんだ。そんな危ないことを、させられるわけがないだろう」


 これにはミハエルも驚きの声を上げていた。


「でも、このまま手をこまねいているわけにはいかないよね。それに、ボクは巡礼の神術使いだよ。そう簡単に、誘拐なんかされないから」

「お前の言うことに一理はあるが……」


 レアルはミハエルを説得しようとするものの、中々首を縦に振らなかった。


「俺からも、お願いします。従者として、全力でレアルを守りますから。それに、レアルが言い出したら聞かないのは、あなたの方がよくご存知かと」

「……やれやれ、仕方ないな」


 デルタにまでそう言われて、ミハエルは軽く息を吐いた。


「私のような老人が、若い者の邪魔をするのもよくないな。わかった、すぐに作戦が行えるように手配しておこう。デルタ君。レアルのことをよろしく頼むよ」


 そして、デルタに向かってそう言った。


「はい。この命に代えても……」

「何言ってるの? そんなこと、ボクが許すわけないじゃない」


 デルタの言葉は、途中でレアルに遮られた。


「ボクを守るのは当然だけど、自分の命もしっかり守ること。これは従者の命令だから、いいね」


 そんなことを言われて、デルタは思わずミハエルと顔を見合わせてしまう。

 ミハエルは言葉こそ発しなかったが、表情が言う通りにしなさいと物語っていた。


「わかった。レアルも守るし、自分の命も粗末にしない。これでいいか」


 デルタが言うと、レアルは満足気に頷いた。

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